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第6話-好き、嫌い、好き

皆さん、おはようございます、こんにちは、こんばんは。

お久しぶりです。


前回の更新からかなり間が空いてしまいました。

きっと「とんでもなく凄い内容が来るんだろうな」と思っていたことでしょう……。


……いや、そこまででもないかもしれません。

ただ単に、いつもの悪癖の“先延ばし癖”がまた発動してました。すみません。


とはいえ、今回は佐伯というキャラクターをかなり良い感じに描けた気がしています。

大げさ抜きで、橘、西山、五十嵐たち以上に“リアル”で、そして人気の出るキャラクターになるんじゃないかなと個人的には思っています。


それでは、ぜひ楽しんでください。


「みんな!改めて盛大な拍手を佐伯に送ってくれ! 彼は今年の世界大会でも再び優勝を勝ち取った! だが残念ながら、彼はもうすぐ俺たちの元を離れることになる……なぜなら――次にデビューするスーパーヒーローだからだ! 史上初、そしておそらく唯一、“ゲーム”によって世界を変え、人を救う男! これまで本当にありがとう! 我らが大ヒーロー、佐伯に乾杯!!」

「「「佐伯ーッ!!!」」」

会社の上層部による乾杯の挨拶と共に、会場にいた全員が一斉にグラスを掲げ、大声で佐伯を称えた。

当の本人である佐伯も、少し得意げで、それでいて照れくさそうにグラスを掲げ、その祝福を受け取る。

今日は彼のために、会社がわざわざ高級ホテルを貸し切り、祝賀会兼送別会を開いていた。

豪華な料理と酒。美しい照明。最高の雰囲気。まるでVIPのようにもてなされるサービス。

誰もが天国にいるような気分だった。

佐伯も皆と楽しそうに食事や会話をしていたが、主役である彼の周囲には常に人が集まっていて、なかなか一人になる暇がない。

そうしてしばらく経ち、ようやく一人で少し休憩できる時間ができた時だった。

ふと視線の先に、先輩が一人でいる姿が映る。

今夜の彼女はいつもより少し濃いメイクをしていて、セミフォーマルなドレス姿も相まって、普段以上に綺麗だった。

佐伯は数秒ほど見惚れた後、小さく勇気を振り絞る。

スマホのインカメで軽く髪型と服装を整え、ウェイターからグラスを二つ受け取ると、そのまま彼女の元へ向かった。

「よっ、先輩〜」

なるべく自然を装って声をかける。

だが内心では、心臓が暴れ回っていた。

「今日、すごい綺麗っすね……」

「……んぐ?」

先輩は顔を上げる。

口いっぱいに料理を頬張ったまま、ぽかんとした顔で佐伯を見つめていた。

あまりにも間の抜けたその姿に、佐伯は思わず褒め言葉を飲み込む。

少し拍子抜けしつつも、自然と笑ってしまった。

「あっ、佐伯。ご、ごめん……」

先輩は気まずそうに笑いながら食べ物を飲み込み、口元を拭いた。

「いや〜今日ほんと疲れたし、お腹空きすぎて死にそうだった〜。でも佐伯のおかげでこんな美味しいもの食べられるし。あ、そうだ、このデザート超美味しいよ? 食べた?」

「え、いや、まだっす。まあ後で――」

「はい、あーん♪」

先輩が笑顔でフォークを佐伯の口元へ向ける。

佐伯は反射的に手で受け取ろうとしたが、両手ともグラスを持っていて塞がっていた。

少し迷った後、結局おとなしく口を開け、先輩に食べさせてもらった。

「どう? 美味しい?」

「……ん」

嬉しそうな先輩を見ながら、佐伯は頬を膨らませて咀嚼しつつ、照れくさそうに頷く。

先輩は佐伯の手から片方のグラスを受け取り、二人は軽くグラスを合わせた。

「「かんぱーい」」

「そういえば、さっき何か言いかけてなかった?」

「え、あー……いや、その……」

佐伯は気まずそうに言葉に詰まる。

先輩は向かい側で、小動物みたいに目を丸くしながらじっとこちらを見ていた。

「……今日の先輩、ほんと可愛いなって。うん……」

なるべくクールぶってそう言う。

すると先輩は少し笑って、

「ありがと〜。でもさ、私っていつだって可愛くない?」

冗談っぽくそう返した。

「……まあ、それはそう」

思わず小声で本音が漏れる。

「……え?」

どうやら聞こえていたらしい。

「えっ、い、今の口に出てた!?」

「……ふふ。あ、ありがと」

佐伯の背中に冷や汗が流れる。

ゲームですら、ここまで緊張したことはなかった。

しかも珍しいことに、先輩の方まで少し顔が赤いように見える。

チークなのか、照明なのか、それとも酒のせいなのか――佐伯には判別がつかなかった。

二人はなんとなく気まずい空気になり、ほぼ同時に酒を一口飲んで誤魔化す。

「それで? ヒーローになる気分はどうなんですか〜? ふふっ」

数秒後、先輩はいつもの調子に戻ったように冗談っぽく聞いてきた。

佐伯もまた酒を一口飲み、気持ちを切り替える。

「まだちょっと実感ないっすね……。もう少ししたらDSAに正式に配属されるんですけど、楽しみではあるんす。でも同時に不安でもあって……」

佐伯は少し視線を落とす。

「俺、ずっとただのゲーマーだったんですよ? 本当にスーパーヒーローみたいに犯罪と戦ったり、人を助けたりできるのかなって……。しかもヒーローって、“大いなる力には、大いなる責任が伴う”みたいな、そういうのとも向き合わなきゃいけないじゃないですか。あぁもう、勘弁してほしいっすよ……」

