お茶の約束
エリスは用意していた決闘の書類を取り出し、自席の前の机に置いた。まるでここまで取りに来いとでも言わんばかりに。その行為もまた席次達をざわつかせた。第三席も扇子を閉じたまま唖然としている。
そんな騒がしさをよそに、エリスが背を向ける。私も椅子から立ち上がり、その後を追った。出口へ向かいながら、彼女はレギウスに言った。
「私の友達の件、私が第零席になったらどんな手段を使ってもやめさせます。陛下の決めたことは変えられませんけど、あなたの独断であれば変えられる。第零席の立場を持ってあなたに命令しますから」
コツッ、コツッ……と足音を残して、エリスはレガリオンから姿を消した。後を追っていた私は、扉の手前で立ち止まる。貴族ではないと言われたことなんてどうでもいいけれど……一つ、ちゃんと教えておいてあげないといけない。
「レギウス……だったかしら。一つ言っておくわ。私の愛する人を殺そうとしたわね」
レガリオンが軋む。龍の魔力が建物を揺らし、吸血鬼の魔力が空間の魔力を白く染め上げる。椅子の背にも、長机にも霜が広がり、私の吐く息まで白くなった。
「――誰の主人に手を出したか、後悔させてあげるわ。私はエリスほど優しくはないの」
突き刺さっていた王族の剣が凍りついていく。私はエリスを追うためにまた歩き出した。
「この借りは決闘で返してあげる」
凍りついた扉を指先で優しく押した。扉の縁を塞いでいた氷に亀裂が走り、音を立てて足元へ落ちていく。開いた隙間から流れ込む外の空気が、温かく感じられた。私はそのまま庭園へと出た。
庭園を歩くエリスに、少し早足で追いついた。少しやりすぎたかしら。と思いながらもちょっとスッキリする。
「エリス、お疲れ様。あの剣、私が動くより先に弾いたわね」
「予測してただけです……可能性はあるかもしれないと身構えてました。一応王族に対する侮辱と取られてもおかしくないことをしたので……」
身構えていた……ね。私もよ。でも私よりも早かった。本当に反応速度や剣だけなら私よりも上ね。シャワー室で泣いていた子がこんなになって。
私は足を止め、むぎゅーっとエリスを抱きしめる。どうせ夜の庭園。ここには誰もいない。
「ひゃっ! イルナさんっ?!」
少しの戸惑いの後、腕を回される。お互いの心臓の音が聞こえ、唇が近づく。
「じーっ」
私とエリスがピタッ……と動きを止める。声のした方を見ると、リゼットがじっとこちらを眺めていた。その隙に、エリスが私の腕の中からするりと抜け出す。私はリゼットへ恨めしげな目を向けた。
「……リゼット。おじゃま虫よ?」
「あら? 気づいたら熱くなっていたから見ていたんだけど……?」
「セリウスはどうしたのよ」
「今日は用事もないし、お茶でもしてこいって。一晩くらいなら離れても大丈夫だし」
「……はぁ。そっちの方が優先ね。どうせ決闘なんてどんなに早くたって一週間以上先でしょうし。急ぐことでもないわ。元々準備はしてたんだから。私もリゼットを誘わなきゃって思ってたもの」
「ありがと。まずは第十席おめでとう。こんなにすぐ第零席に挑むとは思わなかったけど」
「少し事情があってね」
フランを早く自由にしたいってのもあるし。フィアナよりは強くないだろうと思ったというのもあるし。とはいえ、彼が戦略的にフィアナより下を演じていたら……? という可能性もあるけれど。
「そこは深堀りしないわっ。お茶はどこでする? 学院の外?」
「えぇ。お友達が二人……いえ、もう一人誘いましょうか」
「? 私は気にしないけど……ひとまずエリスちゃんどうする? 私に見られていると気づいてからものすごい速さで木の陰に隠れちゃったけど」
「……少し恥ずかしがり屋なのよ」
暗くても分かるほど赤面したエリスの手を引っ張って私たちは寮へと向かった。道中、第三席から守ってくれてありがとうとリゼットに言うと、彼女はただ気に食わなかっただけと言った。
「元々あの子とは反りが合わないし。人間だったときから喧嘩してたもの」
「古い仲だったのね」
寮へ着くと、私達は心配そうにそわそわしていたクローネとフランに事情を説明した。決闘を挑んだと話した途端、クローネが声を上げる。
「はぁ?! もう挑んだの? 早くない!?」
一方フランは複雑そうな表情を浮かべる。たぶん自分のせいなんじゃないかって思考かしら。私が元々挑むつもりだったと言うと少しだけ顔が和らぐ。
私達の後ろから姿を見せたリゼットに、二人がびっくりする。久しぶりの再会とあってか、クローネは近寄りがたさを表していたけれど、フランはぎゅっと抱きついた。みるみるうちにリゼットはその胸に埋もれていく。
「前回も……そうだったけれど……すごく」
第七席とは思えないとろけた表情。その気持ちが分かってしまう私たち三人は頷きながらも救出。寝てしまうから。
そしてみんなで向かった先は寮のある一室。
コンコンッとノックをして出てきたベールは目の前に現れた第七席を見て石にでもされたかのように硬直。
「ナッ……」
「こんばんわ。お茶でもどうかしら?」
リゼットは固まってしまった彼女にお茶のお誘いをする。第七席という立場がいきなり面識もないのに訪ねてきてお茶なんて言われたら固まるでしょうね。ふふっ。
いたずらが成功して、私は笑みを見せる。大成功ね。
私はドアからひょこっと顔を出して、もう一人の寮生を誘った。顔なじみだったから。でも顔をブンブンと横に振られたので仕方なく諦めたわ。
その後、私たちは学院の外へと繰り出した。ベールの「驚きました」「ひどいです」という愚痴を、心地よく聞きながら。




