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第2話-出会いと、ひとつの問い

「みなさん、こんにちは。第2話です。

余計なことは言いません——どうぞお楽しみください。」

一年前――

薄暗い部屋の中には、大勢の人間が集まっていた。企業の上層部、エンジニア、博士、そしてプロゲーマーやスタッフたち――さらにはDSAの職員までもが顔を揃えている。

その全員が、たった一人の男が「ゲームをプレイする姿」を見届けるために集まっていた。

彼らの視線の先では、一人の男が椅子に腰掛け、画面に全神経を集中させていた。

両目はモニターに釘付け、指は絶え間なくコントローラーを叩き続け、格闘ゲームのキャラクターを操って対戦相手を圧倒している。

しかし、その様子はどこか余裕すら感じさせるものだった。汗一つかかず、時折だらりと姿勢を変え、さらには合間を縫って隣の飲み物に手を伸ばし、軽く口をつける余裕すらある。

ガード、カウンター、突進、技の切り替え、さらには先読み――

数十にも及ぶ高度なコンボや操作が、まるで彼のDNAに刻み込まれているかのように繰り出される。

その指は機械のように高速で動き続け、コントローラーを叩く音だけが部屋に響いていた。

背後で見守る者たちは、彼に感嘆しながらも、それ以上に緊張している様子だった。

彼らは小声で何かを相談し続けている。

「……これ、本当に“最強”のAIなんですか?」

「はい……数か月かけて開発した最新のAIです。トップクラスのプロ選手ですら心が折れるレベルですが……佐伯さんにとっては、まだ足りないみたいですね……」

「やば……“やばい”しか言えねぇ……」

「超人類とか宇宙人って言われても信じるわ……」

『すみません、飲み物のおかわりお願いします。』

その声は、どこまでも落ち着いていた。

「誰か!すぐ飲み物を持ってこい!氷も入れろ!でも冷たすぎるなよ!」

「確かにすごい……だが、“頂点”はそんなに甘くない――」

上官は無線機に向かって告げた。

「地獄モード、起動」

その一言に、周囲の空気が一変する。

何人かは思わず唾を飲み込み、佐伯の身を案じるように画面を見つめた。

「うわっ!?」

事情を知らない者たちは一斉に驚きの声を上げた。

次の瞬間、モニターに異変が起きる。

突然のジャンプスケア、ブラックアウト、ノイズ――あらゆる妨害が画面に叩き込まれた。

さらに、両者のキャラクターが突如として入れ替わり、中には佐伯ですら見たことのない未知のキャラまで混じっている。

画面は上下左右に不規則に回転し、もはや視認すら困難な状態だ。

それだけでは終わらない。

敵やゲームそのものが、明らかに理不尽な攻撃を繰り出してくる。

反応遅延――入力ラグまでもが意図的に増加していた。

これはもはやゲームではない。

完全にチートの領域だった。

「なあ佐伯、今日の晩飯どうする?」

「うわ、今のクソすぎだろ!」

「今ちょっと勃ったんだけど!」

ヘッドセット越しに、無秩序な妨害の声が飛び交う。

同時にゲーム内の音声も乱れ、誤作動のシステム音が判断を狂わせる。

だが――

佐伯は、ほんのわずかに眉を上げただけだった。

そのまま何事もなかったかのように操作を続け、対戦相手を押し潰していく。

「悪くない……だが、まだ終わりじゃない!」

その号令と同時に――

左右から無数のゴムボールが発射された。

すべてが、佐伯を正確に狙っている。

彼は咄嗟に首を振って回避するが、ボールは床や壁にぶつかって再び跳ね返り、執拗に追い詰めてくる。

だが――

佐伯はまるで弾丸を避けるかのように、首を振り、身体をわずかに動かしながら、なおもコントローラーを握り続ける。

その大半を、紙一重で回避していく。

その直後――

椅子とモニターが、猛烈な勢いで360度回転し始めた。

まるで遊園地のアトラクションのような強烈なGが身体を襲う。

普通なら、それだけで操作どころではなくなるはずだった。

しかし――

佐伯は動じない。

レーサーが瞬時にギアを切り替えるかのような動きで、隣の飲み物へと手を伸ばし、そのまま一口――

だが。

「……苦っ……なんだこれ、クソ……」

さすがの佐伯も、わずかに眉をしかめる。

それでも、無理やり喉の奥へと流し込んだ。

状況はさらに悪化していく。

コントローラーには、不規則に電流が流れ始めた。

耐えきる場面もあれば、本能的な反応で指を離してしまい、操作が途切れることもある。

それでも――

佐伯は決して手を離さない。