不安混じりにぼやきながら、佐伯は白目を向く。

「大丈夫だって! 佐伯なら絶対やれるよ! チュートリアルさえ終われば、もうあんたの無双タイムでしょ!」

先輩は軽く励ますように笑った。

その言葉に、佐伯も少しだけ気持ちが軽くなる。

「……あーもう、いいや! 今日くらいそんなこと考えない! 今夜は飲んで食って楽しむだけっす! それに俺は佐伯拓海だぞ!? 攻略できないものなんて――ないッ!」

そう言って、佐伯はシャンパンを一気に飲み干した。

「っはぁ〜〜っ!」

気持ちよさそうな声が漏れる。

「ははっ、そうこなくっちゃ! あ、そうだ! 私も一つ良い報告あるんだけど……誰かさん、来週から昇進しまーす♪」

「マジっすか!? おめでとうございます先輩!」

「ありがと〜。でも来週から待ってるのは責任と仕事地獄だけどね……。はぁ……。やっぱり“大いなる力には、――”」

「「大いなる仕事が伴う!」」

二人は声を揃えて言い、思わず笑い合った。

「でも佐伯ももうここ離れちゃうんだよね。次みんなで会えるの、いつになるんだろ……」

先輩は少し寂しそうに呟く。

それから二人は、しばらく無言のまま見つめ合っていた。

照明、音楽、アルコール――。

そんな空気に酔わされるように、二人ともどこかぼんやりとしていて、頬もほんのり赤い。

特に佐伯は、目の前の先輩を見つめるだけで頭がいっぱいだった。

心臓は激しく脈打ち、理性も冷静さも徐々に崩れていく。

ぼやけた頭のまま、次の言葉が自然と口から零れた。

「先輩……俺、やっぱり……このまま先輩と離れたくないです……」

「えぇ〜、そこまで大げさじゃないって。別にまた時間合わせてご飯とか行けばいいじゃん? 私たち、これからも友達なんだし。……ね?」

「それは……そうっすけど……でも……」

佐伯は数秒黙り込んだ後、それでも先輩から目を逸らさずに言った。

「……俺たちって、“友達”のままなんすか?」

「……え?」

先輩は少し戸惑ったように目を瞬かせる。

「どういう意味……?」

「先輩なら分かってるじゃないですか」

佐伯は静かに言った。

「俺だってバカじゃないし……先輩も、そうでしょ」

酒が入っているはずなのに、その目だけは不思議なくらい真っ直ぐだった。

先輩も何かを察したように、黙ったまま佐伯を見つめ返す。

時間が経つほど、佐伯の心臓はどんどん速くなっていく。

返事を待つ数秒が、やけに長く感じられた。

だが――。

先輩は少し困ったように表情を曇らせ、小さく首を横に振った。

「……ごめん。佐伯は本当にいい人だと思う。でも、私は……友達としてしか見れない」

穏やかな声だった。

だけどその言葉を聞いた瞬間、佐伯の中にあった空白と不安が、一気に広がっていく。

「……少しくらい、考えてみるとかも……ダメっすか……?」

「ごめん……。なんて言えばいいのか分かんないんだけど……なんか、違う気がして……。ほんと、ごめん……」

先輩は焦ったように言葉を探しながら説明しようとしていたが、自分でもうまく言語化できないようだった。

「い、いや……大丈夫っす……。急にこんなこと言った俺の方こそ、ごめんなさい……」

佐伯は先輩の困った表情を見て、それ以上追及できなくなる。

二人は俯いたまま、気まずい沈黙に包まれた。

先輩も、さっきまでみたいに無理やり別の話題を振ったりはしない。

佐伯もまた、胸の中が空っぽになったみたいで、何を言えばいいのか分からなかった。

「ご、ごめん……。まだ他の人にも挨拶しなきゃだから、私もう行くね……」

先輩は気まずそうに沈黙を破ると、グラスを持ったまま立ち上がり、その場を離れていく。

「先輩……」

遠ざかっていく背中を、佐伯はただ呆然と見つめていた。

その時だった。

全身を電流が駆け抜けるような感覚が走る。

まるで全身の細胞が、“違う選択をしろ”と叫んでいるようだった。

「せ、先輩ッ!!」

佐伯は勢いよく立ち上がり、咄嗟に先輩の手を掴む。

先輩は驚いたように振り返り、少し怯えたような顔を見せた。

佐伯はさっき以上に緊張していた。

それでも唾を飲み込み、ぐちゃぐちゃになった感情に飲まれないよう必死に言葉を絞り出す。

「お、俺たち……これからも友達でいてもいいっすか……? このまま他人みたいになるの、嫌なんです……」

佐伯は震える声で続ける。

「俺、しつこくしたりしません。だからお願いです……せめて、俺に先輩を好きでいる自由くらいください……」

そして、感情が堰を切ったように溢れ出す。

「俺、恋愛経験とかあまりないです。でも……“誰かを好きになる”って気持ちを教えてくれたの、先輩だけなんです……!」

佐伯は、普段の自分なら絶対に口にできないような言葉を必死に叫んでいた。

その瞬間――まるで会場の音楽や空気までもが、さらにドラマチックでロマンチックになったように感じられる。

先輩だけではない。

周囲にいた人たちまで、その雰囲気に当てられたようにどこか顔を赤らめていた。

まるで今この場だけ、二人が韓国ドラマの主人公になったかのようだった。

先輩は少し肩の力が抜けたように笑う。

頬を赤く染めながら、照れたように口を開いた。

「もう……ほんと、なんでそんなに私のこと好きなの……?」

「え、いや……先輩って一緒にいて楽しいし、話しやすいし、その……もちろん、すごく……か、可愛いし……」

そこまで言いかけた瞬間。

先輩が空いている方の手で、慌てて佐伯の口を塞いだ。

「ちょ、ちょっと声大きいって……!」

先輩の顔はさらに真っ赤になっている。

その恥ずかしそうな反応を見て、佐伯も一気に我に返った。

「す、すみません……! なんか俺、また先輩困らせてるっすよね……あはは……」

自分の暴走に気付いた佐伯も、一瞬で顔を赤くする。

だが――。

二人が再び目を合わせると、さっきまでの重苦しい空気はどこか消えていて。

少し照れくさくて、少し甘ったるい空気のまま、二人は自然と笑い合っていた。

その時。

先輩が小さく咳払いをする。

そこでようやく佐伯は、自分がずっと先輩の手を握ったままだったことに気付いた。

「す、すみませんっ!」

慌てて手を離そうとする。

だが――。

今度は、ただ握られていただけだった先輩の手が、逆に佐伯の手をそっと握り返した。

まるで恋人同士みたいに。

佐伯の頭は一瞬真っ白になる。

ただ、目の前の先輩を、真っ直ぐな恋心だけで見つめていた。

「先輩……俺、好き――」

「――伯!……佐伯ッ!!!」

佐伯がもう一度、今度こそ正式に想いを伝えようとした、その瞬間だった。

どこか遠くから、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。

「……?」

佐伯は軽く辺りを見回す。

だが、誰が呼んだのかは分からない。

その直後だった。

もう片方の手が、まるで自分の意思とは無関係に動き出す。

先輩の手を無理やり引き剥がそうとするように、逆側から強く掴み返した。

しかし先輩も、反射的にさらに強く佐伯の手を握り返してくる。

「佐伯……? どういうこと? 嫌ならちゃんと言ってよ」

先輩は戸惑ったように問いかける。

「ち、違うんです……! お、俺にも何が起きてるのか……」

パァンッ!!

言い終わる前に、もう片方の手が突然反転し、思い切り佐伯の頬をぶん殴った。

「いっっったぁ!? な、なんだよこれ!?」

訳も分からず混乱する佐伯。

だが暴走は止まらない。

もう片方の手は今度は勝手に佐伯のシャツのボタンを外し始め、そのまま服を脱がせようとしてくる。

「ちょ、待っ――!」

慌てて止めようとする。

だが、片方の手は先輩に強く握られたまま離せない。

むしろ佐伯は、

(なんで先輩までこんな必死に掴んでるんだ……?)

