お開き
その破壊力に全員が言葉を失った。大人っぽくて落ち着いたお姉さん。そんなイメージのあるリゼットの乙女な一面につばを飲む。視線を逸らし、恥ずかしそうにチラチラと視線を戻す姿。
ここで頼りになるのはやはりクローネ。咳き込みながら大量のクッキーを指さす。
「そろそろ食べきらないと湿気るわよ。ほら食べる食べる!」
リゼットが安心したかのように風の魔法を解除してサッとクッキーに手を伸ばした。どうやら美味しかったようで「あまーいっ」と先程までの破壊力抜群の照れ顔が嘘のように笑顔になる。
互いに顔を見合わせ、みんなもクッキーに手を伸ばし始めた。カリッという音があちこちから聞こえる。おいしーねー、甘いね。そんな声に「苦いっ」「辛い!」「酸っぱい……」と悲鳴まで混じり、会話が弾んでいく。私もパクッと一口かじる。
「ん……美味しいわね」
ベールがどんなお味がするのですか? と聞いてきたので私は丁寧に答えた。
「そうねー。言うなれば血の味かしら。でも人間のものじゃないわ。おそらく家畜を」
「はいストップ」
クローネが嫌そうな顔をして私の口の上に自分の手を被せた。
「あんたね。そこから先は二択なのよ。一つはまたえっろい話になる。あるいは人間には理解できない吸血鬼独特の血の味の感想。食欲が落ちるっての。黙って食いなさい」
「むっ。もぐもぐ。血は美味しいのよ?」
私は赤黒いクッキーの残りを口の中に放り込み、もぐもぐと顎を動かした。クッキーが口の中でほろほろと崩れ、血の味が口内いっぱいに広がっていく。このちょっと鉄のような味がこれまた……
「……ほんと美味しそうに食べるわね」
それからおよそ数十分後。誰もクッキーに手を伸ばさなくなっていた。みんな限界と言った顔でクッキーを見つめている。
リゼットが申し訳なさそうな顔で謝る。
「ごめんなさい。私が頼んだから。世間知らずのせいで」
私は自分の胸を強く叩いた。
「むっふー。任せなさいっ。ここには龍の器が二人もいるんだから。ねっ、エリス」
「ふぇ?! 私……ですか?」
エリスはそっとクッキーに目を移す。まだ底が見えないクッキーの山を見ながら彼女は一つ、また一つと手を伸ばした。
「うぅ……食べられてしまいます……全部」
「あら? 何を悲しんでいるの?」
「イルナさんみたいじゃないですかぁー……」
「んー? それどういう意味かしらー?」
私はいくつかのクッキーをバババッ! と手に取った。そして不敵に笑いながらエリスをじっと見つめる。彼女の目が、私の顔から手元のクッキーへと下がった。気づいたようね。でも、こちらにも言いたいことがあるのよ。
「エリス……あなた龍の力に目覚めて少し鼻が良くなっているわね? 随分とさっきから美味しそうなものばかり食べてるじゃない」
クローネがバンッと机を叩く。
「ずるっ!!」
「クローネさんっ!? 違うんですよ? たまたまです! たまたまっ!」
私はにぃっと笑いながら手に取ったクッキーをエリスの口にねじ込んだ。
「もごっ!!」
「見てたわよ。選びながら食べてたの」
「んぐぐぐっっ!!」
ハズレのオンパレード。さすがに堪えたらしく、エリスは涙目で顎を動かしていたけれど、すぐに私のグラスへ手を伸ばし、口へ運んだ。
「あっ」
私の口からそれだけが漏れた。止める間もなく、エリスはゴクッゴクッ! と中身を全て飲み干してしまった。
「ふぅ……う……ひっく」
「エリス……それ果実酒よ」
少しだけ自分のイスを遠くへと離した。別に襲われてもいいのだけど、人前だもの。防衛しておくわ。
クローネもまるで野生動物とあったあと、そっと目を合わせながら距離を取るように下がっていく。ほか三人はよく分かってないみたい。
「……フーラーンサーン」
「ん? どうしたのー? 顔赤いよー?」
クローネが「しまっ」そう言って抱きつこうとしたエリスとフランの間に入る。その愛情? 保護者感覚? に感動しながら私は二人を影の中に少ししまった。
数分後。会話も出来ないほどにピクついたクローネが出てきた。かろうじてイスに這い上がり、腰をすべらせるように下ろし、机に突っ伏した。
「っ……ぁ」
その反応に一同唖然。遅れて吐き出されたエリスは口の端から唾液を垂らしてポーッとしていた。まるで次のターゲットでも探しているかのように視線をずらす。
私はため息をついてエリスを座らせた。両手両足を影で縛り、少し酔いを冷ましなさいと呟いた。
「ふぁい……イルナさん……すごく、今楽しいです。みんなと一緒に気兼ね無くこうして喋って……でも第零席との戦いのことが頭の片隅にずっといるんです」
「……そうよね」
「勝ちたい。ここまで駆け上がってきて、頑張った。イルナさんも、フランさんやクローネさんにも支えられて。みんなと一緒にいて、頑張っていろんなことがあって。レギウスって人。むかつきます。バカにもされたし、規律の為にお金で元の位置にまで戻れなんて。こんなに頑張ったのにっ!!」
ぷくーっと片頬を膨らませるエリスを見ても、笑う気にはなれなかった。九百九十九位に戻れ。あの男は、ここまでの全部をお金で片づけようとしたのよね。
「学院のためには正しいのかも知れません。王国にとってもあの学院の地位というのは大きなものですから。彼は正しいのかもしれない。でも……私は」
リゼットがエリスの後ろにまわり、優しく頭を撫でる。
「いいじゃない。全て覆してしまえば。スローネとは玉座のこと。王冠がいくつあったって玉座は一つしか無い。そこに座れば全部解決。王冠をかぶっているものでさえ跪く。それがスローネ」
――革命を起こせばいい。彼女はそう笑った。静かにエリスのほっぺがしぼんでいく。頭を撫でる手を追うように、エリスが顔を上げた。
数十分ほどが経ち、お茶会はお開きとなった。リゼットの魔力が少なくなってきたからセリウスの補給が必要になったとのこと。
「楽しかったわ。またお茶しましょ。夜しか無理だけれど」
リゼットはそう言って一足先に戻った。帰り道、ベールはご満悦で、エリスは私の背中で爆睡。夜の街を歩く間、クローネは口数が少なかった。ふと隣を見ると、彼女はまっすぐ前を見据えている。何かを決意したような、真剣な横顔だった。




