第八十九話「Bランクと、沈黙の剣士」
三日後の朝。
全員が早く起きた。
マルティナさんがいつもより早く飯を出した。
「食え」
「はい」
全員が食べた。
静かだった。
でも、今日の静けさは違った。
張り詰めていなかった。
前向きな静けさだった。
アーヴィンさんが黙って食べていた。
色を確認した。
深い青。
落ち着いていた。
揺れていなかった。
覚悟が固まっている色だった。
マルティナさんが出てきた。
全員を見た。
「今日か」
「はい」
「そうか」
マルティナさんがアーヴィンさんを見た。
「行ってこい」
短かった。
命令形だった。
でも、いつもと少し違った。
温かかった。
アーヴィンさんが少し頷いた。
「ああ」
それだけだった。
それで十分だった。
ギルドへ向かった。
全員で歩いた。
朝の街は静かだった。
アーヴィンさんが全員の中を歩いた。
後方ではなかった。
中にいた。
それがもう、自然になっていた。
ギルドに着いた。
セリウスさんが受付の前に立っていた。
「来てくれましたね。では、始めましょう」
手続きの場所へ移動した。
広めの部屋だった。
審査官が二人いた。
書類が並んでいた。
「アーヴィン・ドレイクさん、Bランク昇格の審査を始めます」
アーヴィンさんが前に出た。
名前を確認した。
実績を確認した。
ダンジョン制覇の記録。
討伐実績。
パーティ内での評価。
審査官が書類を確認した。
「問題ありません。実力は十分に確認されています」
「では、手続きを進めます」
書類にサインをした。
確認が取られた。
セリウスさんが前に出た。
Bランクの証を持っていた。
「アーヴィン・ドレイクさん。本日付けでBランクへの昇格を認定します」
アーヴィンさんが受け取った。
両手で持った。
少し、下を向いた。
誰も何も言わなかった。
静かな時間だった。
でも、重い静けさではなかった。
アーヴィンさんが顔を上げた。
「ありがとう」
セリウスさんに言った。
セリウスさんが少し目を細めた。
「おめでとうございます」
静かな声だった。
でも、重みがあった。
五年間、この言葉を言いたかったのかもしれなかった。
マユミが前に出た。
「二つ名は」
セリウスさんが少し微笑んだ。
「ギルドの記録には、すでに候補があります」
「なんだ」
「沈黙の剣士」
全員が静かになった。
マユミが言った。
「誰がつけた」
「ギルドに記録が残っていました。五年前から、すでにそう呼ばれていたようです」
俺はアーヴィンさんを見た。
色が、少し揺れた。
深い青の中に、何かが混ざった。
重さではなかった。
懐かしさに近い色だった。
「五年前から、ですか」
アーヴィンさんが静かに言った。
「そうです。当時から、そう呼ばれていたという記録が残っています」
「そうか」
アーヴィンさんが証を見た。
「沈黙の剣士か」
「受け入れますか」
「ああ」
アーヴィンさんが証を持ち直した。
「似合っているかどうかはわからない」
「似合っています」
マユミが言った。
「お前が言うのか」
「俺が言う」
「そうか」
アーヴィンさんが少し前を向いた。
口の端が上がった。
マユミが笑った。
コリンが少し目を赤くした。
リアが前を向いていた。
でも、澄んだ青の色が、今日は少し揺れていた。
俺は羅針盤を確認した。
静かだった。
でも、今日は全員の色を感じていた。
深い青。
オレンジに近い赤。
澄んだ青。
落ち着いた緑。
全部が、揃っていた。
ギルドを出た。
外に出ると、空が青かった。
マユミが大きく伸びをした。
「すっきりした」
「そうですね」
「なんか、全部揃った感じがする」
「そうですね」
コリンが言った。
「今日は依頼、どうしますか」
「今日は休みにします」
「珍しいですね」
「節目ですから」
「そうですね」
マユミがアーヴィンさんを見た。
「今日は何する」
「歩く」
「一人でか」
「お前たちも来るか」
マユミが少し驚いた顔をした。