と困惑し始めていた。

そうしている間にも、シャツは次々とはだけていく。

やがて半裸になったところで、佐伯は思わず叫んだ。

「ちょっ、待てって!!」

だがその時、彼は自分の身体の異変に気付く。

身体に、文字が書かれていた。

まるで刺青のような、不気味な文字。

「……え? 俺、こんなタトゥー入れた覚えないぞ……?」

佐伯は自分の身体を見下ろしながら、震える声で読み上げる。

「“これは全部偽物だ”、“早く目を覚ませ”、“これはただの記憶だ”……って、なんだよこれ……」

ズキッ――と、頭に鋭い痛みが走る。

佐伯は頭を押さえながら、必死に何かを思い出そうとした。

脳の歯車が狂ったように高速回転していく。

そして再び、あの電流のような感覚が全身を駆け巡った。

「佐伯……どうしたの?」

先輩は優しく佐伯の手を握りながら、小さく首を傾げ、不安そうに問いかける。

「だ、大丈夫っす……。いや……? あんた……」

目の前の先輩を見つめた瞬間。

佐伯の脳裏に、何かが引っかかった。

途端に冷や汗が流れ出す。

今まで先輩と一緒にいるだけで感じていた安心感が、一気に崩れ落ちていった。

「……あんた、誰だ?」

「え?」

先輩は少し眉をひそめながらも、冗談っぽく笑う。

「何言ってるの? 私は先輩だよ? もしかして、そんなに別人に見える? ふふっ」

だが、その笑顔を見ても佐伯の不安は消えなかった。

「違う……違うんだ……」

佐伯は身体に刻まれた文字を何度も見返しながら、必死に記憶を辿る。

「先輩はあの時……あのまま行っちゃったんだ……。俺はただ、何もできずに見送っただけで……。あれが、最後に先輩を見た時の記憶だったはずなんだ……」

混乱したまま、何度も現状を確認しようとする。

「違う……。あんたは本物の先輩じゃない……。ここも全部偽物だ……。俺、そもそも何してたんだ……? やばい……早く目を覚まさないと……ここから出ないと……」

「――佐伯!」

目の前の先輩が、少し強めの声で呼び止める。

そして今度は両手で優しく佐伯の手を包み込んだ。

暖かい笑顔。

真っ直ぐな瞳。

まるで本当に、自分だけを見つめてくれているみたいだった。

「たとえ私が、“偽物の記憶の中の先輩”だったとしても……それの何が悪いの?」

先輩は柔らかい声で続ける。

「私は本物の先輩と同じ顔で、同じ記憶を持ってる。それで充分じゃない?」

そして――。

「何より、私は佐伯のことが好きだよ」

その言葉を聞いた瞬間。

佐伯の心臓が、強く掴まれたように締め付けられる。

「私は本当に、佐伯のことが好き。……大好きだよ」

「佐伯が好きな“本物の先輩”は、佐伯のこと好きじゃないんでしょ?」

先輩は優しく微笑みながら囁く。

「だったら、“本物”ってそんなに大事?」

その声は甘く、どこまでも心地良かった。

「ここなら私は、本当に佐伯のことを好きになれる。本当に愛せる。私たち、童話のお姫様と王子様みたいに、韓国ドラマの恋人たちみたいに、ずっと幸せでいられるよ」

先輩はそっと佐伯の手を握り締める。

まるで熱愛中の恋人が、“行かないで”と引き止めるみたいに。

「現実の邪魔なんて、何もない。だから……もう考えすぎなくていいの。ここに残って? ……私のために」

佐伯は目の前の“先輩”を見つめる。

どこからどう見ても、本物の先輩そのものだった。

(……そうだよな)

佐伯の思考が、ゆっくり沈んでいく。

(たとえこの世界が全部偽物でも……俺の気持ちは本物だ)

(俺は先輩が好きで……目の前の先輩も、俺を好きでいてくれる)

(だったら、それで充分じゃないか……?)

まるで深い海に沈むように。

佐伯は少しずつ、この世界へ溶け込み始めていた。

(いっそ……このまま残ってしまえば――)

パァンッ!!

その瞬間。

もう片方の手が、再び佐伯自身の頬を思い切りぶん殴った。

