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第3話-初デートと、取れなかったもの

皆さん、おはようございます、こんにちは、こんばんは。Noah Novaです。

なんとか新しい一話を書き上げました。


余談ですが、最近、腸内環境の良し悪しが人のメンタルにも影響するという話を知りました。

皆さんもぜひ、胃腸の健康には気をつけてくださいね。


それでは、前置きはこのくらいで――どうぞ。


ソロプレイヤーは機体を操縦し、キューピッドと共に河川敷の高架橋の下へと到着した。

そこでは大規模なストリートギャング同士の抗争が繰り広げられていた。

両陣営はまるで黒い影の塊のように入り乱れ、バットやハンマーを振り回しながら、見境なく殺し合いを続けている。

「殺せぇぇ!!!」

「死ねぇ!!!」

怒号と絶叫が飛び交い、改造バイクのエンジン音が耳をつんざく。

飛び散った血が芝生を赤く染め、地面や川辺にはすでに動かない人影がいくつも横たわっていた。

周囲にいるわずかな警官たちは、これ以上事態が拡大しないように食い止めるだけで精一杯で、完全に手の打ちようがない様子だった。

その瞬間、機体の巨大な腕が高速で振るわれた。

一撃で数人をまとめて吹き飛ばし、さらに噴射された炎が群衆を威嚇し、その動きを強引に止める。

「てかさ、あいつら本当に誰が誰だか分かってんのか?

 聞いた話じゃ、この抗争、相手側のボスの奥さんを寝取ったのが原因らしいぜ。

 トロイア戦争って、いつの時代でも起きるもんだな」

「……どうでもいい。

 結局、結婚なんて最初から茶番だろ」

「え? せっかくお前が共感しそうな話題振ってやったのに?」

ソロプレイヤーは機体を操縦しながら、呆れたようにツッコミを入れる。

一方のキューピッドは、目の前の惨状をどこか他人事のように眺めながら、地面に落ちていたビール缶を拾い上げた。

どうやら、さっきまでこの辺でピクニックをしていた誰かが逃げ出した際に置いていったものらしい。

彼は迷うことなくプルタブを開け、そのまま一口あおった。

「おい!飲むなって!今仕事中だぞ!

 せめて何かしろよ、このままだと死体が川に流れてくぞ!」

「げふっ……あー、はいはい……今行くって……」

キューピッドは軽くげっぷをすると、どこかふらついた足取りのまま、争いのど真ん中へと歩いていく。

手には相変わらずビール缶を持ったままだ。

「おい、待て!危ないって!」

ソロプレイヤーの制止もむなしく、血気に逸ったギャングたちはキューピッドの姿を捉えるや否や、一斉に武器を振り上げて突進してくる。

――だが。

彼らがキューピッドに近づいた瞬間、動きがぴたりと止まった。

次の瞬間、武器が一つ、また一つと地面に落ちていく。

そして彼らは、ついさっきまで殺し合っていた相手を、まるで恋人を見るかのような目で見つめ始めた。

やがて――

いつものように、彼らは互いを抱きしめ、そのまま口づけを交わし始めた。

ソロプレイヤーは、キューピッドの能力を実際に目の当たりにするのはこれが初めてだった。

その異様な光景に強い衝撃を受けながらも、「何が起きてるんだこれ……」といった疑問が頭の中をぐるぐると巡り、思わず眉をひそめる。

混沌としていたはずの現場は、気づけば妙に平和な空気へと変わっていた。

やがてその騒動は、キューピッド一人によってあっさりと収束する。

彼は無表情のまま、しかしどこか気取った仕草で空になったビール缶を空中へ放り投げた。

まるで戦闘のリザルト演出でもしているかのように。

「もう一杯、お願い」

「うわ……それは……まあ、すごいっちゃすごいのか?

