灰色の誓い
フランに涙を拭われながら、私はもう少しだけ泣いた。
生まれてこれて良かったって、思えてるの。すごく幸せで、意味のある人生だって。本当はもっと文句を言ってやりたいわ。
――月の輪郭が薄れ、太陽の光が少しずつ強くなっていた。私は腫れた目を伏せ、フランに抱きついたまま、ゆっくりと息を吐く。ようやく呼吸は落ち着いてきた。それでも、知ったばかりのことがいくつも胸に残っていて、一つずつ整理したかった。
「イルナちゃん……二人に話す?」
「えぇ。話すわ。私たちの間に秘密ごとなんていらないでしょう?」
「そうだね。もう少し落ち着いたら戻ろ」
「……うん」
――数時間後。休みの日の寮の部屋で、私とフランは二人に『世界の本』について語った。エリスは唇を噛んで涙を流した。私たちは何度か話を止め、彼女が落ち着くのを待った。クローネはエリスと私を交互に見ながら、そわそわしていた。早く続きを知りたい。そんな顔だった。
全てを話し終わった後、クローネは不機嫌そうな顔をする。
「ずるい」
私は呆れた顔をした。ずるいって……理由を聞いてみれば、私はもちろん、エリスの祖先のエンバーも、フランの祖先のエルワースも登場しているのに、自分だけ出番がないのだと言う。
「いいじゃない。別に」
「なんか仲間はずれみたいで嫌」
「……ほら、魔族も戦ってたみたいだし」
「……モブ!?」
私のほっぺがクローネにむにーっと引っ張られる。
「あんたねっ! そんなモブで満足できるわけないでしょうがぁー!!」
「ひらないわよ。ひかたないでひょ? (知らないわよ。仕方ないでしょ?)」
結局、私はほっぺをつままれたまま会話を続けることになった。クローネの気持ちも分からなくはない。私は王と女王の子で、その命を未来へつないだのがエンバーとエルワース。しかも、その二人は親友だった。子孫のエリスとフランまで今こうして親友なのだから、まるで運命みたいじゃない。
クローネは私のほっぺを楽しむようにむにむにと揉みながら、話を続けた。
「つまり、エンバーとエルワースはあんたと世界の本を未来にまで残すっていう役目は果たしたわけね。まさかその子孫がその王と女王の子と繋がるなんて思わなかったでしょうけど」
私はぐいーっと身体を後ろへ引き、クローネの魔の手から抜け出した。頬を撫でる。ちょっと伸びたんじゃないかしら。改めて、エンバーの子孫であるエリスに目を向けた。
「そうね。でもこれで私のずっと持っていた疑問が解決したわ」
「……イルナさん? どうして私を見るんですか?」
エリスは袖先で涙を押さえながら、私を見返した。私は答える前に、窓の向こうへ一度だけ目を向ける。朝の空には、太陽が輝いていた。
「ベンっていう破滅の獣覚えているでしょう? 原初回帰した彼」
「? はい、覚えてますよ」
「あなたも同じなのよ。太陽の従者は子孫を残し続けた。そしていつしか太陽ではなく、炎を司る従者に変わってしまった。十二の貴族が世界を手中に収めた時、炎の貴族となった」
私の祭壇さえ、長い時間の中で廃れてしまった。太陽の従者だったという記憶も、同じように薄れていったのでしょうね。時代の移ろいというのは、そういうもの。
「そう、ですね。名前と時代からすればそうなると思います」
「あなたも原初回帰しているのよ。炎への適性はなくても、太陽の回路――龍王の魔力に適した回路を持っていた。けれど、太陽の魔力を知っている人なんかいない。私と契約した時、あなたは私から魔力を無理やり引き出したでしょう? 私が与えようとした月の魔力ではなく、自分に最も適した龍の魔力を。その時始めてあなたは太陽の魔力を知った」
エリスは自分の手へ視線を落とした。指をゆっくりと開き、もう一度、私を見上げる。
「……それで、私……最初にあんな大規模な魔法を……それにイルナさん無しで龍の力を使えたのも、それが理由……」
「もう一つ――分かったことがあるわ」
「なんですか?」
私はベッドに腰掛けるエリスへ、覆いかぶさるように近づいた。驚いてこちらを見上げる瞳を、まっすぐに見つめる。
「あなたは私を見つけた。誰も見つけることができないはずの影に隠れていた私を見つけた。ずっと分からなかった。どうして見つけられたのか。エリス……あなたは私の中の龍を見たのね」
十二の貴族は選ばれた者。あなたは選ばれなかった。なんて、バカみたい。あなたは世界最高位二人の子を見つけた。それも世界の書き換えに巻き込まれなかった創世の器のままの存在。
選ばれなかったと落ちこぼれの烙印を押された? バカらしいわ。最も選ばれたのはこの子よ。
私を見つけられるのは、エリスだけなんだから。
「本当に、滑稽よね。あなたの家系も、教師も、あなたを過小評価してきた人たち。アッシュ? 笑わせるわっ。未だに私たちをカデットがお似合いの灰色なんていう奴らに突きつけてやるわよ。あなた達のバカにした存在は創世に選ばれた最強の第零席だって」
エリスは気圧されたように、何度か瞬きをした。唇を噛み、やがて私の目をまっすぐに見返す。もう視線は揺れなかった。彼女は息を吸い、力を込めて答えた。
「……はい。座りましょう。この学院の頂点の玉座へ」
――アッシュスローネ。全てを覆す時が来たわ。