乾いた音と、頬に走る鋭い痛み。

それが一瞬で、佐伯の意識を現実へ引き戻す。

佐伯は数秒黙り込んだ後、小さく首を横に振った。

そして、目の前の先輩へ静かに言葉を返す。

「……ごめん、先輩。でも俺、キューピッドと一緒にここから逃げないといけないんです」

佐伯はゆっくり、自分の想いを整理するように続けた。

「俺は、あいつの世界も……俺自身の世界も救わなきゃいけない。俺が倒せる敵とか、助けられる人とか……そういうのを、見捨てたままにはできないんです」

「なんで急にそんなこと言うの……? 別に佐伯が誰かを助ける義務なんて――」

「……そうっすね」

佐伯は少し困ったように笑った。

「確かに、俺には誰かを助ける義務なんてないです。でも――」

そこで一度言葉を区切る。

そして、静かに続けた。

「俺、一応スーパーヒーローなんで」

その言葉には、少しだけ自嘲も混じっていた。

「俺、先輩にも……いろんな人にも約束したんです。“すごいスーパーヒーローになる”って」

佐伯は小さく息を吐く。

「ゲームと違って、スーパーヒーローって“責任を背負う”ことでもあるんすよね……。やりたいかどうかなんて関係なく、やるべきこととか、片付けなきゃいけない問題とか……そういうのと向き合わなきゃいけない」

その瞳は、さっきまでよりもずっと真っ直ぐだった。

「信じてください。俺だって、本当はここに残りたいです」

佐伯は苦しそうに笑う。

「毎日先輩と一緒にいて、ゲームセンター行って、カフェでだらだらして、電車で肩にもたれ合って、先輩からの返信待って勝手に病んで、元カレの話とかして喧嘩して……猫みたいに先輩にくっついて、いい匂いだなぁって思って……」

まるで夢を見るように、次々と言葉が溢れていく。

「俺、まだ先輩とやりたいこと、数え切れないくらいあるんです。毎日、目を開けても閉じても、ずっと先輩のこと考えてたいくらいで……」

そして。

佐伯はゆっくり首を横に振った。

「……でも、ダメなんです」

その声は震えていた。

「もし先輩が、本当に俺の好きな“先輩”と同じなら……きっと、俺がちゃんとやるべきことをやれって言うはずだから」

少しだけ目を伏せる。

「たとえそれが……“本物の先輩”と向き合うことだったとしても……」

佐伯は少しずつ、もう片方の手の主導権を取り戻していく。

そして空いている手を、そっと先輩の手に重ねた。

そのまま優しく指をほどき、自分から離していく。

先輩はどこか寂しそうで、名残惜しそうだった。

「……ごめん、先輩。俺……」

「ううん。謝らなくていいよ、佐伯」

先輩は小さく首を横に振る。

「佐伯の言う通り。もし私が本当に佐伯のこと好きなら、佐伯が本当にやるべきことを止めちゃダメだもんね」

そう言って笑う。

だが、その目元は少し赤かった。

「やっぱり私は、“本物の先輩”には勝てないみたい。……ははっ」

冗談っぽく笑って誤魔化しているが、その声は少しだけ震えていた。

そして先輩は、優しく微笑む。

「――行ってきなよ。世界を救ってきて、スーパーヒーロー」

「……うん。ありがとうございます、先輩」

佐伯は静かに頷く。

その瞬間、自分の身体がふわりと軽くなる感覚がした。

気付けば身体が少しずつ透け始めている。

どうやら、目覚める時が来たらしい。

だがその時。

佐伯は、あることを思い出したように慌てて口を開いた。

「ちょ、ちょっと待ってください! どうせ先輩って本物じゃないんですよね!? だったら、その……一つくらい……」

探るように言う佐伯に、先輩は全て察したように呆れた顔で白目を向ける。

だがその後、困ったように笑いながら佐伯へ近づいてきた。

そして。

背伸びをするようにそっとつま先立ちになり――。

佐伯の頬へ、軽くキスをした。

その瞬間。

佐伯の意識が、一気に宇宙の彼方まで吹き飛んでいく。

――パァンッ!!