 とりあえず、ナイスだ。行くぞ」

ソロプレイヤーは簡単に現場の後処理を済ませると、キューピッドと共にその場を後にした。

後には、全身傷だらけのギャングたちが互いにキスし合うという異様な光景を前に、思わず吐き気を催したような表情を浮かべる警官や野次馬たちだけが取り残される。

――その後。

二人は近くのカフェへと移動し、ひと息つくことにした。

店内には穏やかな音楽が流れ、落ち着いた空気が広がっている。

しかし、その雰囲気とは裏腹に、佐伯は落ち着かない様子でコーヒーカップを両手で握りしめていた。

キューピッドはというと、どこか気だるげな表情を浮かべながらも、妙に優雅な所作で紅茶を口にしていた。

まるで映画に出てくる貴族のような振る舞いだ。

何か言いたげでありながら、言葉にできずにいる――そんな様子だった。

「なあ……キューピッド、その……」

佐伯が口を開いた瞬間――

「言いたいことは分かってる。言わなくていい」

間髪入れずに遮られる。

「は? な、何が……?」

「どうせ目的があって俺に近づいたんだろ。

 ――当ててやるよ。また女絡みだろ?」

「な、何言ってんだよ……」

「とぼけるな。俺は千年以上生きてる愛の神だぞ?

 どれだけの修羅場を見てきたと思ってる。

 凡人の感情なんて、見抜けないわけがない」

キューピッドは表情をほとんど変えないまま、

紅茶を口に運びながら、淡々と言い放った。

「まあ、気にするな。こうやって近づいてくる奴は初めてじゃない。

 今までにも、捕まえようとした奴、利用しようとした奴、脅してきた奴……いくらでもいた。

 全部、俺の力が目当てだ」

キューピッドは肩をすくめる。

「それに比べれば、お前はまだ分かりやすい方だな。

 少なくとも、こうして茶くらいは出してくれる」

「じゃあ……その……?」

佐伯は不安げに言葉を絞り出す。

店内に流れる穏やかな音楽とは裏腹に、彼の鼓動は徐々に速くなっていった。

「できるに決まってる。――だが、理由は?」

「理由……?」

「そうだ。なんで俺がお前を助けなきゃならない?

 それなりの理由があるんだろ?」

キューピッドは淡々と続ける。

「その女に命の危険でもあるのか?

 お前と結ばれなきゃ世界でも滅ぶのか?」

「い、いや……そんなことは……」

視線を逸らしながら、佐伯は言葉を詰まらせる。

「だったら――それ相応の対価を出すべきだろ?」

「ってことは……神殿でも建てろってか?

 それとも信者になれとか? てか、お前って宗教とかあんの?」

「違う、そういう話じゃない」

キューピッドは軽く首を振る。

「俺が“満足できるもの”を差し出せばいい。それだけの話だろ?」

「満足……って……

 神相手に、俺が何を差し出せるんだよ……」

佐伯は思わず呟く。

「お前の力なら、ほとんど何でも手に入るだろ……

 できないことなんて、あるのか……?」

「まあ、せいぜい考えるんだな。

 どうすれば俺を満足させられるか――凡人」

「……帰る場所……とか?」

――その一言で。

キューピッドの手が、ぴたりと止まった。

カップを持つ手がわずかに固まり、やがてゆっくりとそれをテーブルへと戻す。

表情は、ほんのわずかに変わる。

しかし彼は佐伯を見ようとはせず、ただ視線を落とし――

カップに映る、自分自身の姿を見つめているかのようだった。

「本当に……帰れないのか?

