霞んだ記憶
「すいませんイルナ様……いくつかほころびがあったみたいで、前線がガレスさんで、後方にレギウスさん。あとは無詠唱魔法を使うことしかわかりませんでした」
「……いえ十分よ。そう、やはりフィアナと同じ能力を受け継いでいるのね。やっぱり彼女を相手取るつもりで戦う必要があるのかしら。問題は相方のガレス……未知数なのよね」
レガリオンであった時はまさに忠誠を誓った騎士のような立ち振舞。エリスが王族の剣を弾いて、レギウスの頬を切った時は動かなかった。でも視線は追っていた。まるで出る幕ではないかのように。
そう考えると彼は少なくとも見えていた。とはいえ第零席なのだから当然と見るべきかしら。あれだけ立ち位置に固執するレギウスの相方。おそらく十二の貴族ではあると思うけれど……
確か噂で……
「……? おかしいわ」
「どうかされましたか?」
「噂で聞いたはずなのよ。レギウスの相方がなんの貴族だったか……ベールは分かるかしら?」
「いえ……残念ながら聞き覚えはありません」
ベールは聞いたことがないのね。私は確かに……ある可能性に気づいた瞬間、腸が煮えくり返る気分になった。
「……やってくれたわね。エリスも来てちょうだい」
「イルナ様?」
教室を足早に出る。廊下に響く足音が、トントンッと速くなっていく。その後ろをベールがついてきた。呼びかけに応じたエリスも、少し遅れて駆けてくる。
「イルナさんっ! どうしたんですか?」
「少しバカにされた気分よ。エリス、ガレスが何の貴族だか覚えているかしら」
「それはもちろん。私は十二の貴族としてお会いしたことが……あれ?」
「予想通りね。対象は寮の部屋にいた私たち全員かしら。少なくとも私とエリスは範囲内だった。じゃあその私たち二人に手を加えられるタイミングはいつなのか。レガリオンに招待された時? 私はあの時警戒していたし、龍の力を使っていたから違う。だとしたら、私たちのところへ持ち込まれた物を疑うべきね。それも警戒なんて必要無く自分から開いてくれるようなもの」
寮の部屋に着くと、私は机の上に置いてあった手紙を手に取った。決闘の日を私たちに伝えてきた、あの手紙。握ったまま、龍の力を目覚めさせる。
――手紙が反魔法に触れた瞬間、隠れていた見たことのない文字が、紙面に浮かび上がり、蒸発していく。それと共に、さっきまでどうしても思い出せなかったガレスのことが、頭の中へ戻ってきた。
クシャッとその手紙を握りつぶした。
「思い出したわ。そりゃ対戦相手にさえバレなきゃいいわよね。ガレスは封印の貴族よ。こんな日常から手を打ってくるとは思わなかったわ。まんまとやられたわね。とっくに勝負は始まっている、ということかしら」
エリスが頭を抑えながら深刻そうに呟く。
「……どうして、私忘れていたんでしょうか。これから戦う相手のことなのに」
「レギウスの寄越した手紙に細工がしてあったわ。魔法術式なら同じ部屋にいたフランが気づかないはずがない。おそらくそのガレスってやつの仕業でしょうね。”封印”の貴族なのでしょう? 人の記憶を勝手に封印するなんていい度胸じゃない。ガレスの記憶だけを封印したのは気づかせないようにするためかしら」
エリスが確か……戦略家と言っていたかしら。第零席に上り詰めるまでの用意周到さ。始まる前に仕掛けてくるとは思わなかった。
他の記憶は……大丈夫よね? 大事なこと忘れていないかしら。アンナも子どもたちも、エリスたちもちゃんと覚えてる。フィアナのことも。忘れたことを忘れるほどじゃなかったから大丈夫のはず。
「エリス……ちゃんと覚えてる?」
「はい。大丈夫のはずです」
どうしてこの程度だったのかしら。できるのであれば、戦いの記憶も何もかも封印して、私たちを廃人同然にしてしまえばいい。そこまでのことはできないのかしら?
あるいはするにしても条件がある……とか。
ベールが心配そうに私の顔を覗き込む。
「イルナ様? 顔色が」
「ベール。余計なことをさせてしまったわね。正直情報を集めるのは不可能だわ。たとえ小さな記憶を封印する程度だとしても、もしそれが知っているであろう全員に対して行われていたらどうしようもないもの。リゼットでさえ、この学院の外のことしか知らないわ」
どこまで手が及んでいるのかわからない。厄介すぎる。情報の価値をよく分かってる。
「それじゃあ……何もわからないまま戦うしか」
「少なくとも封印の貴族であること、レギウスがフィアナと同じように無詠唱魔法を使えることが分かったわ。十分よ。ありがとう」
「イルナ様……」
肩を落とす彼女の頭を優しく撫でる。ベールを教室へ帰し、私はベッドに腰掛けた。そのままバフッと仰向けに倒れ込み、両腕を広げた。
「エリス、やっぱり第零席との戦いは簡単にはいきそうもないわ」
彼女は私の隣に座り、私の手を握った。
「覚悟は出来てます。スローネに座ろうと言ってくれたイルナさんの言葉を信じます」
「そうね。そうよ……」
相手がフィアナレベルなら……禁忌階梯魔法を完成させないと勝ち目がない。そっと目を瞑った。
それからの数日、エリスは龍の魔力を自分から生成し、それを自分のものとして扱う慣らしを続けていた。たくさん食べてたくさん使って。その間も、私には禁忌階梯魔法の完成につながるピースが見つからなかった。
決闘前日の放課後。私はまたベッドに寝転がって考え込み、答えの出ないまま目を開けた。エリスは少し離れた林で訓練。フランもそれにくっついて手伝っている。身近にいる禁忌階梯魔法の使い手に、どうやって完成させたのか聞きたいけれど、リゼットとセリウスは見つからないし、フィアナには当然会えないし。
「はぁ……」
「なーにため息ついてんのよ」
クローネがドアを開けて入ってくる。
「おかえり」
「ただいま吸血鬼」
ポスンッと私の隣に座ったクローネ。私の方を見ることなく、ずっと向かいの壁を眺めてる。
「……あのさ。イルナ」