だが次の瞬間、先輩はそのまま思い切り佐伯の頬を叩いた。

「いったぁ!?」

「残ればよかったのに♪ はい、これで“偽物の先輩”にも振られました〜」

先輩は悪戯っぽく舌を出し、怒ったような顔をしてみせる。

だが佐伯の目には、それすら可愛く映っていた。

「……それ、全然罰になってないっすよ」

二人は顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。

その間にも、佐伯の身体は少しずつ消えていく。

「……さよなら、先輩……」

佐伯は小さく呟いた。

そして――意識は闇へ沈んでいった。

「――伯!……佐伯!!」

「はっ……! はぁっ……はぁっ……!」

キューピッドの呼ぶ声と共に、佐伯は大きく息を吸い込みながら目を覚ました。

全身から嫌な汗が噴き出している。

呼吸を整えようとするように、何度も荒く息を吐いた。

「っはぁ……っ……」

「クソッ、やっと起きたか!……って、お前泣いてんのか?」

キューピッドに言われ、佐伯は自分の頬に触れる。

気付かないうちに、涙が流れていた。

「……何が起きたんだ? お前、本物だよな? 俺、まだ夢見てんのか……?」

「俺たち、“魂を賭けたポーカー勝負”やってたんだよ。そしたら相手がイカれた能力でイカサマしてきて、お前も技術で対抗したけどバレた。で、今こうなってる。思い出したか?」

そこでようやく佐伯は周囲を見回した。

自分もキューピッドも、高級感のあるスーツ姿になっている。

そして二人がいるのは、金色の装飾で埋め尽くされた、まるで城みたいな巨大カジノの中だった。

「……あー。俺の手の速さならバレないと思ったんだけどなぁ……」

二人の近くには、横倒しになったカードテーブルがある。

今はそれを盾代わりにして身を隠していた。

さらに佐伯は、周囲から飛び交う派手で騒々しい攻撃にも気付く。

カジノの警備員やスタッフたちが、次々と襲いかかってきていた。

キューピッドは遮蔽物に隠れながら応戦し、時折立ち上がっては弓で反撃している。

彼は派手な薔薇型の爆弾矢を放つと、そのまま佐伯の頬をバシバシ叩きながら怒鳴った。

「無事ならさっさと手伝えクソがッ!!」

「手伝いたいのは山々なんだけどさぁ! ここ機体もないし、操作できる物もないんだって! 今の俺ただの一般人なんだよ! ……ていうか、お前も夢見てたのか? なんでそんな早くクリアできたんだ?」

その瞬間。

キューピッドの動きが、一瞬だけ止まった。

「……俺は……その……」

彼は珍しく言葉を濁し、そのまま少し黙り込んでしまう。

「……よく分かんねぇ。たぶん、ただ……」

その瞬間だった。

一人の敵が、キューピッドの背後から突然飛び出してくる。

完全な死角。

キューピッドはすぐに反応できない。

「っ――!」

咄嗟に佐伯は、床に散らばっていたトランプを一枚拾い上げた。

そして、それをダーツのように勢いよく投げ放つ。

高速回転するカードは、美しい軌道を描きながら一直線に敵の目へ突き刺さった。

「ぐあっ!?」

視界を潰された敵は一瞬バランスを崩し、そのまま床に散乱していたチップやカジノ道具を踏みつけて盛大に転倒する。

「……ま、話は後だ! 今はまず生き残るぞ!」

二人はすぐに気持ちを切り替え、強引に戦闘モードへ戻った。

今の最優先事項は――このカジノから脱出することだ。

「で、“脱出する”って具体的にはどうすんだよ?」

「たぶん……あそこだ」

キューピッドは遠くを指差す。

その先には、“非常口”と書かれた扉が見えていた。

「なるほどね。じゃあ兄貴、道作り頼んだ。俺はなるべく足引っ張らないよう頑張るわ」

「足引っ張るなじゃなくて、“援護しろ”! いいから俺の指示聞け! 行くぞ!」

そう叫ぶと、キューピッドはまず敵陣へ向かって薔薇型の爆弾を手榴弾のように投げ込んだ。

ドォンッ!!

