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第九十話「ガデルと、緋晶鋼の答え」

 翌日の朝。


 宿に使いの者が来た。


 マルティナさんが俺を呼んだ。


「お前に客だ」


 食堂に出た。


 若い男が立っていた。


「ガデルさんからです。例の素材の件で、来てほしいと」


「わかりました。今日の午前中に伺います」


「はい。お待ちしています」


 使いの者が去った。


 マルティナさんが俺を見た。


「鍛冶屋か」


「はい」


「何かできたのか」


「まだわかりません。確認に行きます」


 マルティナさんが頷いた。


「飯を食ってから行け」


「はい」



 マユミに告げた。


「ガデルさんから呼び出しです。一緒に来てください」


「《緋晶鋼》の件か」


「そうだと思います」


 マユミが短剣を少し持ち直した。


「行くぞ」


「少し待ってください。飯を食べてから」


「急がないのか」


「急ぎません。腹が減ると判断が鈍ります」


「マルティナさんみたいなことを言うな」


「いい言葉なので使っています」


 マユミが少し笑った。


「わかった。食べてから行く」



 飯を食べた。


 二人で工房へ向かった。


 路地を入った。


 扉を叩いた。


 すぐに開いた。


「来たか。入れ」


 中に入った。


 ガデルの顔が、いつもと少し違った。


 真剣だった。


 でも、いつもの厳しさとは違った。


 何かに向き合っている顔だった。


 作業台の上に、包みがあった。


 布の隙間から、赤い光が漏れていた。


「座れ」


 椅子に座った。


 ガデルが作業台の前に立った。


「調べた。一週間かかった」


「ありがとうございます」


「礼はいい。聞け」


「はい」


 ガデルが包みを少し開いた。


 赤い光が、工房の中に広がった。


「普通の鉱石じゃない。お前が言った通りだ」


「やはりそうですか」


「意思がある。二つ」


「声が聞こえましたか」


「声は聞こえない。俺は職人だ。スキルじゃなく、素材で感じる」


「どう感じましたか」


「二つの性質がある。一つは熱を出したがっている。もう一つは熱を抑えようとしている」


 俺は少し息を整えた。


「打てますか」


 ガデルが少し間を置いた。


「打てる」


「条件があると言っていましたね」


「ああ」


 ガデルが全員を見た。


「まず、素材が二個必要だ」


「二個、ですか」


「この鉱石は一個だ。もう一個いる」


「二個で、一対になるということですか」


「そうだ。一個では打てない。二個揃って初めて、対になる武器が完成する」


 マユミが言った。


「双剣だから、か」


「そうだ。この素材は、対でなければ意味がない。片方だけでは、力が暴走する」


「もう一個は、どこで手に入りますか」


 ガデルが少し考えた。


「同じ場所には、もう一個あるはずだ。火山地帯で見つけたなら、近くに対になるものがある可能性が高い」


「もう一度、行く必要がありますか」


「そうだ」


 俺はマユミを見た。


 マユミが静かに頷いた。


「行く」


「わかりました」


 ガデルが続けた。


「次に、使う人間の動きを見る必要がある。前に言ったな」


「はい。本人も一緒に来い、と」


「今日、見る」


「今日ですか」


「時間があるなら、今日がいい。素材を調べて、使う人間を見て、それから設計を考える。順番がある」


「わかりました」


 ガデルがマユミを見た。


「動いてみろ」


「ここでか」


「そこに少し広い場所がある」


 工房の奥に、少し開けた場所があった。


 マユミが短剣を抜いた。


 動いた。


 素振りをした。

 足を動かした。

 体を回転させた。


 ガデルが見ていた。


 じっと見ていた。


 マユミが止まった。


「どうだ」


「もう少し動け。実戦に近い動きで」


「わかった」


 マユミがもう一度動いた。


 今度は、実戦を意識した動きだった。


 踏み込んだ。

 体を低くした。

 速く動いた。


 ガデルが頷いた。


「止まれ」


 マユミが止まった。


「速いな」


「そうだろ」


「足元が安定している。重心が低い」


「生まれつきだ」


「違う」


 ガデルが言った。


「鍛えた体だ。生まれつきじゃない。積み上げてきたものだ」


 マユミが少し止まった。


「……そうか」


「双剣は、重心が崩れると扱えない。お前なら扱える」


「打てるか」


「打てる」


 マユミが少し前を向いた。


 オレンジに近い赤の色が、鮮やかに揺れた。


「よかった」


