第九十一話「ミルヴァと、新しい話」
数日後の午後だった。
依頼を終えてギルドから出たときだった。
「久しぶりね」
声がかかった。
振り返った。
ミルヴァだった。
いつもと同じ格好だった。
でも、今日は少し違う立ち方をしていた。
壁に寄りかかっていなかった。
真っ直ぐ立っていた。
「久しぶりです」
「少し話がある。時間あるか」
「あります」
「今回は、情報料は取らない」
俺は少し驚いた。
「珍しいですね」
「あたしも、たまにはそういうことをする」
ミルヴァが少し前を向いた。
「パーティのことだ」
「聞きます」
色を確認した。
いつもの灰色に近い色だった。
でも、今日は少し違った。
緊張に近い色が、混ざっていた。
いつもの路地ではなかった。
ギルドの近くの、小さな茶屋だった。
ミルヴァが先に入った。
俺がついていった。
席に座った。
ミルヴァが茶を頼んだ。
「俺も同じもので」
茶が来た。
ミルヴァが少し間を置いた。
「単刀直入に言う」
「どうぞ」
「あたし、そろそろ情報ギルドを出ようと思っている」
俺は少し間を置いた。
「そうですか」
「驚かないのか」
「驚いています。でも、顔に出さない方がいいと思いました」
「正直な冒険者だな」
ミルヴァが茶を飲んだ。
「情報ギルドには五年いた。それなりに稼いだ。でも、そろそろ潮時だと思っている」
「なぜですか」
「ベルガンの件で、あたしの情報網に少し穴が開いた。魔族側に、情報屋の動きが察知されていた可能性がある」
「そうですか」
「情報屋にとって、身バレは致命的だ。しばらく表立って動けない」
「それで、動き方を変える、ということですか」
「そうだ」
ミルヴァが俺を見た。
「あんたのパーティに、入れてもらえないか」
静かになった。
俺は茶を飲んだ。
少し考えた。
「条件を聞いてもいいですか」
「条件、ね」
「ミルヴァさんがパーティに何をもたらすか。俺たちに何を求めるか。両方聞きたいです」
ミルヴァが少し目を細めた。
「真っ当な聞き方だ」
「段取りですから」
「そうだな」
ミルヴァが少し前を向いた。
「あたしがもたらすもの。まず、情報収集能力。索敵とは違う、人の動きや裏の流れを読む力だ」
「それ以外は」
「戦闘だ」
「戦闘能力はどの程度ですか」
ミルヴァが少し俺を見た。
「あたしの職は、ニンジャだ」
俺は少し間を置いた。
「盗賊の上位職ですか」
「そうだ。隠密、暗殺、潜入が専門だ。トラップの設置と解除もできる。ダンジョンなら先行して危険を排除できる」
「戦闘では」
「一撃で終わらせることを得意としている。即死特効がある。条件が整えば、格上の相手にも致命傷を与えられる」
俺は少し考えた。
「アーヴィンさんとは、役割が異なりますね」
「そうだ。あいつは正面から制圧する。あたしは気づかれる前に終わらせる。方向性が違う」
「なるほど」
「役割が被らない方が、パーティとしては動きやすいだろ」
「そうですね」
ミルヴァが続けた。
「俺たちに求めることは」
「安全な場所で動けること。情報ギルドにいると、常に誰かに見られている感覚がある。あんたたちと動けば、少し違う」
「守ってほしい、ということですか」
「そう言うと格好悪いが、まあそうだ」
ミルヴァが少し顔を逸らした。
「あたしが動ける環境を確保してくれれば、情報と戦闘の両面でかなり貢献できる。足は引っ張らない」
「わかりました」
「返事は」
「今日はできません。全員に話を通してから決めます」
「そうか」
「ただ、一つだけ聞かせてください」
「なんだ」
「なぜ、うちのパーティですか」
ミルヴァが少し間を置いた。
「セリウスが信頼している。それが一番の理由だ」
「それだけですか」
「……あとは」
ミルヴァが少し前を向いた。
「あんたたちを、何度か遠くから見ていた」
「遠くから、ですか」
「情報屋の習慣だ。気になる対象は観察する」
「どう見えましたか」
「うまくいっているパーティじゃなかった。最初は」
「そうですね」