巨大な爆発が起こり、数人の敵が吹き飛ぶ。

その隙に二人は一気に立ち上がった。

キューピッドは勢いよく賭博テーブルを蹴り飛ばし、それを盾兼攻撃として敵へぶつける。

さらに弓や爆弾を駆使しながら、非常口へ向かって少しずつ前進していった。

時に移動し、時にテーブルやスロットマシンを遮蔽物にしながら、敵の火力を引き受ける。

佐伯もボロボロになりながら後を追う。

その途中で床のカードや周囲の物を拾い集め、遠距離の敵へ向かってトリッキーな軌道でトランプを投げつけ、敵の陣形や攻撃テンポを崩していく。

だが、所詮はただのトランプだ。

威力には限界がある。

しかも敵の数が多すぎる。

二人は徐々に押され始めていた。

「……俺も、何かやらないと」

佐伯は遮蔽物に身を隠しながら、素早く周囲を見渡した。

敵の配置。

カジノ内の設備。

地形。

障害物。

使えそうな物。

それら全てを高速で脳内処理し、最適解を組み立てていく。

そしてふと、キューピッドの矢に付いている薔薇へ視線を向けた。

「なぁ、ちょっとその花貸してくれない?」

「は? ……あー、これ普通の人間には若干毒なんだけどな。まあ死ぬほどじゃねぇし……。ったく、ほらよ」

キューピッドは薔薇を数本外し、佐伯へ投げ渡す。

ただの花のはずなのに、手に持つと妙に均一な重量感があった。

しかも触れた瞬間から、熱を帯びたような刺激が手へ伝わり続けている。

敵はじわじわと二人へ距離を詰めてきていた。

佐伯はその刺激に顔をしかめながらも、大声で叫ぶ。

「説明してる時間はない! ここから別行動だ! 出口で合流しよう!」

そして付け加える。

「あと、もし俺の悲鳴とか聞こえても無視してくれ! そのまま出口まで走れ!」

そう言いながら、佐伯は薔薇の花びらを一枚引き抜いた。

そしてそれを、トランプを投げるような動きで放つ。

ヒュッ――!!

花びらは敵へ命中した瞬間、小規模な爆発を起こした。

「うおっ!?」

その隙を利用し、佐伯は別方向へ走り出す。

キューピッドは怪訝そうな顔をしたが、それでも頷き、自分の役割へ戻った。

大量の敵を引き受けながら、非常口へ向けて前進を続ける。

一方その頃、佐伯はというと――。

なぜかカジノ中を走り回っていた。

まるで何かを探しているように。

いや、それ以上に。

まるで既にこのカジノ全体の3Dマップを頭へ叩き込んでいるかのようだった。

周囲の遮蔽物を利用して移動しながら、タイミングを見計らって死角から花びらを撃ち込んでいく。

舞い散る薔薇の花びらは、小さな爆発を伴いながら次々と敵を吹き飛ばしていった。

「好き……嫌い……好き……嫌い……」

暇つぶしなのか、それとも半分ヤケクソなのか。

佐伯はぶつぶつと呟きながら、薔薇の花びらを一枚ずつ千切っては撃ち出していく。

舞い散る花びらは、空中で次々と小さな爆発を起こした。

その光景は、まるで室内で行われる花火ショーみたいだった。

さらに佐伯は周囲の設備まで利用し始める。

噴水を狙撃して大量の水を噴き出させたり。

天井の巨大シャンデリアを撃ち落として敵へ叩きつけたり。

ゲーム機をショートさせ、漏電や火花を誘発したり。

環境そのものを利用して、爆発と混乱を連鎖的に起こし、最大効率で敵を無力化していく。

「……なんか妙なんだよな」

佐伯は走りながら小さく呟く。

「このステージ、“出口まで突っ走ればクリア”って感じじゃない気がする。だって――」

その瞬間だった。

佐伯が振り向いた死角から、数枚のトランプが高速で飛来する。

「っ!?」

反射的に花びらを放って迎撃する。

だが、小さな花びらだけでは全てを防ぎ切れない。

数枚のカードがそのまま突き抜けて飛んできた。

佐伯は咄嗟に両腕で頭と胸を庇う。

ザシュッ!!

「ぐっ……!」

鋭いカードが腕を裂き、鮮血が飛び散った。

佐伯は歯を食いしばる。

やがて爆煙と火花が晴れた先で、彼は“攻撃の主”を視認した。

そこに立っていたのは――。

高級カジノの制服を着こなした、一人のディーラー。

仮面を付けたその男は、余裕すら感じさせる立ち姿でこちらを見ていた。

「……やっぱりな」

佐伯は低く呟く。

「まだこのステージの“ボス”倒してなかったか……」

男は化粧用の仮面を付けていた。

そのせいで、不気味さと胡散臭さがさらに増している。

ディーラーは落ち着いた足取りで佐伯へ近付いてくる。

まるで最初から勝利を確信しているかのような余裕の表情だった。

「大したもんだよ。まさか俺の存在に気付くとはな」

ディーラーはくつくつと笑う。

「見つけたっていうか、“まだ何かある”って顔してたからな」

佐伯は警戒しながら睨み返す。

「……ちなみに、俺たちがそのまま非常口まで辿り着いたらどうなってた?」

「あぁ? 別にどうもしねぇよ」

男は肩を竦める。

「また夢の中へ逆戻りするだけだ」

そしてニヤリと笑った。

「どうだ? もう一回行ってみるか? お前の“先輩”にもまた会えるぜ?」

男はわざとらしく両手を広げる。

「存在しないくせに、お前のことを愛してくれる先輩になぁ!」

「……っ!」

佐伯の表情が歪む。

ディーラーは狂ったように笑いながら、一枚の特殊なジョーカーを取り出した。

そのカードは、どこか異様だった。

ただ見つめているだけで、意識が吸い込まれそうになる。

正気がじわじわ削られていくような感覚。

恐らく――佐伯たちを幻覚へ引きずり込んだ元凶だ。

「クソが……!」

佐伯は拳を強く握り締める。

怒りで腕が震えていた。

「カード捌きは悪くなかったぜ? だが残念だったな。“もっと上手い奴”に当たっちまった」

ディーラーが挑発する。

佐伯は反射的にポケットへ手を入れた。

だが――。

「……っ、花びらがない」

その瞬間、ディーラーが数枚のカードを射出する。

「死ねッ!」

「っ!」

佐伯は咄嗟に横へ転がり込み、近くのパチンコ台の裏へ滑り込んだ。

バシュッ! バシュッ!!