 何か必要なものがあるなら、言ってみればいい。

 俺じゃ無理でも、他の誰かなら――」

「……もういい。そこまでだ」

キューピッドは、やや厳しい声音で佐伯の言葉を遮った。

「……そうか。やっぱり、答えはノーってことか……」

「……信じろ。自分を愛してくれない女のために、そこまでの代償を払う価値なんてない」

吐き捨てるように言ったキューピッドの声音には、わずかな嫌悪が滲んでいた。

その言葉が、なぜか佐伯の神経を逆撫でした。

彼の表情がわずかに引きつり、不満を押し殺すように口を開く。

「はいはい……どうせあんたは、誰にも嫌われる心配なんて一生ないんだろ……」

何気ない一言だった。

だが、それを聞いた瞬間――キューピッドの表情が変わった。

「……何も分かってないな。哀れな凡人が」

「は?なんだよ急に。昼間っから酒でも入ってんのか?」

「黙れ!」

キューピッドが声を荒げた瞬間、

まるでカップの中の茶さえ感情に呼応するかのように、空気が張り詰める。

「てか何キレてんだよ?手伝わないならそれでいいだろ?無理に頼んでるわけじゃねえし。何?神様ってそんなに偉いのか?だったら今ここで俺を洗脳してみろよ」

空気は一気に険悪なものへと変わった。

周囲の客たちも、思わず二人の様子に視線を向ける。

「えっと……お客様、大丈夫でしょうか……?」

店員が不安げな表情で声をかけてきた。

我に返った二人は、同時にわずかに視線を逸らす。

「……すみません。失礼しました」

佐伯はすぐに頭を下げ、その場を取り繕った。

――そのとき。

着信音が鳴り響く。

「……悪い、ちょっと外す」

どこか気まずそうな表情のまま、佐伯は席を立った。

残されたキューピッドは、小さくため息をつくと――

カップの中の茶を、一気に飲み干した。

「ねえねえ、さっきの人……佐伯拓海じゃない?」

「え、マジ?なんかそれっぽくない?」

「あとで写真お願いしに行こうよ!」

「てか向かいに座ってた人、誰だったんだろ……?」

さっきの口論がきっかけで、数人の客が佐伯の正体に気づき始めていた。

キューピッドはそれに気づくと、面倒事を避けるために早めに席を立とうとする。

――だが、そのとき。

どこかから、妙な“視線”を感じた。

反射的に振り向き、店の外へと目を向ける。

しかし――そこには何もない。

「……気のせい、か」

わずかに眉をひそめたまま、キューピッドは席を立ち、そのまま店を後にした。

一方その頃、佐伯は店の外で電話をしていた。

「……で、キューピッドから他に何か情報は引き出せたか?」

「いえ、高瀬さん。結局……ちょっと言い合いになってしまって……すみません」

「いや、こちらも無理をさせたな。とりあえずは様子見でいい。ああ、それと一つ――」

「……すみません、近くにゲームセンターがあって少しうるさいので、場所を変えます」

通話を続けながら、佐伯は視線を横へ向ける。

すぐ隣のゲームセンターは、平日の昼間だというのに賑わっていた。

電子音、ゲームの効果音、そして人々の笑い声が、外まで溢れ出している。

ふと、その中に――

一緒に遊んでいるらしいカップルの姿が目に入った。

その瞬間。

佐伯の意識は、不意に“過去”へと引き戻される。

「このあと、クレーンゲームでもやらない?」

「お、いいね。久しぶりかも」

休日の午後。

佐伯と先輩は、ゲームセンターで時間を潰していた。

私服姿の先輩を見るのは初めてで――

それだけで、どこか新鮮に感じてしまう自分がいた。

ふと、先輩がほんの一瞬だけ視線を止めた台があった。

そこにあったのは――

スーパーヒーロー《お嬢》のフィギュアが入ったクレーンゲーム。

「これ、やってみない?」

佐伯がそう提案する。

「先に言っとくけど、これ結構むずいよ?

