ベールのお願い
私たちは寮の部屋へ戻った。おぶっていたエリスをそっといつものベッドへと下ろす。向かいでは喋り疲れたフランがベッドにダイブ。クローネは気を張っていたのか、肩を落として長くため息をついた。
「あの……それじゃ私は」
ドアの前でベールがそう言いながら頭を下げる。楽しかったですという彼女を私は引き止めた。
「一緒に寝る?」
「いっいえそんなっ! 私は……やめておきます。さすがに三人は狭いですし」
「それもそうね。フラン、クローネ。私ベールを部屋の前まで送ってくるわ」
フランはすでに寝息。クローネは手を振って行ってらっしゃいと合図した。あれだけ盛り上がってたくさん食べたんだもの。当然よね。私も結構眠気が溜まってきているわ。
エリスの頬にかかった髪を撫でるように払った。私はベールと部屋を出て、寮の廊下を歩く。さすがに深夜。みんな寝静まっているのか、二人分の足音ばかりが響いていた。
「あの、ありがとうございます。わざわざ」
「すぐそこだけれどね。でも、一人で部屋に入るとどこか寂しいでしょう?」
「少し……分かります」
ベールの足取りがとても遅い。私はそれに合わせてゆっくりと歩いた。
「ねぇベール。本心でいいわ。迷惑だった? 面白いと思ってイタズラをしたの。一緒にお茶をしたい気持ちもあったけれど」
「え? そんな……迷惑なんて思ってません。すごくいい時間でした。とても遠いクラウンの人がどんな人か知れて。それにイルナ様達が十席になって身近に感じるというか。私は……イルナ様にいろんなことを教えてもらっています」
そんな大層なことはしていないのだけれどね。ただ自然とそうなってしまっただけの。
「あっ……着いちゃいましたね」
「そうね。また明日学院で会いましょう」
「あの……」
「なに?」
「お願いがあります。みなさんとその……結構進んでいることに驚いていて……だから、その」
自分の指先をこすり合わせ言い淀むベール。少しカールした髪がゆらゆらと揺れて目を引きつける。果実の匂いが残る口元が動いた。
「キス……してください。長いの。嫌……ですか? 嫌ならいいんです。まだ全然積み上げられてないってこと……です、か、ら」
私がトンッ、トンッと近づいていくと言葉が詰まっていく。
「自分から言ったクセに」
「だっ……て」
それ以上の言葉は聞こえなかった。彼女の背中がドアに当たる。ギシッ……という音が鳴る。私の口の中に広がる果実の香り。それよりももっと甘い彼女の声。
「んっ……んんっ……」
「逃げないで怖がりさん」
「っ……」
逃げ場を失い、彼女の手が私の首に回る。私は少し背伸びをしながら唇を押し付ける。
「そっ、舌をもっと伸ばして、リラックス」
柔らかい。良くなってきたわ。そろそろかしら……
「あのっ……ん」
「どうしたの?」
「……りゅ……龍の目で……お願いを、しても」
「……変態さんなのね」
「イルナ様の……せいです」
キュッと私の体が彼女の太ももに挟まれる。ガクガクと震え、温かさが広がっていく。ポタポタと伝ったそれが廊下を汚した。
「いけない子」
私は強く締め上げられながらもキスを続ける。彼女の舌が固くなり、私はさらに強く抱きしめられた。
――カクンッ。
ベールが私を抱きしめたままぺたりと地面に座り込む。ペチャッという音が静かな廊下に響いた。
「はっ……はぁっはぁっ」
荒い息を耳元で聞きながら私は優しく背中を撫でてあげる。影で一瞬覆い、彼女の漏らしたものを影で飲み込んだ。
「よく頑張ったわ。良い夢を――ベール」
そう言って彼女だけを部屋の中へと移動させた。私は扉に背を向けた。小さな声が聞こえる。
「私信じてます……イルナ様とエリスが第零席になるって」
「……期待していいわ」
もっと、すごく小さい声を私の耳が捉えた。
――大好き。ですって。
翌朝のこと。私たちの部屋の前に例の使いが手紙を置いていった。決闘の日は五日後という通達。
「ふーん。思ったよりも早いのね。何か意図があるのかしら?」
準備を整えて、私たちはいつも通り授業へ向かった。道中で聞こえてくるのは決闘の噂ばかり。観戦席はとっくに埋まってしまったらしい。通りかかるたびに顔を向けられ、歩いていても視線がついてくる。落ち着けるのは教室か寮くらいかしら。
何か情報がないかと、私は休み時間に出歩いた。けれど声をかけただけで、相手は背筋を伸ばし、こちらの顔色ばかり窺う。
「ねぇ……レギ、第零席のことなのだけど」
「応援してますっ!!」
「そうじゃなくてね。彼について」
「頑張ってください!」
ピューッと逃げていく。
「……困ったわね」
「イルナ様ァ!!」
「あら、ベール」
ベールがこちらへ駆けてきて、私のそばで足を止めた。
「どうかされたんですか?」
「少し悩んでいるのよ。第零席のこと。情報を集めたいのだけどみんな萎縮してしまって集めようがないの。そうだわ。ねぇベール。手伝ってくれるかしら?」
「私ですか? いいですけど……」
次の日の朝。教室で私のところへ来たベールは、なかなか口を開かなかった。目を伏せ、両手の指先をツンツンとつけたり離したりしている。
「ベール? どうだったかしら?」
「その……ほとんどダメでした。頑張ったんですけど、戦った情報がほとんどないんです。基本的に第零席に上がるまで観客を入れないようにしていたみたいで。第零席には繰り上げですし……記録を調べて、対戦相手の元にも行ったんですけど、なぜかその人たちに、戦った記憶がないんです」
「戦った記憶がない? 記録はあるのに?」




