第百話「緋閃と、全員の前で」
宿に戻った。
全員がいた。
食堂に集まっていた。
昼前だった。
マユミが扉を開けた。
全員が振り返った。
誰も何も言わなかった。
マユミの腰に、二本の鞘があった。
それだけで、わかった。
マユミが食堂の中央に立った。
《緋閃の双刃》を取り出した。
二本同時に抜いた。
光が走った。
赤かった。
ただの赤ではなかった。
熱を持った赤だった。
でも、静かだった。
荒々しさと、静けさが、同時にあった。
全員が黙っていた。
しばらく、誰も動かなかった。
アーヴィンさんが言った。
「いい剣だ」
それだけだった。
でも、それで十分だった。
コリンが言った。
「綺麗ですね」
「綺麗だけじゃない」
マユミが少し剣を動かした。
光の軌跡が残った。
消えるのに、一瞬かかった。
「残光がある」
リアが言った。
「素材の特性ですか」
「精霊が宿っているからだと思います」
俺が言った。
「精霊の名前が聞こえました。荒々しい方がカグラ。静かな方がヒナギといいます」
全員が少し静かになった。
ミルヴァが言った。
「精霊が宿る剣か」
「はい」
「珍しい」
「そうですね。ガデルさんも、普通の鉱石じゃないと言っていました」
ミルヴァが少し前を向いた。
「扱いが難しそうだな」
「ガデルさんは、使う人間の覚悟を見ると言っていました」
「そうか」
マユミが剣を鞘に収めた。
音がした。
きれいな音だった。
二本が収まった。
マユミが全員を見た。
「一つだけ言う」
全員がマユミを見た。
「この剣は、帰るための剣だ。全員で帰るための」
静かになった。
コリンが言った。
「頼りにしています」
「任せろ」
リアが言った。
「運用について、後で確認させてください。双剣になると動き方が変わります」
「そうだな。頼む」
「はい」
アーヴィンさんが立った。
マユミのところに来た。
剣を見た。
「一度、見せろ」
「どういう意味だ」
「動きを見たい。外で」
マユミが少し間を置いた。
「わかった」
外に出た。
全員がついてきた。
宿の裏手だった。
少し広い場所があった。
アーヴィンさんが距離を取った。
「来い」
「本気か」
「加減する」
「俺もだ」
マユミが《緋閃の双刃》を抜いた。
アーヴィンさんが《沈黙の長剣》を抜いた。
静かになった。
二人が向かい合った。
俺は色を確認した。
マユミのオレンジに近い赤が、鋭くなっていた。
アーヴィンさんの深い青が、落ち着いていた。
対照的だった。
速さと、静けさ。
二人が同時に動いた。
早かった。
マユミが踏み込んだ。
右のカグラが走った。
アーヴィンさんが受けた。
同時に、マユミの左のヒナギが動いた。
アーヴィンさんが一歩引いた。
躱した。
二合だった。
止まった。
二人が距離を取った。
アーヴィンさんが剣を収めた。
「速くなった」
「そうか」
「前と違う」
「どう違う」
「迷いがない」
マユミが少し間を置いた。
「そうかもしれない」
「剣が応えている」
「感じる」
アーヴィンさんが少し前を向いた。
「いい剣だ」
二回目だった。
アーヴィンさんがそれを繰り返すのは、珍しかった。
本心だった。
マユミが剣を収めた。
全員が静かに見ていた。
ミルヴァが言った。
「速い」
「そうですね」
「あたしより速いかもしれない」
「それは」
「冗談だ」
ミルヴァが少し口元を動かした。
コリンが言った。
「マユミさんと戦いたくないですね」
「当たり前だ」
マユミが少し笑った。
リアが言った。
「動きの確認ができました。双剣になると踏み込みの軌跡が変わります。援護の角度を調整します」
「頼む」
「はい」
俺は羅針盤を確認した。
針が、いつもより少し速く動いていた。
《緋閃の双刃》に反応していた。
精霊が、近くにいる感じがした。
カグラとヒナギが、落ち着いていた。
場所を気に入っているのかもしれなかった。
悪くなかった。
宿に戻った。
マルティナさんが昼食を出した。
肉の煮込みだった。
根菜が多めに入っていた。
柔らかいパンがついていた。
六人分、きっちり並んでいた。
依頼後の食事だった。
今日は依頼に行っていなかった。
でも、マルティナさんには何かがわかっていた。
「食え」
「いただきます」
うまかった。
マユミが隣で食べていた。
腰に《緋閃の双刃》があった。
いつもより、少し重そうだった。
でも、マユミの表情は軽かった。
覚悟が決まった人間の顔だった。
五十年生きてきた。
こちらの世界でも、十五歳として生きている。
でも、こういう顔は、どの世界でも同じだと思った。
何かを決めた人間の顔だった。
段取りが、また一段、整った。
次が来る。
その前に、今日の飯を食う。
それでいい。
うまかった。
第百話「緋閃と、全員の前で」 了