鋭いカードが次々と機体へ突き刺さる。

「お前、もう花びら残ってないんだろぉ!?」

ディーラーはカードを連射しながら、じわじわ距離を詰めてくる。

武器を失った佐伯は、防戦一方だった。

「どうする……」

佐伯はパチンコ台の陰へ背中を預けながら、荒く息を吐く。

「もう花びらはない……。手元に使えそうな物もない……。しかも下手に近付けば、またあのジョーカーの幻覚に引きずり込まれる……」

絶望的な状況だった。

ディーラーはどうやらその独り言まで聞こえていたらしい。

ニヤニヤ笑いながら、さらに攻撃を続けてくる。

佐伯はぼんやりと、自分の隣へ視線を向けた。

当然そこには、もう先輩はいない。

いや――最初から誰もいなかったのだ。

しばらく沈黙した後。

佐伯はふらりと立ち上がった。

そのまま、自分からディーラーの前へ姿を現す。

スーツはボロボロ。

腕からは血も流れている。

だが――。

なぜか佐伯は、突然笑い始めた。

「……何がおかしい?」

ディーラーは警戒しながら眉をひそめる。

「いや、別に」

佐伯は笑いながら肩を竦めた。

「ただ、急に分かったんだよ」

そして静かに続ける。

「さっきの最後の花びら、“好き”で終わったんだ」

「……は?」

ディーラーは呆れた顔をする。

「だから何だよ。ただのくだらねぇ花占いだろ。そんなもん何の意味も――」

「違う」

佐伯は笑みを浮かべたまま言い切った。

「あれは普通の花じゃない。“愛の神”キューピッドの薔薇だ」

その目が、徐々に本気の色へ変わっていく。

「つまり分かるか?」

佐伯は真っ直ぐディーラーを見据える。

「俺と先輩には、まだ可能性があるってことだ」

そして。

その笑みを消し、力強く言い放った。

「だから俺は――絶対に生きてここを出る。そして、もう一回先輩に会うんだ!」

「……チッ。くだらねぇ」

ディーラーは吐き捨てるように舌打ちした。

「死ねよッ!!」

カードを構えたその瞬間――。

佐伯は逆に、一歩前へ踏み出す。

「お前は俺に、“偽物の先輩”も、“偽物の思い出”も見せてきた」

その声は静かだった。

だが、確かな熱を帯びている。

「でもな、よく考えたらここって、あのタコのアクセサリーの中にあるミニ世界なんだよな?」

佐伯はゆっくり周囲を見回す。

煌びやかなカジノ。

派手な照明。

騒がしいスロット音。

そして目の前の敵。

「つまり、このカジノも、この世界も……」

佐伯はディーラーを指差した。

「お前自身も、“存在してない”んだよ」

「……は?」

「全部偽物。全部作り物」

佐伯はニヤリと笑う。

「おめでとう。今この瞬間、お前は“自由意思すらない可哀想なNPC”だって確定したわけだ」

「この俺を止めようとしてるの、ただのゲームデータってことな」

「……ッ!! てめぇぇぇ!!」

ディーラーの表情が一気に歪む。

怒りに任せ、カードを握る手へ力が入った。

「だから何だ!? まさかまだ俺に勝つ方法でもあるってのか!?」

「いや?」

佐伯はあっさり首を横に振った。

「別にもう、作戦とかはない」

そう言いながら、ネクタイを軽く引っ張る。

そしてそれを、ボクサーのバンテージみたいに拳へ巻き付け始めた。

さらに袖を捲り、肩や首を軽く鳴らす。

ゴキッ――。

「だから俺は――」

佐伯は拳を構えた。

「男らしく、拳でお前をブン殴ることにした」

静まり返った空間。

周囲では今もゲーム機の電子音とネオンが光り続けている。

まるでここ一帯が、二人だけの対戦ステージになったみたいだった。

佐伯は深く息を吸う。

集中。

視線固定。

そして次の瞬間、一気に踏み込んだ。

「っ!!」

ディーラーは大量のカードを射出する。

ダーツのように鋭いカードが、佐伯のスーツと肌を切り裂いていく。

だが。

傷を負っても、佐伯は止まらない。

むしろ狂ったみたいに笑いながら、さらに前へ突っ込んでいった。

「うるせぇ!! 死ねぇぇぇッ!!」

ディーラーは怒り狂ったように両手を振り上げる。

どうやら残っているカードを全て一気に放ち、ここで決着を付けるつもりらしい。

だが――。

「……で?」

佐伯は突然、その場でピタリと足を止めた。

そしてニヤリと笑う。

「お前、本気で俺に“何の作戦もない”と思ったのか?」

佐伯は低く呟く。

「忘れんなよ。俺、一人じゃないんだわ」

次の瞬間。

佐伯は敵の背後へ向かって叫んだ。

「見つけたぞ!! 今だッ!!」

「――ッ!?」

ディーラーは反射的に背後を振り返る。

「まさか……キューピッドの矢!?」

そう判断したディーラーは、背後へ向けて大量のカードを一斉射出した。

ヒュババババッ!!

空中へ無数のカードが飛び散る。

だが――。

「……は?」

そこには、何もなかった。

カードは虚空を切り裂くだけ。

そもそも後ろから攻撃など飛んできていなかったのだ。

「な、なんで――」

「うおおおおおッ!!!」

完全に注意が逸れたその隙を、佐伯は見逃さない。

まるで格闘ゲームの主人公みたいな勢いで、一気に突撃した。

ドゴォッ!!