「ただし」


 ガデルが続けた。


「素材が二個揃ってから、だ。一個では打てない。もう一個持ってきてから始める」


「わかった」


「急ぐな。素材が揃ってから来い。それまで、俺は設計を考える」


「どのくらいかかりますか」


「素材が揃ってからの話だ。急かすな」


「わかりました」


 ガデルが少し俺を見た。


「もう一個の素材、見つけられるか」


「わかりません。でも、探します」


「段取りを組むのがお前の仕事だろ」


「そうです」


「なら、組め」


「はい」


 ガデルが包みを閉じた。


「これは預かっておく。もう一個が来たとき、合わせて確認する」


「よろしくお願いします」


「一つだけ言っておく」


 ガデルが俺とマユミを見た。


「この素材は、生きている。打ち終わったとき、何かが起きるかもしれない」


「どういうことですか」


「精霊が宿っているなら、完成した武器に反応する可能性がある。俺には予測できない。覚悟しておけ」


「わかりました」


「それだけだ。次は素材を持ってきたときに来い」


 工房を出た。



 路地を歩いた。


 マユミが言った。


「もう一個か」


「そうですね。もう一度、火山地帯に行く必要があります」


「いつ行く」


「段取りを組みます。ただ、今は他にも動きがあります」


「アーヴィンのBランクの後だから、少し余裕があるか」


「そうですね。ただ、ミルヴァさんの件もあります」


「ミルヴァか。パーティに入るのか」


「まだ確定していません。でも、動きがあるかもしれません」


 マユミが少し考えた。


「情報屋がパーティに入るのか。想像できないな」


「俺もです」


「でも、悪くないかもしれない」


「そうですね」


 マユミが少し前を向いた。


「双剣、楽しみだ」


「そうですね」


「ガデルが打てると言った。それだけで十分だ」


「後は素材だけです」


「また火山地帯か」


「今度はもっと奥まで行くかもしれません」


「それも悪くない」


 マユミが短剣を少し持ち直した。


「今度は、もっとうまく動ける気がする」


「装備も慣れましたし、全員の連携も上がっています」


「そうだな」


 マユミが俺を見た。


「段取り、任せていいか」


「任せてください」


「頼りにしてるぞ」


「ありがとうございます」


「礼を言うな。照れる」


「そうですか」


「そうだ」


 マユミが歩き始めた。


 俺も歩いた。


 並んで歩いた。


 次の段取りが、見えていた。


 もう一個の《緋晶鋼》。


 火山地帯への再挑戦。


 双剣の完成。


 全部が、繋がっていた。


 段取りを組む。


 現場が一番偉い。


 一歩ずつ、進む。



 宿に戻った。


 全員が食堂にいた。


「どうだったんですか」


 コリンが聞いた。


「打てると言われました。ただ、素材がもう一個必要です」


「もう一個、ですか」


「双剣は対になる素材が二個いるそうです。もう一度、火山地帯に行く必要があります」


 リアが言った。


「準備が必要ですね」


「そうですね」


「前回の経験があります。今回はより効率的に動けます」


「頼みます」


「問題はありません」


 アーヴィンさんが静かに言った。


「次の火山地帯は、Bランクとして動く」


「そうですね」


「依頼の難易度も上げられる」


「そうです。選択肢が広がります」


 アーヴィンさんが少し前を向いた。


「楽しみだ」


 二度目だった。


 アーヴィンさんが「楽しみ」と言うのを聞いた。


 前回驚いた。


 今回は、少し慣れていた。


 でも、やはり嬉しかった。


 マユミが言った。


「じゃあ、次の火山地帯、全員で行くか」


「そうしましょう」


「いつ行く」


「少し準備をしてから。ミルヴァさんの動きも確認してから」


「わかった」


「急ぎません。でも、止まりません」


 マユミが少し笑った。


「毎回同じことを言うな」


「正しいと思っているので」


「わかってる」


 マルティナさんが厨房から出てきた。


「昼飯ができた。食え」


「ありがとうございます」


「どうだった、鍛冶屋は」


「いい答えをもらいました」


「そうか」


 マルティナさんが全員を見た。


「食え。次の段取りは飯を食ってから考えろ」


「はい」


 全員が食べた。


 うまかった。


 次の段取りが、見えていた。


 でも、今はまず飯だ。


 マルティナさんが正しかった。


 いつも正しかった。



第九十話「ガデルと、緋晶鋼の答え」 了


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