第零席への宣戦布告
私の挑発に、レギウスは一拍置いて小さくため息をついた。その余裕さが消えることはなく、両手を机の上で組んだ。
「どうやら第十席に座れたのが相当嬉しいようだ。気が大きくなっているようだな庶民」
私は鼻で笑った。
「ここにいる権利はあるはずだけれど? 私たちは実力でここに座ったのよ。それがおかしいことかしら?」
「ああ、おかしい」
迷いもなく返され、私が次の言葉を口にするより先に、彼の声が響いた。
「口を挟むな」
身体から溢れる私の魔力が冷気を帯び、長机の上を這い始める。けれど、レギウスはこちらを見もしない。その視線は、エリスだけに向けられていた。
「もう一度言おう。君にはクラウンから降りて欲しい」
エリスは少し顔を伏せたまま問いかけた。
「……どうしてですか。イルナさんも言った通り、私たちは実力でこの場所に座りました」
「簡単な話だ。最低評価のアッシュがクラウンという立ち位置にいると困るからだ。それはつまり、学院の評価が間違っていた……ということになる」
「そういうことだと思います」
「そういうことだと困ると言っている」
レギウスが魔力を放出した。ピシリ、と音が走り、十二の貴族を描いたステンドグラスにヒビが入る。他の席次達は黙ったまま、鋭い視線をエリスへ向けていた。窓の亀裂から冷たい空気が流れ込むなか、レギウスは続ける。
「学院は小さな王国だ。絶対的な権力が揺らぐことは、国が揺らぐことと同じだ。学院が与えた期待の色に、君たちの順位は見合っていない。最低評価のアッシュがクラウンに座ることを認めれば、学院の評価が間違っていたと認めることになる。過去の事件による不祥事もある。これ以上、学院の信頼に傷をつけることは許されない」
過去の事件における不祥事。それは黒本事件や学院祭での事件での失態のことでしょうね。フランが攫われた時のことを思い出したのか、エリスは拳を強く握って立ち上がりながら言い返す。
「そんなの……そっちが勝手に決めたことじゃないですかっ! それにっ、あの事件だってあなた達王族がっ」
「誰に向かって口を聞いているか、君はそれを理解しているのか? 慎め」
――彼は王族の剣に触れながらそう言った。エリスは一瞬言い淀んだけれど、言い返した。
「この、場……では、関係ありませんっ! 私たちは第十席です……!」
「私は第零席だ」
エリスは座らない。机の向こうのレギウスを、まっすぐに見据えていた。
「関係ありません!! 第十席としてここに座ったんですから、発言する権利はあるはずです。たとえ落ちこぼれでも、貴族でなくても問題はないはずです」
エリスの声が、長机の向こうまで響いた。落ちこぼれでも、貴族でなくても。その言葉に、私は隣の彼女を見上げる。自分だけなら、もっと違う言い方もできたでしょうに。私がここにいることまで、当然のように言ってくれるのね。
レギウスの手は、まだ剣に触れている。けれどエリスは目を逸らさない。私は椅子の背から身体を起こし、彼女と同じ相手を見据えた。
誰も口を開かないまま、レギウスの深いため息だけが落ちた。
「もう一度言おう。辞退してほしい。それ相応の待遇を与える。できることなら九百九十九位に戻れ。順位が下がった分だけ報酬を与える」
エリスと私が睨みつけた瞬間、彼は言い放った。
「――それとも直接叩き潰されたいか」
エリスは反論するのをやめた。一度顔を伏せ、小さく息を吐く。それから、隣の私へ目を向けた。
「……イルナさん」
私もため息をつき、その目を見返す。分かりきっていたことだけれど。元よりそのつもりで来たのだから。
「エリス。言ってやりなさい」
彼女は睨みつけるように第零席の二人を見据えた。ただ冷静に、けれど怒りを込めて。
「第十席アッシュクラウン。エリス・エンバー・ヴォルド及びイルナ・ヴァレス・ドラクシス」
席次達の表情が変わった。長机を挟んで、私たちへ視線が集まる。セリウスの口角がわずかに上がり、その隣でリゼットも笑みを浮かべた。
エリスは一度、言葉を切る。窓から流れ込む冷気が、その髪を揺らした。けれど彼女の視線は、机の一番向こうから動かない。
その先にいる二人へ、続きを突きつけた。
「第零席スローネ――レギウス・エルワース・ファニス、及びガレス・オルド・ヴァルセインに決闘を申し込みます」
王族の剣が、エリスの眼前まで飛んできていた。レギウスの殺気に、席次達の手が一斉に武器へ伸びる。その手が柄に届くより早く、エリスは剣を引き抜き、飛来した刃を弾き返した。
甲高い金属音。弾き返された王族の剣はレギウスの頬をかすめ、椅子の背もたれに突き刺さった。刀身が震え、彼の頬に一筋の鮮血が滲む。
耳の奥に、刃がぶつかった音が残っている。エリスは構えた剣をレギウスへと向けた。席次達の手が武器にかかったまま、誰一人として口を挟もうとはしなかった。ひび割れた窓が風に鳴る。その音が、やけに大きく聞こえる。
レギウスは微動だにせず、ただ静かに答えた。
「――いいだろう。受けて立つ。当然権利はあるのだからな。私自らお前達をアッシュにふさわしい地の底へと落としてやる」
エリスは自分の剣を鞘へと収めていく。金属の擦れる音と共に返した。
「望むところです」