「アーヴィンが誘うのか」
「嫌なら一人で行く」
「行く。行くに決まってる」
マユミが即答した。
コリンが言った。
「俺も行きます」
リアが言った。
「合理的な休日の過ごし方です」
「合理的かどうかはわかりませんが」
「みんなで歩くのは、情報共有の場にもなります。合理的です」
マユミが笑った。
「リアは本当に面白いな」
「面白いつもりはありません」
「そこが面白い」
リアが少し顔を逸らした。
青の色が揺れた。
五人で、街を歩いた。
セリウスさんは「ゆっくり休んでください」と先に戻っていた。
行き先は決めていなかった。
ただ歩いた。
市場を通った。
川沿いを歩いた。
広場に出た。
アーヴィンさんが先を歩いた。
でも、全員が見えるくらいの距離だった。
以前と違った。
以前は、後ろを歩いていた。
今日は、前を歩いていた。
でも、一人ではなかった。
広場の端に、ベンチがあった。
全員で座った。
しばらく、何も言わなかった。
風があった。
空が青かった。
マユミが言った。
「なあ、アーヴィン」
「なんだ」
「Bランクになって、どんな感じだ」
アーヴィンさんが少し考えた。
「わからない。まだ実感がない」
「そうか」
「ただ」
アーヴィンさんが少し前を向いた。
「軽い」
「軽い?」
「体が、ではない。何かが、軽い」
マユミが少し考えた。
「荷物が降りた感じか」
「近い」
「そうか」
マユミが空を見た。
「俺も、そういうときがあった」
「いつだ」
「お前たちと組んだとき。一人で動いていたより、ずっと軽かった」
アーヴィンさんが少し俺を見た。
「ヒコは」
「俺もです。商人ギルドを辞めたとき、少し軽くなりました」
「段取りが変わったからか」
「そうかもしれません」
コリンが言った。
「俺は、師匠が亡くなったあと、ずっと重かったです。でも、このパーティに入ってから、少し降りた気がします」
「降りたか」
「全部じゃないですけど。少し」
リアが静かに言った。
「俺も、同じです」
コリンが少し驚いた顔をした。
「リアさんも、ですか」
「師匠が亡くなってから、一人で動いていました。誰かと組む意味を、あまり感じていませんでした」
「今は」
「今は、違います」
リアが少し前を向いた。
「合理的です。一人より五人の方が、できることが多い」
マユミが笑った。
「そういう言い方をするのがリアらしい」
「そうですか」
「悪くない」
リアが少し顔を逸らした。
青の色が、明るく揺れた。
しばらく、全員でベンチに座っていた。
話したり、黙ったりした。
風が吹いた。
アーヴィンさんが証を少し取り出した。
見た。
仕舞った。
「沈黙の剣士か」
独り言のようだった。
「どうですか」
俺が聞いた。
「悪くない」
「そうですか」
「五年前から、そう呼ばれていたなら」
アーヴィンさんが少し前を向いた。
「レインも、知っていたかもしれない」
静かな声だった。
「知っていたと思います」
「そうか」
間があった。
「なら、受け取る。その名前を」
俺は頷いた。
「よかったです」
マユミが言った。
「じゃあ、緋閃と沈黙の剣士か。なんか、かっこいいな」
「マユミさんもかっこいいですよ」
「当たり前だ」
マユミが短剣を少し持ち直した。
「双剣になったら、もっとかっこよくなる」
「そうですね」
「楽しみだ」
オレンジに近い赤の色が、鮮やかだった。
アーヴィンさんの深い青が、落ち着いていた。
リアの澄んだ青が、揺れていた。
コリンの落ち着いた緑が、温かかった。
全部が揃っていた。
羅針盤が、静かに揺れていた。
全員を感じていた。
また、少し変わった反応だった。
セリウスさんへの報告が必要だった。
でも、今日はここにいる。
全員が揃っている。
それだけでいい。
段取りは、次がある。
でも、今日は今日だ。
空が青かった。
風が吹いた。
それだけでいい。
第八十九話「Bランクと、沈黙の剣士」 了




