第九十九話「ガデルから、呼ばれる」
ゴルフさんの護衛依頼をこなした翌週だった。
朝食を終えたところだった。
宿の扉が開いた。
見慣れない若い男だった。
ガデルの工房の弟子だった。
「ガデルが呼んでいます」
それだけ言って、帰っていった。
全員が静かになった。
マユミが俺を見た。
「できたのか」
「行きましょう」
マユミが立った。
いつもより少し早かった。
色を確認した。
オレンジに近い赤が、鮮やかだった。
緊張と期待が、混ざっていた。
工房に向かった。
二人で歩いた。
道中、マユミは何も言わなかった。
俺も何も言わなかった。
工房が見えてきた。
扉の前に立った。
いつもと違った。
音がしなかった。
金属を叩く音が、なかった。
作業が終わっていた。
マユミが少し息を吸った。
俺が扉を叩いた。
「入れ」
声が飛んできた。
扉を開けた。
ガデルが作業台の前に立っていた。
後ろ姿だった。
振り返らなかった。
「来たか」
「はい」
「見ろ」
ガデルが脇に動いた。
作業台の上に、布が敷いてあった。
その上に、二本の剣が並んでいた。
赤かった。
ただの赤ではなかった。
光を帯びていた。
熱を持っているようだった。
でも、触れていないのに、温かかった。
マユミが一歩前に出た。
止まった。
声が聞こえた。
俺だけに聞こえる声だった。
荒々しい声だった。
でも、前より落ち着いていた。
静かな声も混ざっていた。
二つが、重なっていた。
呼応していた。
「声が聞こえます」
ガデルが少し頷いた。
「そうか」
「前より落ち着いています。二つが、一緒になっている感じがします」
「打っている間も、そうだった」
ガデルが剣を見た。
「素直な素材だった。ただ、気難しい」
「気難しい、というのは」
「使う人間を選ぶ。誰でも扱えるものじゃない」
ガデルがマユミを見た。
「手に取れ」
マユミが作業台に近づいた。
右手を伸ばした。
一本目を握った。
瞬間だった。
光が強くなった。
音がした。
金属音ではなかった。
何か別の音だった。
低い、荒々しい声に近い音だった。
マユミが少し顔を引き締めた。
「熱い」
「火傷するか」
「しない。でも、熱い」
「続けろ」
マユミが二本目を左手で握った。
今度は、静かな音がした。
高くはなかった。
でも、落ち着いた音だった。
二本を握った瞬間、音が重なった。
荒々しい音と、静かな音。
二つが、一つになった。
光が、一瞬だけ強くなった。
消えた。
静かになった。
マユミが両手で二本を握ったまま、少し動かした。
軽そうだった。
いや、違った。
体に馴染んでいた。
重さが、消えていた。
「どうだ」
ガデルが聞いた。
「わかる」
マユミが言った。
「何がわかる」
「どう動けばいいか」
ガデルが少し目を細めた。
「適合した」
短かった。
でも、それがガデルの言葉だった。
俺は声を確認した。
荒々しい声が、少し変わっていた。
名前を言おうとしていた。
「カグラ、と聞こえます」
マユミが少し止まった。
「カグラ」
「荒々しい方の声です。もう一つは」
静かな声が、応えた。
「ヒナギ、と聞こえます」
マユミが二本の剣を見た。
「カグラとヒナギか」
「はい」
マユミが少し間を置いた。
「わかった」
それだけだった。
でも、色が変わった。
オレンジに近い赤が、深くなった。
覚悟が混ざった色だった。
ガデルが言った。
「名前が決まった」
「はい」
「剣の名前も、決める必要がある」
「剣の名前は」
ガデルが少し俺を見た。
「お前のスキルで、何か聞こえるか」
俺は声に耳を傾けた。
カグラが言っていた。
ヒナギが続けた。
二つが重なった。
「《緋閃の双刃》、と聞こえます」
静かになった。
マユミが二本の剣を構えた。
「《緋閃の双刃》」
声に出した。
光が、かすかに揺れた。
応えていた。
ガデルが少し前を向いた。
「完成だ」
それだけだった。
工房が静かだった。
俺はその光景を見ていた。
マユミが《緋閃の双刃》を握っていた。
短剣一本から始まった冒険者が、今、双剣を持っていた。
父親に教えてもらった短剣とは、違う武器だった。
でも、同じ場所から来ていた。
戦うためではなく、帰るための剣だった。
ガデルが言った。
「一つだけ言っておく」
「はい」
「あの素材は、使う人間の覚悟を見る。感情任せで振るうと、応えない」
「わかりました」
「守るために使え。それだけだ」
マユミが頷いた。
「わかった」
「以上だ」
ガデルが作業台の片付けを始めた。
話は終わった。
工房を出た。
外に出た。
マユミが《緋閃の双刃》を鞘に収めた。
二本分の鞘が、腰に並んだ。
少し眩しかった。
マユミが前を向いた。
「帰るか」
「はい」
「全員に見せる」
「そうしましょう」
マユミが少し歩いた。
止まった。
「ヒコ」
「はい」
「ありがとう」
俺は少し間を置いた。
「俺は何もしていないです」
「声を聞いてくれたのはお前だ」
「それだけですから」
「それだけじゃない」
マユミが少し前を向いた。
「火山地帯に行こうと言ったのも、ガデルのところに連れていってくれたのも、全部段取りだろ」
「現場仕込みなので」
「知ってる」
マユミが少し笑った。
「行くぞ」
「はい」
二人で歩いた。
宿までの道が、また少し短く感じた。
《緋閃の双刃》が、腰で静かに揺れていた。
第九十九話「ガデルから、呼ばれる」 了




