決闘の日
私たちはお風呂から上がってパジャマに着替えた。ベッドに腰掛けて、私はあくびをした。
「イルナさん? 眠いですか?」
「そうね。だってクローネといちゃいちゃして、エリスとキスをしながら長風呂をしたから」
「寝ましょうか。緊張して眠れるかは分からないですけど、フランさんとクローネさんをおしゃべりの音で起こしたくないですし」
「分かったわ。おやすみエリス。明日頑張りましょうね」
「はい。イルナさん」
私たちは一緒のベッドに入り、向かい合いながら抱きしめた。まだ熱が残っているのはお風呂上がりだからか、それともまだ求めているのか。
静かに目を閉じる。
――翌日の朝。私は思ったよりも早く目が覚める。空は少しだけ明るい。もう少し寝たいと目を閉じてみるけれど、眠りに落ちる気配はない。エリスを起こさないように抜け出すと、フランがいつものように早起きをしていた。
「あっ、イルナちゃん。おはよーっ」
むぎゅっと抱きしめられ、ほっぺが当たる。もちっとして柔らかい頬に頬ずりをしてしまう。
「相変わらず気持ちがいいわね」
「? えへへ、なんか分からないけどありがとーっ」
エリスとクローネを起こさないようにしているのか、声がとっても小さい。フランが離れてしまう。
「ねぇイルナちゃん。もう一度、マスケット銃を点検してもいい? 最後に調整を見ておきたいなって」
「いいわよ」
私は影の中からマスケット銃を取り出した。大事に使っているけれど、どうしても傷はついてしまう。優しく撫でながら私はフランにそれを渡した。
展開された魔法術式の光が少しまぶしい。慎重に手を動かすフランを眺めていると、不意に彼女が口を開いた。
「イルナちゃん。私……イルナちゃんを倒しに行くからね」
「朝から宣戦布告?」
「えへへっ。私ね、ラビにクローネちゃんを紹介した時、お姉ちゃんにも会ったんだ。その時に聞いたの。お姉ちゃん、私のために第零席になってたんだって。私の境遇を覆したくても陛下には逆らえない。だったら、陛下が逆らえない立場まで行けばいいって」
白銀の魔法術式が光り始める。フィアナが至高評議会に入ったことは知っていたけど、それが理由だったのね。
「だから私も言ったの。陛下の評価が不当だったって、私が証明する。王族の名を奪われた私がスローネになって、お姉ちゃんのいる至高評議会まで行くって。そこで一緒に名前を取り戻すんだって。お姉ちゃん、待ってるって言ってくれたから」
「言いたいことは分かったわ。その約束を守るためにも、私とエリスに第零席で待っていろってことね?」
「うんっ。だから私、イルナちゃんたちなら第零席になるって信じてるよ」
「言っておくけど……私もエリスのために、あなたに負けるつもりはないわ。その時は本気だから覚悟しなさい」
「うっ……」
「怖気づくの?」
「うぅ、だってイルナちゃん強いんだもん……でも負けないから」
「楽しみにしているわ」
一時間後、私はフランからマスケット銃を受け取った。フランはもう、第零席になったその先の未来を見ている。その未来を思うと、第零席になることさえ通過点のように感じられて、肩に入っていた力が少し抜けた。
「ありがと、フラン」
「うんっ! 太陽の龍と月の吸血鬼、それぞれの魔力に合わせて調整してあるからね。時間に応じて術式の組み方が変わって、その時間に強まる方の恩恵をもっと引き出しながら、もう一方の力も前より使えるはずだよ!」
私はマスケット銃を優しく撫でる。もっと大切になっていく。フランはセリウスの魔法術式を参考に、二つの魔力を同時に流し込んでも互いを補うよう、魔法術式のパーツが回転する仕組みにしたのね。
「ふふっ、私を強くしてもいいの?」
「もっと強くなるからっ!」
フランは胸を張り、自分の胸を拳で叩いて言い切った。私はクスッと笑った。
「もー……うるさいわね」
クローネが起き上がってくる。私は振り返り、「もう十分寝たでしょう? 私とシた後、割と早めに寝たんだから」と返した。
あらあら。どんどん赤くなっていくわ。隣のベッドでもぞもぞとエリスが起き上がる。
「おはようございますイルナさん……フランさん……クロ……」
ぺたんっと頭を枕に乗せて二度寝。
「私の名前くらい最後までいいなさいよ……」
決闘の当日だって言うのに緊張感のない子たち。本当にいつも通りね。いつものように身支度をして、教室へ行って、授業を受ける。そんな一日が過ぎていくうちに、窓の外は少しずつ暗くなっていった。
――日が落ち、月が昇る。その月は細く欠けている。
三日月の下、第一決闘場の通路で私たちは顔を見合わせていた。フラン、クローネ、ベール。そしてリゼットまでもが通路まで来てくれていた。
「イ、イルナ様……! エリス! がっがががんばばば」
「落ち着きなさいベール。ちゃんと伝わったから」
「すっ、すいませんっ」
「もう、あなたが緊張してどうするのよ」
リゼットがクスクスと笑いながら私とエリスの肩に手を乗せる。
「まっ、あなた達なら大丈夫よ。第零席の器はあるって、私が保証してあげるわ」
そう言ってリゼットは距離を取った。代わりにフランが私とエリスをぎゅーっと強く、強く抱きしめてくる。
「イルナちゃん、エリスちゃん、頑張ってね!」
フランが離れたあと、クローネが不安そうな顔をしている。
「……はぁ」
私はため息をついたあと、チュッとクローネにキスをした。
「なっ!!」
クローネが唇を袖で隠す。みんな顔を真赤にして照れた反応を見せる。私はクスッと笑って制服のスカートを揺らすように一歩下がった。
「そんな顔で見送られたくないわ。あなたらしく背中を押して頂戴」
「……あ、あとで文句言ってやるんだから。さっさと勝ってきなさい。あんたも。エリス、私はあんたを認めるのが怖かったって言ったの覚えてる? つまり、あんたは……私が認めてるんだからね。みんなを認めさせてきなさい。あんたは落ちこぼれじゃないって」
涙を浮かべながらエリスは自分の胸に手を当てて力強く返事をした。
「はいっ! クローネさん!」
私とエリスは通路の奥へ歩いていく。奥の光が近づくにつれ、私は影からマスケット銃を取り出した。隣ではエリスが、家紋の入った片手剣を鞘から抜く。
金属音だけが、静かな通路に響いた。
――異常なまでに静かだった。これまでなら届いていた観客の声すら聞こえない。その静けさが、ひどく不気味だった。