「でも、少しずつ変わっていった。一人ひとりが変わって、全体が変わった」
ミルヴァが俺を見た。
「そういうパーティに、一度入ってみたかった」
静かな声だった。
いつものビジネスライクな口調ではなかった。
俺は少し間を置いた。
「わかりました。全員に話します」
「いつ返事をもらえる」
「明日中には」
「わかった」
ミルヴァが茶を飲んだ。
「一つだけ言っておく」
「なんですか」
「パーティ内の情報は基本無料だ。外の情報は別途請求する。それだけだ」
「合理的ですね」
「リアみたいなことを言うな」
「そうですか」
「そいつの口癖だろ、合理的って」
「よく知っていますね」
「観察していたからな」
ミルヴァが立った。
「明日、返事をくれ」
「はい」
「頼む」
ミルヴァが先に出た。
俺はしばらく、茶を飲んだ。
色を確認した。
ミルヴァが出ていった方向を見た。
灰色に近い色が、今日は少し違った。
期待に近い色が、混ざっていた。
珍しかった。
情報屋として長く動いてきた人間の色に、期待が混ざっていた。
悪くない、と思った。
ニンジャか。
聞いたことはあった。
盗賊の上位職。
隠密と暗殺を専門とする実戦職。
アーヴィンさんとは正反対の方向だった。
でも、それがいい。
現場に、同じ役割は要らない。
違う役割が、段取りを広げる。
段取りが、広がっていた。
宿に戻った。
夕食の前に、全員を集めた。
「話があります」
全員が俺を見た。
「ミルヴァさんから、パーティ加入の申し出がありました」
静かになった。
マユミが言った。
「情報屋が入るのか」
「情報ギルドを出るつもりだそうです。職業は、ニンジャです」
全員が少し止まった。
「ニンジャか」
アーヴィンさんが言った。
「はい。隠密、暗殺、潜入が専門です。トラップの設置と解除もできます。一撃で仕留める即死特効もあるそうです」
「強いな」
マユミが言った。
「そうですね。戦闘でも単独で完結できる実力があります」
「なぜうちに来る」
「セリウスさんが信頼しているパーティだから、というのが理由の一つです。ベルガンの件で情報網に穴が開き、身バレのリスクがあるそうです」
「それだけか」
「もう一つ。うちのパーティが変わっていくのを、遠くから見ていたそうです。そういうパーティに入ってみたかったと」
コリンが言った。
「観察されていたんですね」
「そうです」
「情報屋らしいですね」
「そうですね」
リアが言った。
「ニンジャが加わると、ダンジョンの先行偵察が大幅に強化されます。トラップ解除もできるなら、安全マージンが上がります。合理的な補強です」
「そうですね」
「加わった場合、役割の整理が必要です。アーヴィンさんとミルヴァさんは、同じ前衛でも動き方が全く異なります」
「その通りです」
「それが強みになります」
「はい」
アーヴィンさんが静かに言った。
「信用できるか」
「セリウスさんが信頼しています。情報の精度も高い。これまでの情報で、外れたことはありません」
「そうか」
「一点だけ確認させてください」
俺は全員を見た。
「反対する人はいますか」
誰も何も言わなかった。
マユミが言った。
「反対はしない。ただ」
「なんですか」
「うちのやり方に合わせてもらう。パーティの段取りは、お前が組む。それは変えない」
「わかりました」
「それだけだ」
リアが言った。
「同意します」
コリンが言った。
「俺も」
アーヴィンさんが頷いた。
「わかった」
全員の意思が揃った。
「では、明日、ミルヴァさんに伝えます」
「そうしろ」
マユミが少し前を向いた。
「六人になるのか」
「そうですね」
「ニンジャか。想像できないな」
「俺もです」
「でも、悪くない」
マユミが少し笑った。
「強いなら、頼りになる」
「そうですね」
「段取りの幅も広がるだろ」
「広がります」
「ならいい」
マルティナさんが夕食を出した。
「話は終わったか」
「はい」
「食え」
全員が食べた。
うまかった。
六人目の段取りが、始まった。
第九十一話「ミルヴァと、新しい話」 了