コントローラーを握り締め、モニターを睨みつけながら、なおも反撃を続ける。

その指の動きはあまりにも速く、残像すら生まれるほどだった。

そして――

失いかけた流れを、強引に引き戻していく。

「……いいだろう。これが最後だ」

上官は一呼吸置いて、静かに告げた。

「皆さん、マスクを装着してください」

その言葉に従い、全員が特殊なマスクを装着する。

そして――

無線機を手に取り、命じた。

「酸素供給を停止しろ」

命令と同時に――

室内の酸素濃度が、ゆっくりと低下していく。

それに気づいた佐伯は、迷うことなく大きく息を吸い込み――

そのまま呼吸を止めた。

背筋を伸ばし、椅子に身体を預ける。

目には血が滲み、

指先は力みすぎて、わずかに血が滲んでいた。

背後で見守る者たちの心拍は、もはやゲーム内の動きよりも速くなっている。

それはまるで――

闘技場で、人と猛獣の死闘を見せられているかのような緊張感だった。

そして――

酸素が薄れていくにつれ、

佐伯の顔色と唇は、徐々に紫色へと変わっていく。

「上官!止めてください!危険すぎます!」

「……分かった――」

「待ってください!佐伯さんはまだセーフティサインも出していません!本人は止められることを望んでいないはずです!」

「もし本当に限界だったらどうする!?責任取れるのか!?」

「で、でも……まだ……指が、止まってません……」

全員の視線が、佐伯へと向けられる。

その姿は、もはや猛獣と戦う闘士ではない。

処刑台に立たされた罪人のようだった。

それでも――

彼の視線は一切ぶれない。

モニターに、釘付けのまま。

手も、決してコントローラーを離さない。

この極限状態にあってなお、

正確なコンボを叩き込み、敵へとダメージを与え続けている。

もはやそれは――

筋肉の記憶と、

“地上最強プレイヤー”としての本能だけで動いていた。

「上官!データ上、呼吸も脈拍も低下しています!このままでは危険です!」

「まだいける!彼を信じろ!」

「……全員、黙れ!」

一喝が飛ぶ。

「――残り十秒だ。

何があっても、十秒後にゲームは強制終了する。医療班を呼べ!」

「……もう無理だ……見てられない……!」

何人かは目を逸らし、顔を背けた。

この光景は、もはや人間の限界を超えていた。

10……9……8……7……

カウントダウンが始まる。

その瞬間――

胃の奥から、強烈な吐き気が込み上げた。

「――っ……!」

次の瞬間、

佐伯はその場で嘔吐する。

吐瀉物が自分の身体にかかるが、

もはや気にする余裕などなかった。

6……5……4……

佐伯は、ヘッドセットを引きちぎるように外した。

口元からは、白い泡が溢れ出す。

3……2……

彼は、静かに目を閉じた。

意識があるのかどうかすら、もはや判別できない。

1……

――それでも。

敵の体力は、確実に削られていく。

時間切れと同時に、ゲームは強制終了された。

部屋は一瞬で元の状態へと戻り、酸素供給も再開される。

「佐伯さん!佐伯さん!」

力なく、彼の手からコントローラーが滑り落ちる。

床に落ちたそれは、鈍い音とともにひびが入った。

次の瞬間――

佐伯の身体は、そのまま前へと崩れ落ちる。

「危ない!」

医療スタッフが駆け寄り、間一髪で彼を支えた。

すぐに酸素マスクが装着され、応急処置が施される。

幸いにも――命に別状はなかった。

ただ、急激な低酸素による一時的な意識喪失だった。

数秒後。

「……はぁ……っ……」

佐伯は、ゆっくりと意識を取り戻していく。

「……くっ……惜しい……」

ろれつの回らない声で、かすかにそう呟く。その視線の先に気づき、数人もすぐにモニターへと目を向けた。

――そもそも。

あの状況では、佐伯本人ですら画面を「見えていた」かどうかすら怪しい。

もはや、視認できるかどうかという次元の話ではなかった。

「早くモニターを!結果を確認しろ!」

スタッフが慌てて画面を立ち上げる。

そして――

映し出された瞬間。

部屋は、一瞬にして静まり返った。

「……マジかよ……」

モニターに映し出されていたのは――

大きく表示された

『YOU WIN!!!』

ギリギリ、あと一撃で倒されるという状況からの、逆転勝利だった。

「……惜しいな……パーフェクトじゃなかったか……」

その瞬間――

部屋が爆発したかのように、歓声が巻き起こる。

拍手、歓声、抱き合う人々。

誰もが興奮を抑えきれず、勝利を称えていた。

「なんだよこれ……奇跡どころの話じゃないだろ!」