 佐伯でもクレーンゲームは無敵ってわけじゃないでしょ?」

「まぁ、……やったことはあんまりないけどさ。

 でも、俺だよ?……はは」

軽いノリのまま、コインを投入する。

軽快なBGMが鳴り響いた。

まずは盤面の状況を確認。

箱の位置、アームの角度、落とし口までの距離――

脳内で一瞬のうちに計算を走らせる。

そして、レバーを握る。

前後左右に軽く動かし、感度と遅延をチェック。

――問題なし。

迷いなく狙いを定め、ピタリと止める。

ボタンを押す。

アームがゆっくりと下降し、

正確に開き――フィギュアを捉えた。

そのまま持ち上がり、

ゆっくりと落とし口へと運ばれていく。

――完璧だ。

そう確信した、その瞬間。

カコン。

アームが開いた途端、

フィギュアは穴の“手前”で止まった。

「……え?」

何が起きたのか、理解するのに数秒かかった。

――失敗、した?

「え……な、なんでだよ……。お、俺が……?」

思考が一瞬でフリーズする。

佐伯はその場に立ち尽くし、ただ結果を受け入れられずにいた。

「……は?」

「初見殺しってやつ?ふふ。

 ようこそ、ゲームセンター三大錯覚の一つ――

 “今回はいける気がする”の世界へ」

先輩は肩をすくめ、少し意地の悪い笑みを浮かべる。

「いやいや待て待て……今のはウォーミングアップだから。

 ここからが本番だって」

佐伯はもう一枚コインを投入する。

今度はさっきよりも慎重に――

角度、タイミング、重心、すべてを脳内で再計算する。

レバー操作も、より正確に。

(今度こそ――いける)

そう確信した。

――が。

フィギュアは、さっきよりもさらに微妙な位置に落ちた。

「は……? いや、ちょっと待て……」

目を見開き、口までわずかに開く。

理解が追いつかない。

「ははっ、がんばれがんばれ~。

 あれだけ地獄モードクリアしてきたんでしょ?」

先輩は半分からかいながら、半分は本気で応援していた。

「今度こそいける……もうパターンは見えた……」

――コインを投入。

「あと少し……コツは掴みかけてる……」

――さらにコイン。

「この位置……来てる、絶対来てる……」

――またコイン。

「さっきのは手がブレただけ……ノーカンだ……」

――さらにもう一枚。

「ここで0.5秒ディレイ……そこから一マス前……いや、流体力学的に考えると――」

気づけば、かなりの枚数を投入していた。

佐伯は無意識に爪を噛みながら、アームの動きを凝視する。

――いける。

そう思った瞬間。

毎回、ほんのわずかに届かない。

あと一歩。

たったそれだけが、埋まらない。

「いや、おかしいだろこれ……!」

ついに声が漏れる。

「毎回ほぼ同じ操作してるんだぞ!?

 同じタイミング、同じ角度……なのに、なんで落ちる位置が毎回違う!?」

理屈が通らない。

それが、彼には許せなかった。

「結論は一つだ……この台、イカサマしてる……!」

「毎回ランダムでパラメータ変えてるか、外部干渉入れてるだろ……!

 こんなのゲームじゃない!技術もクソもないだろ!」

大量のコインを溶かした末――

佐伯は頭を抱えた。

髪は乱れ、

表情も完全に崩れている。

さっきまでの“余裕あるデートモード”は消え失せ、

そこにいたのは――

完全にスイッチの入った、

ガチ勢プレイヤーだった。

「……別の台にする?」

「い、いや……大丈夫。俺ならいける……」

佐伯の視線が、ふと隣の台へ向く。

そこには――

すでに景品袋をいくつも抱えた一人の中年男性がいた。

落ち着いた表情。

無駄のない動き。

レバー操作は、まるで呼吸のように自然で――

次の瞬間。

景品は何の抵抗もなく、ストンと穴へ落ちた。

「……は?」

あまりにも“簡単そうに”成功したその様子に、佐伯は目を見開く。

だがすぐに――観察モードに入った。

(今の操作……角度は……タイミングは……)

数秒の分析。

そして――

「よし……」

軽く肩を回し、再びコインを投入。

今度は完全に、あの男の動きをトレースする。

角度、スピード、止める位置――

すべてを寸分違わず再現する。

まるで機械のように、正確に。

――だが。

景品は、やはり穴に落ちない。

「…………」

一瞬の静寂。

そして――

「――あああああああああッ!!!!」

理性の糸が、音を立てて切れた。

バンッ!!