そのままディーラーへ体当たりし、近くのゲーム筐体へ叩き付ける。

「がっ――!?」

さらに敵が反応する前に、佐伯は自分のスーツジャケットを相手の頭へ被せた。

視界封じ。

動きも一瞬止まる。

「てめっ――!」

「お前、もうカード残ってねぇだろ!!」

ディーラーが暴れながら脱出しようとした瞬間。

佐伯は思い切り拳を振り下ろした。

ドガッ!! バキッ!!

めちゃくちゃなフォームの乱打。

だが、それでも容赦なく敵の顔面へ叩き込まれていく。

「がぁぁぁぁッ!!」

顔面を殴られたディーラーは、無理やりジャケットを引き剥がす。

そして半狂乱のまま佐伯へ飛びかかってきた。

だが――。

「読めてんだよ」

佐伯はまるで最初から分かっていたかのように、タイミングを合わせて一気にしゃがみ込む。

敵の攻撃は空振った。

その瞬間。

佐伯は全身へ力を込める。

まるで格闘ゲームのキャラが必殺技を入力する直前みたいに。

「昇・龍・拳ッ!!!」

ドゴォォォッ!!!!

佐伯は全身の力を拳へ集中させ、そのまま下から突き上げるようなアッパーカットを放った。

だが狙いは顔ではない。

一直線に――股間へ叩き込まれる。

「ぎゃああああああッッ!!??」

ディーラーは悲鳴を上げ、その場で完全に行動不能になる。

身体を痙攣させながら床へ倒れ込んだ。

佐伯は荒い息を吐きながら近付く。

そして――。

「っしゃぁ!!」

最後に顔面へ思い切り蹴りを叩き込んだ。

バキィッ!!

仮面が砕け散る。

だが、それでもディーラーはまだ諦めていなかった。

「む、無駄だ……。お前は、自分の力だけじゃ俺を殺せない……。ゲームはまだ終わってない……。お前たちは、結局ここから――」

「うるっせぇなぁ!!」

佐伯は吐き捨てるように叫ぶ。

「負け犬は黙ってろっての!」

そう言いながら、乱れたスーツを羽織り直し、妙にキザっぽく両側の裾を整える。

そして――。

懐から、一枚の薔薇の花びらを取り出した。

「……は?」

ディーラーの表情が凍り付く。

「な、なんで……!? お前、“もう花びらはない”って……!」

佐伯はゆっくりしゃがみ込み、悪役みたいな笑みを浮かべた。

「ばーか♪」

佐伯はニヤニヤしながら言う。

「俺の言うこと全部信じてたのかよ? それでよくカジノのディーラーやってんな」

そして花びらをひらひら見せつけながら、得意げに肩を竦めた。

「俺、“カード数える”だけが得意なわけじゃないんだわ。ゲーマーにとって、“残弾管理”なんて基本スキルだからな?」

「お、お前……俺を騙したのか……!? い、いつから……!」

ディーラーは信じられないものを見るように佐伯を見上げる。

すると佐伯は、完全に勝利を確信した悪役みたいな笑みを浮かべた。

「最初っからだよ、バーカ!!」

佐伯は両手を広げ、大袈裟に笑い始める。

「全部俺の計画通りだったんだわ!! お前、完全にハメられてたの!! あっはははははッ!!」

そして指を突き付けた。

「で? 今どんな気分? “負け犬”はどっちだぁ!?」

「そ、そんな……ありえない……!」

ディーラーの顔から余裕が消えていく。

佐伯は少し笑いを収めると、肩で息をしながら言った。

「……まあ、お前かなり強いプレイヤーだったよ」

そう言ってから、小さく笑う。

「ただ、相手が悪かったな。“最強のプレイヤー”に当たっちまった」

そして佐伯は、傷だらけの手で最後の花びらを摘み上げた。

ディーラーはその瞬間、本気で恐怖し始める。

「や、やめろ……!」

「お前さぁ……俺と、“本物の先輩”と、“偽物の先輩”まで弄びやがって」

佐伯は静かに言った。

「そろそろ……代償払う時間だろ」

そして最後の花びらを見る。

「最後の結果は――“嫌い”」

佐伯は少しだけ苦笑した。

それから背を向ける。

同時に、最後の花びらを空へ放った。

花びらは、ゆっくりと宙を舞いながら落ちていく。

淡く光を点滅させながら。

「や、やめろぉぉぉぉ!!!!!」

ディーラーは地面に倒れたまま、何もできず絶叫するしかなかった。

そして――。

ドォォォォォンッ!!!!!

背後で巨大な爆発が巻き起こる。

だが佐伯は振り返らない。

全身傷だらけのまま、ただ自然な表情でカジノを後にしていく。

「――K.O.」



ご覧いただきありがとうございました。ご視聴ありがとうございました。

楽しんでいただけたなら嬉しいです。


もしかすると以前少し触れたかもしれませんが、今回の話は自分自身の失恋経験をかなり参考にしています。

そう、“一回”じゃありません。“何回か”です。はい。


ちなみに余談ですが、前回の失恋もまだ完全には引きずり終わってません。

最近、「新しい先輩にでも声かけてみるか〜」なんて思ってたら、普通に彼氏いました。

……はい、脱線しました。


話を戻すと、佐伯とキューピッドの旅も少しずつ終わりに近づいてきました。

ぜひ最後まで二人の冒険に付き合っていただけると嬉しいです。


俺の苦しみが、少しでも皆さんの楽しさに変わってくれたなら幸いです。笑


さて、次回もできるだけ早く更新できるよう頑張ります。

(早く読みたい人はコメントで催促してくださいね笑)


それでは、こちらはNoah Novaでした。

皆さんが素敵な一日を過ごせますように。


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