「いや、あの状況でどうやって勝ったんだよ!?」

「うちのゲーム中毒のガキにも一回体験させたいわ……!」

「よくやったぞ、佐伯!もしその気があるなら、うちの娘と結婚してもいいぞ!」

「いや……なんで俺が世界でも救ったみたいな空気になってるんだよ……そこまで大げさじゃないって……それに、あんたの娘まだ未成年だろ……」

「それはどうでしょうね……もしかしたら、本当に世界を救える力を持っているのかもしれませんよ、佐伯さん……」

国家研究機関の比嘉博士と、数名のDSA職員が興味深そうに口を開く。彼らもまた、先ほどの光景に完全に圧倒されていた。

「MVP!MVP!MVP!」

徐々に体調を取り戻した佐伯は、そのまま周囲の人間に担ぎ上げられ、歓声の中へと連れ出された。

しばらくして、彼らは控室で休憩しながら雑談をしていた。佐伯の体調もすでにだいぶ回復しており、あとは傷ついた指や手首を軽く冷やす程度で済んでいた。

そんなふうに、のんびりとゲームの話で盛り上がっていたそのとき——

不意にノックの音とともに、扉が開いた。

「お弁当きたよー!飲み物も買ってきたし、誰かお腹空いてる人〜?」

作業着姿の女性が、元気よく部屋に入ってくる。

佐伯たちより少し年上に見える彼女は、両手に弁当と飲み物が詰まった大きなビニール袋を提げているのに、なぜか高級ブランドバッグでも持っているかのような堂々とした雰囲気を醸し出していた。

どこかコミカルで愛嬌のある振る舞いは、すぐに場の全員の視線を引きつけた。

だが佐伯は、彼女のことをよく知らない。ただ、同じ会社の人間として、何度か見かけたことがある気がする——その程度だった。

「よっしゃー!弁当きたー!腹減ってたんだよ!」

「先輩ありがとう!最高!」

彼女の明るさは、そのまま場の空気に伝染していく。

「はーい、みんな〜。あ、佐伯も。さっき大変だったみたいだね〜大丈夫?」

彼女は少しだけ距離を詰めてきて、氷で冷やしている彼の手にちらりと視線を落とす。

「手、平気?」

「はは……まあ大丈夫っす……あの……藤井先輩、ですよね?」

佐伯は気づかれないように、さりげなく彼女の持っているドリンクカップの名前を一瞬だけ視線で確認した。

「お、知ってるんだ?よかった〜。ずっと練習で忙しそうだったから、あんまり顔合わせる機会なかったもんね。藤井雫です。前は人事部にいて、最近こっちに異動してアシスタントやってるの。よろしくね〜」

「よろしくお願いします。俺は……まあ、この場で知らない人はいないと思いますけど」

思わず少しだけ格好つけた言い方になってしまう佐伯。

「はは、とりあえずご飯にしよ〜」

先輩は手際よく弁当と飲み物を配り始めた。

「あ、そうだ佐伯。ケーキもあるよ〜。地獄モードクリア記念!」

「え、マジで?ありがとうございます先輩!……てか、なんで俺がこれ好きって知ってるんですか?」

「元人事部なめないでよ?誰が何好きかくらい把握してるからね〜」

「え、マジっすか?」

「うそ〜。上の人に頼まれて持ってきただけ。あはは」

「この先輩、適当なこと言ってるだけで、ゲーム下手なやつ適当にクビにするだけっすからね」

周りの連中まで一緒になってツッコミを入れる。

「ひでぇなそれ……はは」

佐伯もつられて笑ってしまう。

「で、どうだったの?地獄モード。もうゲームするのトラウマになったりしてない?」

そんなふうに、食事をしながらの雑談は自然と弾んでいく。場の空気は、どこまでも穏やかで軽やかだった。

「そういえば、佐伯……」

しばらくしてから、先輩はあまり箸の進んでいない佐伯のことを、つい気にするように見つめていた。

その視線に気づいた佐伯は、少しだけ気まずそうに身じろぎする。

「あ、俺は……」

「……それ、まだ食べる?」

「え……?」

どうやら先輩は、佐伯の弁当を見ていたらしい。

「だって、お腹すいてるんだもん」

「あ、いや……食べます。すみません、手ちょっと痛くて、ペース遅いだけなんで」

「先輩、どんだけ食うんすか?さっき一個食ってたじゃないっすか」

周りからもすかさずツッコミが飛ぶ。

「先輩、佐伯からちょっと離れてくださいよ。その手、何億の価値あると思ってるんすか」

「そうそう。ゲーム下手なんだから、うちの稼ぎ頭に悪影響与えないでくださいよ。会社の命運握ってるんすよ、この人」

「ちょっと〜失礼すぎない?まあいいけど。ケーキ大きいし、みんなで食べよ〜」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