佐伯は思い切りガラス面を叩きつける。

機体がわずかに揺れるほどの衝撃。

その行動に、先輩がびくっと肩を震わせた。

荒い呼吸。

ギラついた目で、機体を睨みつける。

数秒の沈黙の後――

ふと、我に返る。

「……ご、ごめん……」

一気に熱が引いたように、視線を落とす。

恥ずかしさと後悔が一気に押し寄せる。

先輩の顔を見ることもできない。

「だ、大丈夫だよ……。今日はこのへんにしとこっか……」

そのまま二人はゲームセンターを後にし、駅へ向かって歩き出した。

道中――

会話はほとんどなかった。

佐伯の胸の中には、後悔と気まずさがぐちゃぐちゃに渦巻いていて。

何か話そうとしても、言葉が出てこない。

ただ、重たい沈黙だけが続いていた。

「じゃあ、私はこっちだから」

「うん……先輩、今日はほんとにすみません……俺……」

佐伯は視線を落としたまま、小さく頭を下げる。

「大丈夫だって。ただ運が悪かっただけだよ。気にしないで。

 じゃあね、またね」

先輩は軽く笑ってそう言うと、手を振って先に歩き出した。

――残されたのは、佐伯一人。

ポケットに手を突っ込んだまま、その場に立ち尽くす。

「……はあ……」

深くため息をつく。

「やらかしたな……」

せっかく先輩を誘えたのに。

ゲームセンターでいいとこ見せようとして――

結果は、あれだ。

「くそ……なんでだよ……。

 俺、クレーンゲーム一台まともに取れねえのかよ……」

苛立ちと情けなさが混ざる。

「……ていうか、なんであんな必死になってたんだよ……」

ふと、自分に問いかける。

「そんなに……先輩の前で、カッコつけたかったのか……?」

少しの沈黙。

「……いや、別に……」

言葉が曖昧に途切れる。

「俺、先輩のこと……好きなのか……?」

はっきりとは、分からない。

でも――

何かが、引っかかっている。

「……はあ。もういい……考えるのめんどくせえ……帰るか……」

そう呟き、歩き出そうとした――

その瞬間。

さっきの“失敗”が、頭に蘇る。

――ピタリと、足が止まった。

「待ってくれ…俺は一応プロゲーマーなんだぞ。少なくとも今日中にあのクソみたいなフィギュアを取らないと気が済まない!」

すべての感情を原動力へと変え、佐伯は再びさっきのゲームセンターへと戻った。先ほどの台の前に立ち、今度は少し冷静になった彼は、改めて対策を考えた後、再びコインを投入する。

