開戦
光の奥に広がるのは、何度も見た第一決闘場。けれど観客席は異様なまでに静まり返り、無数の視線が一か所へ集まっている。その先には、すでに二人の第零席が待ち構えていた。
原因はすぐに分かった。レギウスだ。黒い長槍を片手に、声を出すことさえ躊躇うほどの殺気を放ち続けている。まるで、この場のすべてが自分に従って当然だとでも言うように佇んでいた。
背中には豪華な装飾の大剣を背負い、腰には王族の剣を携えている。フランと同じオッドアイは冷たく私たちを見据えてくる。
一方、ガレスは背丈ほどもある巨大な盾のみを持っていた。レギウスのようにプレッシャーを与えることはなく、ただその隣で盾を構え続けている。
離れた距離で私たちは足を止めた。レギウスは一呼吸おいて私たちに問いかけた。
「地に落ちる準備はできたか」
私は鼻で笑ったわ。
「そっくりそのままお返しするわ。頂点から転がり落ちる様を楽しませてもらうわよ」
「言うことを聞いていれば、よりよい未来が約束されたものを。自らそれを捨て、泥を舐める道を選ぶとはな」
「知っているかしら。未来は今の積み重ねよ。だから今をよりよくしなければ、過去の私たちは報われない。私たちはそうやって、今という未来を作ってきたのよ」
レギウスは深くため息をつきながら視線をエリスへと向けた。
「口が達者だな。一度上を知ったからこそ、落ちる時の絶望も深い。もう一度あの場所へ戻るのは怖いだろう。エリス」
エリスは剣先をレギウスへと向けた。
「怖くありませんよ。怖がっているのはそちらでしょう? 灰色が上に立つことに怯えているんですよね」
空気が変わる。鳥肌が立つような寒気が第一決闘場を包みこんだ。勘違いではない。明らかにレギウスの目は私たちを殺すつもりだった。
「――始めよう。あるべきものをあるべき場所へと叩き落とすために」
彼が槍を回転させながら構えようとした瞬間、エリスがその場から消える。風圧が私の髪とスカートを揺らす。
レギウスの目前にエリスの剣の切っ先が迫っていた。まるで王族の剣を投げられた時のお返しとでも言うかのように。鈍い金属音が反響する。エリスの剣が間に入ってきたガレスの盾によって弾かれた。
その瞬間、張り詰めていた静寂が弾けた。会場が一気に沸き立ち、歓声の振動が肌にまで伝わってくる。けれどエリスには、そんな歓声など耳にも入っていないようだった。
「このっ……なんて重量……!」
弾かれた衝撃でエリスの体勢が大きく崩れる。片足が地面につくより早く、ガレスは巨大な盾をエリスの全身へ叩きつけた。
「申し訳ございませんが、あなた方を倒さねばなりません」
衝突の瞬間、エリスは身を折りたたむように膝を曲げ、片足を盾へ当てた。脚をクッションにして衝撃を逃がす。それでも遠くへ弾き飛ばされ、ゴロゴロと転がりながら体勢を立て直した瞬間だった。
ガクンッ……とエリスの体が傾く。
「これは……第三階梯魔法?」
足場が水の魔法によって泥化。沈み込んだ足をさらに閉じ込めるように一斉に木の魔法が根を張った。
「無詠唱魔法……厄介ですね。身構える前に環境が変わっていくというのは」
グイッとエリスは足場を抜け出そうとするが、思ったよりも深く絡んでいる。
「……第六階梯魔法――ソル・コンフラグレーション」
エリスの足元に巨大な魔法陣が発現する。白銀の炎が噴き上がり、泥を一気に蒸発させた。爆ぜた蒸気の向こうで根は黒く炭化し、内側に残った火が赤く燻っている。
その時、レギウスの眉が片方ピクリと動いた気がした。
エリスが剣を薙ぎ払う。霧が裂け、泥も根も消し飛んだ足元が露わになった。焦げた残骸を踏み潰し、エリスは再び駆け出した。
再び相まみえるガレスとエリス。猛攻の中、ガレスは息を止めながら彼女の攻撃を巨大な盾で防ぎきっている。レギウスへ近づけないように。
私は銃口を地面へと向ける。魔力をマスケット銃へ流し込んだ瞬間だった。地面に魔法術式が浮かび上がる。
「しまっ……地面に魔法術式を」
白い光が視界を弾けさせ、手の中でマスケット銃が跳ねた。銃身に黒い焦げ跡が走っている。
ドクンッ、と胸が強く痛んだ。
傷がついた。私の、大事なマスケット銃に。
「ッ……!」
殺意をレギウスへ向ける。彼は小さく笑い、見下すように言い放った。
「もう一度撃てばいい。大事な銃なのだろう? 手入れが行き届いている。しまう時も大層丁寧に扱っていたようだからな」
突然、炎を孕んだ熱風が二人の間を遮った。赤い炎が壁のように立ち上がり、陽炎の向こうでエリスの姿が歪む。焦げた炭が宙を舞い、盾とぶつかった剣との間に火花を激しく散らす。
「……そう。広範囲魔法を使わせて魔力を削る。エリスを巻き込む可能性まで作って、判断も遅らせるつもり?」
苛立ちが募る。エリスは温存しているのか、まだ魔法をほとんど使っていない。それでも剣技だけでは、守りに徹したガレスを崩しきれない。だったら私がこの戦況を変える一手にならなきゃいけない。マスケット銃を地面ではなく、レギウスへと向けた。
その時、足元が赤く輝いた。魔法術式が第一決闘場の床全面へ広がり、薄い水の膜を作り出す。
「……二重魔法術式? どうしてこれが」
レギウスが黒い長槍をこちらへ向ける。穂先へ続く赤黒い光が、脈打つように駆け巡っていた。
「どうした。見覚えがあるか? 王城へ侵入したのはお前だ。フランの部屋は窓が開き、積もっていたホコリが舞っていた。足跡は二つ。一つはフランのもの。王城を熟知している彼女が誰かを案内したと考えれば、もう一つがお前だったことも分かる」
レギウスの目が細くなる。
「――吸血鬼」
背筋が冷えた。
知られている。私が吸血鬼であることを。