先輩は包丁を手に取り、器用にケーキを切り分けていく。

「安心して、佐伯には大きめに切ってあげるから」

「いや、それ元々佐伯のためのケーキですよね?」

「ていうか先輩、自分で出してないのに偉そうに言ってません?」

「私?もちろん一円も出してないよ?あはは」

自分で言って笑い出す先輩に、周囲もつられて笑いが広がる。

彼女がこの場にすっかり溶け込んでいるのは、一目で分かるほどだった。

(……なんか、面白い先輩だな。それに、話しやすそうだし……)

(少しだけ……もう少し、知ってみたいかもな)

佐伯は皆と一緒に笑いながら、その場の空気に身を任せていた。

ついさっきまで味わっていた地獄のような苦痛さえ、どこか遠い出来事のように感じられる。

——これが、佐伯と先輩の最初の出会いだった。

============================================

ソロプレイヤーは任務を終えてDSAへ戻った後、現在は数名の職員とともに、半開放式の会議室にいた。

「ソロプレイヤー、最近の成績なんですが……いつも通り大きな問題はないものの、珍しくミス率や副次的被害の数値が少し上がっています。何かありましたか?」

「機体に不具合でも?それとも体調の問題ですか?」

「……いや、問題ない」

「でもご安心ください。最近また人気が上がっていて、新しいフィギュアやグッズ展開も進んでいます!」

「ふーん、そう」

「有名なプロゲーマーや配信者からのコラボ依頼も増えていますし、著名なゲームクリエイターや企業からの試遊・広告案件も多数来ています。今回は大型タイトルも多いですよ!」