今回はあまり考えすぎず、頭を振って平静を保とうとしながら、ただプレイヤーとしての本能に任せてレバーを操作することにした。

だが案の定、結果は何度やっても空振りだった。

再び言葉を失い、険しい表情を浮かべながらも、佐伯は次第に本気でこのゲームを攻略しようと没頭していく。

ただレバーを握っているだけのはずなのに、まるでレーシングカーや戦闘機を操縦するパイロットのようだった。

「ここは…いけそうだな…」

「やっぱり、ここにいたんだ。」

「うわあっ!!」

突然背後から声をかけられ、佐伯は大きく飛び上がるほど驚いた。その予想以上のリアクションに、先輩の方も少し驚いた様子だった。

「え、えっと…せ、先輩、なんで…」

佐伯はその場で戸惑いながらもどこか気まずそうにしている。先輩は呆れたような、でも少し笑いを堪えきれないような表情で首を振った。

「ちょっと様子が気になってついてきたんだけど…まあ、予想通りって言えば予想通りかな?」

「ご、ごめん…迷惑かけるつもりじゃなかったんだ…無理しなくていいのに…」

「ねえ、もうさ…細かいことはいいじゃん!今日はさ、絶対にこのクソみたいな景品を取るまでやるってことで、どう?」

先輩の表情は鋭く真剣になりながらも、どこか熱血な笑みを浮かべていた。そのギャップのある温度感が、佐伯の心に不思議と刺さる。

まるで心の奥にある筐体へ、誰かがコインを投入したかのようだった。

「いいね…最高だ。やろう!」

佐伯もその流れに乗るように応じ、再びやる気を燃え上がらせた。

「ゲームスタート!」

筐体の音が再び鳴り響く。今度はプレイヤー2も加わった形だ。

「まずは私にやらせて!」

先輩は自ら名乗り出て、先に挑戦することにした。

「昔、親戚にクレーンゲームにハマってる人がいてさ、家に一台置いてたくらいなんだよね。私もその時期は結構やってたんだ!」

「マジで?じゃあ任せた。」

先輩がレバーを操作することになり、その流れで二人の距離も自然と少し近づいた。

先輩は真剣な表情で、慣れた様子でレバーを操作していく。

佐伯はあれこれ口出ししたくなる衝動に駆られたが、それをぐっと堪え、代わりに先輩の真剣に取り組む横顔を眺めていた。

「これで…いけるはず…」

先輩は少し緊張している様子で、佐伯もつられて心拍が早くなる。

アームが降り、見た目にはかなり正確に景品を掴んで持ち上げ、そのままゆっくりと穴へ運ばれていく。

しかし、爪が開いた瞬間、結果はごく普通に穴の手前へ落ちただけだった。

一瞬の沈黙が流れ、先輩は気まずそうに口を閉じた。

「えっと…もう一回やる?」

「コホン!あのね、コーチって必ずしも選手より上手いわけじゃないし、実際にプレーするわけでもないんだから!はい、次は佐伯の番!」

先輩は自分をフォローするようにそう言ったが、その言い訳に佐伯は思わずくすっと笑ってしまった。

「じゃあ、さっき先輩がやってたのを参考にしてみるよ…」

「いや…やっぱり私のことは気にしないで、自分のやり方でやった方がいいと思う。ごめん、私もめっちゃ下手だわ〜」

先輩は自分で首を振りながら軽く白目をむく。その仕草と口調がどこかおかしくて、佐伯は思わず笑ってしまい、少し肩の力が抜けた。

「よし、いくか。」

佐伯は再びレバーを握る。さっきよりも力は抜けているが、その目の鋭さは変わらず、むしろわずかに笑みさえ浮かべていた。

――今回は、一人じゃないからかもしれない。

「うわ、今の惜しかったね!さっきの位置、もう一回狙ってみる?」

先輩はさっきの位置を指差しながらそう言った。

「うーん…同じ位置でも結果は全然変わる気がするんだよな。俺はこのまま感覚でいくよ。」

相変わらず何度も失敗は続くものの、不思議とさっきほど退屈ではなかった。

佐伯はまるで車を運転するかのように自然な手つきでレバーを動かしながら、先輩と何気ない会話を始める。

「そういえばさ…先輩って、スーパーヒーロー好きなんですか?」

「まあ、みんなと同じくらいかな?不思議な力を持った人たちが空を飛び回ったりしてるの、単純にかっこいいって思うだけ。」

「そういえば佐伯って、前に特別な計画に誘われてたよね?あの地獄モードもテストの一環だったんでしょ?もしかしたら本当にそのうち、あっち側の人になるかもね。」

「それはどうだろうな…俺はただゲームやってるだけの人間だし、本物の超能力者には敵わないよ。ああいうのって…ほとんど神みたいな存在だろ…」

「まあ、どうなるか分からないけどね?もし将来すごい人になったら、私たちのこと忘れないでよ?グッズとかくれてもいいし、お嬢のサインもお願いね!」

「はは、向こうも忙しいかもしれないけどな。じゃあさ、お嬢の能力を一つもらえるとしたら?」

「うーん…定番の質問だね。とりあえずレーザーアイ選んどけば間違いないでしょ。」

「なんでみんなレーザーアイなんだよ。俺は飛行派だな。」

「だってレーザーアイって気持ちよさそうじゃん!給料上げてくれない上司!文句ばっか言う客!こっそり足引っ張る同僚!浮気する彼氏!結婚急かしてくる親!ムカついたやつ全部まとめて一発ドーン!ってね!」

