第九十七話「二個目と、ガデルのところへ」
翌日だった。
朝食を終えてから、マユミに声をかけた。
「ガデルさんのところに行きます。一緒に来てもらえますか」
マユミが少し俺を見た。
「双剣のことか」
「はい」
「行く」
それだけだった。
でも、色が少し変わった。
オレンジに近い赤が、いつもより鮮やかだった。
緊張ではなかった。
期待に近い色だった。
ガデルの工房に向かった。
二人で歩いた。
道中、マユミはあまり喋らなかった。
珍しかった。
俺も何も言わなかった。
言わなくていいと思った。
工房が見えてきた。
金属を叩く音がしていた。
いつもと同じ音だった。
でも、今日は少し違う気がした。
俺だけかもしれなかった。
扉を開けた。
「入れ」
声が飛んできた。
入る前に言われた。
気づいていたのだろう。
ガデルは作業台の前にいた。
振り返らなかった。
「来たか」
「はい。持ってきました」
《緋晶鋼》の二個目を取り出した。
ガデルが作業の手を止めた。
振り返った。
俺の手の中を見た。
無言だった。
しばらく、そのまま見ていた。
「置け」
作業台の上に置いた。
ガデルが一個目を棚から出した。
二個を並べた。
また、無言になった。
マユミが隣で静かに立っていた。
俺も何も言わなかった。
ガデルの時間があった。
急かす必要はなかった。
ガデルが二個の《緋晶鋼》を手に取った。
片方ずつ、順番に持った。
目を細めた。
「重さが違う」
「そうですか」
「同じ素材なのに、微妙に違う。意思が違うからだろう」
「前回、二つの声が聞こえました。荒々しい声と、静かな声」
「今回は」
「重なって聞こえました。二つが、呼応している感じがしました」
ガデルが少し間を置いた。
「そうか」
ガデルがマユミを見た。
「お前が使うのか」
「そうだ」
マユミが短く言った。
「今の得物は」
「短剣一本だ」
「見せろ」
マユミが短剣を出した。
ガデルが受け取った。
刃を確認した。
柄を確認した。
重さを確かめた。
「よく使い込んでいる」
「十二のときから使っている」
ガデルが少し止まった。
「父親に教えてもらったのか」
マユミが少し間を置いた。
「そうだ」
「そうか」
ガデルが短剣を返した。
マユミが受け取った。
何も言わなかった。
でも、少し手に力が入った気がした。
ガデルが《緋晶鋼》に向き直った。
「双剣として打つ。一対だ」
「はい」
「ただ、普通の双剣じゃない。この素材には意思がある。打ち方を間違えると、素材が応えない」
「どういうことですか」
「鍛冶は素材と話しながらやる。こいつらは特にそうだ。時間がかかる」
「急ぎません」
ガデルが俺を見た。
「お前はいつもそれを言うな」
「現場仕込みなので」
「そうか」
ガデルが少し前を向いた。
「一つだけ聞く」
「はい」
「この剣を使うのは、戦うためだけか」
俺はマユミを見た。
マユミがガデルを見た。
「戦うためだけじゃない」
「なんのためだ」
マユミが少し間を置いた。
「帰るためだ。全員で」
静かになった。
ガデルが少し目を細めた。
「そうか」
それだけだった。
ガデルが《緋晶鋼》を両手に持った。
「預かる。時間をくれ」
「わかりました」
「完成したら呼ぶ。それまで来るな」
「はい」
「待て」
ガデルがマユミを見た。
「名前は完成してから決める。急かすな」
マユミが少し笑った。
「急かさない」
「よし」
ガデルが作業台に向き直った。
話は終わった。
俺たちは工房を出た。
外に出た。
少し歩いてから、マユミが言った。
「長かったな」
「そうですね」
「でも、ちゃんと預けられた」
「はい」
マユミが少し空を見た。
「ガデルって、怖そうに見えるけど」
「そうですね」
「ちゃんと見てるな。短剣のことも、父親のことも」
「職人ですから」
「そういうもんか」
「素材と使う人間の両方を見る人だと思います」
マユミが少し前を向いた。
「完成したら、どうなるんだろうな」
「わかりません。ガデルさんは、何かが起きるかもしれないと言っていました」
「精霊のことか」
「はい」
「怖いか」
「怖くはないです。ただ、準備はしておきたい」
「段取りか」
「はい」
マユミが少し笑った。
「お前らしいな」
「現場仕込みなので」
「知ってる」
二人で歩いた。
宿までの道が、少し短く感じた。
双剣の製作が、始まった。
第九十七話「二個目と、ガデルのところへ」 了