「どうでもいい。分かった」

DSAの職員たちは次々と報告を続けていたが、ソロプレイヤーは明らかに興味を示していなかった。

椅子に座ったまま適当に相槌を打つだけで、視線は終始スマートフォンに落ちている。

「……分かりました。何かあればまたご連絡ください。本日は以上です。お疲れさまでした」

「了解。ありがとう、お疲れ」

DSAの職員たちはどこか気まずそうに席を立ち、会議室を後にした。

一方でソロプレイヤーはその場に残り、ほとんど動くことなく、スマートフォンを見たり、ぼんやりと遠くを眺めたりしていた。明らかに落ち着きがない。

部屋を出た職員たちは、小声でこぼす。

「……なんだあいつ?機嫌悪いな?それともまたトラウマでも再発したのか?」

「さあな。ヒーローってのは、みんな思春期の女子みたいに繊細なんだろ?」

「刺激しない方がいい。あいつのおかげで俺たちの仕事が成り立ってるんだから」

会議室に一人きりになると、佐伯は目を閉じて椅子の背もたれに体を預け、大きく息を吐いた。

スマートフォンを一度は脇に置き、見ないようにしようとする。

——だが、通知音が鳴った瞬間、結局また手を伸ばしてしまう。

『ラストチャンス!バーガー&ポテトなど対象商品が今だけ一つ買うともう一つ無料!今すぐタップして注文を——』

「……うざ……」

表示されたのがただの広告だと分かった瞬間、佐伯は苛立ったようにスマートフォンを放り投げた。

そのまま、無意識に手を伸ばしてコーヒーを取ろうとした——そのとき。

「はい、佐伯。コーヒーどうぞ」

——その一瞬。

まるで、あの時の先輩がそこにいるかのように見えた。

「え……っ、あっつ!!」

一瞬の錯覚に意識を持っていかれ、手元が狂う。

コーヒーはそのまま体にこぼれ、熱がじわりと広がった。

「くそ……っ」

小さく悪態をつきながら立ち上がり、佐伯はそのまま会議室を後にする。

「すみません、コーヒーこぼしちゃって……替えの服とかって——」

声をかけようとしたそのとき、奥の方で何やら騒がしい気配に気づく。

気になった佐伯は、そのままそちらへと足を向けた。

騒ぎの元を辿っていくと、佐伯はとある実験室の前へとたどり着いた。

中では数名のスタッフが機器を使い、誰かの身体をスキャンしている。

その中央に立っていたのは——

いかにも苛立っていそうな表情をした、十代ほどの少年だった。

「高瀬さん、こっちで何やってるんですか?」

佐伯は、場を仕切っている威厳ある中年の男——高瀬に声をかけた。

彼は腕を組み、険しい表情で計測データを見つめている。

「ん?ソロプレイヤーか。……それより、その服どうした?汚れてるぞ」

高瀬は一瞥してから続ける。

「さっき、“キューピッド”と名乗る能力者の通報が入ってな。今はそいつのスキャンをしているところだ」

「あのガキのことですか?」

「誰がガキだ!俺は千年以上生きてるんだぞ、この野郎!」

「マジかよ……レジャイナより年上とか、やばすぎだろ……」

「気をつけろ。人の精神に干渉する能力を持ってるらしい」

高瀬は装置を操作している研究員に視線を向ける。

「結果はどうだ?」

「解析結果ですが……身体構造は人間を明らかに上回っています。

本人の言う通り——“愛の神キューピッド”である可能性は高いかと」

「え、ちょっと待って?名前ネタかと思ってたんだけど……マジであのキューピッド?

伝説の神……って、神だぞ?」

佐伯は半ば呆れたように、しかし確かめるように言った。

「あり得なくはないだろうな。

今や空を飛ぶ人間や異世界人、宇宙人なんかと日常的に関わってるんだ。神話の存在が一つ増えたところで、今さら驚くことでもない」

高瀬は淡々と答えた。

「まあ……俺のイメージしてたキューピッドとは、だいぶ違うけどな……」

「なんだ?絵本に出てくる、オムツ履いて弓撃ってる赤ん坊だとでも思ってたのか?」

キューピッドは苛立ったように吐き捨てる。

「人間には本当にうんざりだ。……で、まだ終わらないのか?」

「お前が今この場の人間を操っていないって、どうやって証明する?」

高瀬は慎重な口調で問いかける。

「俺が干渉できるのは“愛”に関する感情だけだ、バカが。

お前らが今ここでキスしたくなったり、下半身が反応してないなら——俺のせいじゃない」

「仮に神にも有効だとするなら……嘘はついていません」

計測担当の研究員が淡々と告げる。

「……いいだろう。で、目的は何だ?なぜここに現れた?」

高瀬は一度間を置き、続ける。

「一応言っておくが、人間社会で能力を持つ存在は面倒事の塊だ」

「まずはここから出せ。それが先だ。

でなければ——この場ごと壊す」

キューピッドの声音がわずかに低く沈む。

「おすすめはしないな。たとえ神でも、今の人類には手強い連中がいる」

高瀬は一切表情を崩さず言い切る。

「大人しく協力すれば——こちらも力を貸せるかもしれない」

「……助ける?はっ……お前らが、俺を?」

皮肉混じりの笑みを浮かべながら、キューピッドは装置からゆっくりと歩み出る。

そのまま、じりじりと距離を詰めてくる。

「質問に答えてやる。

伝承と同じだ——俺は“罪”を犯して、人間界に落とされた」

わずかに視線を逸らし、続ける。

「望みか……はっ。今はただ、人間として……少し静かに暮らしたいだけだ」

「そうか。……元の場所には戻れないのか?」

「それはお前に関係ない。これ以上話す気もない」

キューピッドの表情が、すっと冷え込む。

「騒ぎを起こしたことは謝る。だが——お前らにできることは何もない。

必要なことは、もう全部話したはずだ」

その場の空気が、わずかに張り詰めた。

「……いいだろう。人間界で安定して暮らしたいなら、こちらのルールに従ってもらう」

高瀬は一歩も引かずに言い切る。

「まずは在留資格を取得して、仕事を見つける。人間として生活するなら、それが最低条件だ。

要するに、お前には二つの選択肢がある」

「一つは——普通の人間として、普通の仕事をして、地道に稼いでいくことだ。

……まあ、お前なら長く生きられそうだしな」

「……別に、それでも——」

「だが——」

高瀬は言葉を遮る。

「お前は“外来存在”であり、なおかつ能力者だ。

その時点で、通常の人間より制約が多くなる」

「最大の問題は——法律上、能力の無制限使用は認められないという点だ」

「はぁ!?そんなの、何もできないのと同じだろうが!