「俺はゴキブリ退治とか、食べ物温めるのに便利そうだなって思うけど。」

佐伯のツッコミに、先輩も思わず吹き出した。

少しの沈黙が流れる。

さっきの先輩の話を聞いて、佐伯の中にある疑問が浮かんでいた。

だが、今がそれを聞くべきタイミングなのか分からない。

一瞬ためらった末、それでも口を開こうとした。

「えっと…先輩、その…彼氏――」

その瞬間――

軽快で派手な効果音が鳴り響き、二人の会話を遮った。

佐伯はそこでようやく、何が起きたのかに気づく。

「……取れた…」

いつの間にか――どうやって成功したのか自分でもよく分からないまま、佐伯は景品の取り出し口からフィギュアを取り出していた。

一瞬、どう反応すればいいのか分からない。

何度も失敗してきたその末に、彼はただ黙って手の中のそれを見つめ、その重みを確かめる。

そして――

「よっしゃあああああ!!!取れたああああ!!!やっと捕まえたぞこの野郎!!!うおおおお!!やっぱり俺に勝てないゲームなんてないんだよ!!!雑魚がああああ!!!ははははは!!!」

佐伯は異常なほど興奮して叫びながら、フィギュアに向かって中指を立てたり暴言を吐いたりしていた。

ひとしきり我を忘れて喜んだ後、ようやく先輩が隣にいることを思い出す。

「……あ。」

佐伯は気まずそうに先輩を見る。先輩は少し驚いた様子だったが、それ以上に呆れ半分、でも同じくらい嬉しそうな表情を浮かべていた。

そして、まるで男友達のように軽く拳で佐伯の腕を叩いた。

「やるじゃん!」

「っしゃあ!最高だ!」

二人の大声の盛り上がりは、周囲の視線を集めていた。

「ねえ、あの人って佐伯拓海じゃない…?あの有名なプロゲーマーの…」

「マジ?なんか似てるかも…」

周囲の何人かが佐伯に気づいたのか、小声でざわざわと話し始めていた。

「やば…マズいな…どうする…?」

佐伯が顔を隠すようにうつむき、どうすればいいか分からずにいると――

突然、先輩が自分の帽子を外し、そのまま佐伯の頭にかぶせた。

「え…?」

「ぼーっとしてないで!逃げるよ!」

先輩は笑いながら佐伯の腕を掴み、そのまま二人でゲームセンターの外へ駆け出した。

ほんの短い距離のはずなのに、佐伯にはすべてがゆっくりに感じられた。

彼の視線はずっと、前を見て走る先輩の背中に向けられていた。

「これが…そういう感覚なのか…?」

その後、ゲームセンターのスタッフが二人、そのクレーンゲームの台の前にやってきて、中を開けて点検を始めた。

「うーん…さっき他のお客さんからも報告あったけど、やっぱり完全に故障してるね…アームの掴みもおかしいし、設定も全部ズレてる…」

「だよな…。これじゃ普通はまず取れないはずだし…いや、そもそもあの状態で持ち上がるのもおかしいよな…」

「だよね。あの常連のおじさんですら何日も粘ってダメだったって言ってたし…」

「……まあ、とりあえず稼働止めとくか。」

ゲームセンターを出た後、佐伯と先輩は並んで歩きながら、駅へと向かっていた。

「ねえ、先輩。今日は本当にありがとう…これ…よかったら受け取ってください。」

佐伯は少しうつむきながら、どこか照れくさそうにフィギュアを差し出した。

「え?いいの?せっかく取ったんだから、自分で持ってればいいのに。」

「い、いいんですよ…今日は付き合ってもらったし、そのお礼っていうか…」

言いながら、自分でも少し恥ずかしくなってきたのか、佐伯はだんだんと言葉に詰まり、視線を落とした。