俺がただの労働者になって、お前らみたいな哀れな人間に、こき使われるだと?」

キューピッドは露骨に苛立ちを見せる。

「……だが、例外はある」

高瀬は淡々と続ける。

「規定に従い、特定の状況や職種に限れば——能力の使用は認められる。

それが、お前の二つ目の選択肢だ」

「……どんな仕事なら、能力が使える?」

「最も一般的なのは——」

高瀬は指で、先ほどから黙って話を聞いていた佐伯を示す。

それに合わせて、キューピッドの視線も自然とそちらへ向いた。

「——スーパーヒーローだ」

「DSAと提携し、一定の成果を出せば、職業として能力の使用が認められる。

“成果”という言い方は気に入らないかもしれないがな」

「管理体制も整っているし、収入面でも困ることは少ない。

……選ぶのはお前だ」

高瀬の合図で装置は停止し、キューピッドはそのまま実験室の外へと出る。

彼は一度、高瀬たち全員を見渡し——

そして、最後に佐伯へと視線を向けた。

数秒間、妙な静寂の中で二人の視線が交差する。

やがて、キューピッドはゆっくりと口を開いた。

「……いいだろう。お前らのところで働いてやる」

わずかに間を置き、低く続ける。

「だが、これはあくまで“仮”だ。忘れるな」

「一応言っておくが、我々とヒーローは上下関係ではなく“協力関係”だ」

高瀬はそう前置きしてから続ける。

「とはいえ、手続きは必要になる。後で書類に目を通してもらうぞ。

……ともあれ、ようこそ。新たなヒーロー」

わずかに口元を緩める。

「神様がアルバイトとは、なかなか贅沢な話だ」

高瀬は手を差し出す。

キューピッドは数秒それを見つめた後、渋々と握り返した。

そのとき——

それまで黙っていた佐伯が、不意に口を開いた。

「た、高瀬さん……!その、俺に……任せてもらえませんか?」

一瞬言葉に詰まりながらも、続ける。

「その……慣れるまで面倒見るというか……誰か一人ついてた方が、管理もしやすいと思いますし……」

どこか歯切れの悪い、曖昧な理由だった。

キューピッドも少し首をかしげながら、不思議そうに彼を見ていた。

「ん?まあ…ダメってわけじゃないけど。本当にいいのか?他のやつにも聞いてみてもいいぞ。」

「だ、大丈夫です!ちょうど最近、あまりやることもなくて…」

なぜか最後になるにつれて、佐伯の言葉には少し迷いと自信のなさが混じっていった。

「そうか。じゃあ、とりあえず頼むぞ。」

「わかりました、ありがとうございます。」

佐伯はキューピッドの方へ向き直り、短く視線を交わした後、軽く手を差し出した。

「佐伯拓海、ソロプレイヤー。よろしく。」

どこか微妙な表情を浮かべる佐伯。そのわずかな変化を、キューピッドは見逃さなかったようだった。数秒ほどためらった後、彼も同じように手を握り返す。

「キューピッド。」

握手が終わると、その場の空気はわずかに緩んだ。

佐伯は目の前のキューピッドを見つめる。

——しかし、すぐに視線を逸らした。

右手が、わずかに強く握られる。

何かを押し込めるように、ほんの一瞬だけ息を止めて——

それから、ゆっくりと口を開いた。

「……あの、一つだけ聞いてもいいですか?」

キューピッドは面倒くさそうに眉をひそめる。

「……あんた、“愛の神様”なんですよね?」

一拍。

佐伯の喉が、小さく動く。

「じゃあ——」

言葉が、一瞬だけ詰まる。

「……誰でも、好きにさせることができるんですか?」



ご覧いただきありがとうございます。いかがでしたでしょうか?

正直なところ、最近は「作品世界を広げていく楽しさ」を少しずつ実感しています。

こうして、過去のキャラクターがふと顔を出してくれるのも、その醍醐味の一つですね。——お久しぶりです、高瀬さん(笑)


さて、本題に戻りますが、どうやらキューピッドと佐伯はコンビを組み、共にヒーロー活動をしていくことになりそうです。

果たして二人は、どんな化学反応を起こすのか。

そして、それぞれが抱えている「まだ明かされていないもの」とは何なのか。

佐伯が最後に口にしたあの問いの意味とは——。


ぜひ、今後の展開もお楽しみに。

Noah Novaでした。


良い一日を。

もし今日があまり良くない一日だったとしても——

明日は、少しでも良い日になりますように。

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