「そっか…ありがとう。でも本当に大丈夫だよ。実はもう持ってるし…てっきり佐伯が欲しいのかと思ってたから…ごめんね。」

すべてが自分の勘違いだったと気づいた佐伯は、気まずさと複雑な感情が入り混じった表情を浮かべ、一瞬だけわずかに落ち込んだ様子を見せた。

だが先輩はそれに気づき、すぐに場を和ませるように口を開いた。

「今度から欲しいものはネットで買った方が早いかもね。会社の経費で落とせるかもしれないし、なんてね。はは。」

「そ、そうですね…でも安心してください、もうクレーンゲームは極めましたから!…た、多分ですけど…」

先輩はくすっと笑いながら、軽く肘で佐伯の脇腹をつつく。

くすぐったさに、佐伯も思わず笑ってしまった。

「あ、そうだ先輩。この帽子…」

「ああ、それそのままかぶってていいよ。有名人なんだから、バレたら面倒でしょ?」

「じゃあ…後で返しますね。ありがとうございます。」

「こちらこそありがとう。今日は楽しかったよ!じゃあ、またね〜バイバイ。」

先輩は笑顔で手を振り、そのまま先に去っていった。

「…また。」

先輩の去っていく背中を見送りながら、佐伯は無意識に帽子のつばを少し深く下げた。

人目を避けるためだけでなく、自分の頬がほんのり赤くなっているのを隠すためでもあった。

「これが…そういう感覚なのか…」

佐伯は手の中のフィギュアを見つめながら、小さく呟いた。

(誰かを好きになるって…こういうことか…)

「一発で取れたのに…」

思考は現実へと引き戻される。

佐伯は手の中のフィギュアを見つめる。だが、そこにあるのはあの時のお嬢のフィギュアではなく――自分、ソロプレイヤーの新作フィギュアだった。

隣ではカップルが一緒にクレーンゲームに挑戦している。

その光景が、今の自分の孤独をどこか映し出しているようで――佐伯は思わず苦笑する。

その瞬間、不意に誰かが帽子を彼の頭にかぶせた。

「え…せんぱ――」

思わずそう呼びかけながら振り返る。

「行くぞ。」

そこに立っていたのは先輩ではなく、キューピッドだった。

なぜか彼も帽子をかぶっており、変装のつもりなのかはよく分からない。

「急げ。」

キューピッドはなぜか焦っている様子で、佐伯を急かす。

先に歩き出したキューピッドは、ふと振り返る。

だが、佐伯はまだその場に立ち尽くしたまま、先ほどの余韻に囚われているようだった。

「…大丈夫か?」

様子に気づいたキューピッドは足を止め、思わず問いかける。

「…大丈夫だ。行こう。」

佐伯は小さく頷き、ゆっくりと歩き出す。

だが彼はうつむき、帽子のつばを深く下げたまま――今の自分の表情を誰にも見せないようにしていた。



ご覧いただきありがとうございました。いかがでしたか?


実は自分、あまり恋愛ものを書くのが得意じゃないと思っていて。

なので今回は、昔の自分が感じた「理由はよく分からないけど、気づいたら好きになっていた」――そんな気持ちを、そのまま描いてみたつもりです。


余談ですが、先輩のモデルは、実は昔仕事で好きだった先輩を少し参考にしています(ちょっと恥ずかしいですねwww)。


とにかく、少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。

ぜひ次の話も見ていただけると嬉しいです。


それでは、Noah Novaでした。

良い一日を。

また次回、お会いしましょう。

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