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第八十六話「帰り道と、変わったもの」

 帰り道。


 六人で歩いた。


 アーヴィンさんがいつもより少し前を歩いた。


 後方ではなかった。


 先頭でもなかった。


 全員の中に、自然に混ざっていた。


 それが、今日一番の変化だった。



 しばらく歩いたとき、マユミが俺の横に来た。


「なあ」


「なんですか」


「アーヴィンの色、変わったか」


 俺は少し驚いた。


「スキルのことを知っていますか」


「知ってる」


「いつから」


「だいぶ前から。お前が時々、確認するような目をするから」


 俺は少し間を置いた。


「気づいていたんですか」


「お前の目は正直だ。人を見るときと、スキルで確認するときで、少し違う」


 俺は何も言わなかった。


「色が見えるのか」


「はい」


「全員の」


「全員の」


 マユミが少し前を向いた。


「俺の色は何だ」


「オレンジに近い赤です」


「へえ」


「鮮やかで、よく動きます。感情が素直に出る色です」


 マユミが少し黙った。


「……悪くないな」


「そうですね」


「アーヴィンは」


「今日、変わりました。ぼやけていた色が、少し晴れました」


「よかった」


 マユミが短く言った。


「よかった」


 もう一度言った。


 俺も頷いた。


「よかったです」



 セリウスさんが俺の横に来た。


「少し話してもいいですか」


「どうぞ」


「アーヴィンさんの色が変わりましたか」


「はい。ぼやけが薄れました。深い青が見えています」


「そうですか」


 セリウスさんが少し前を向いた。


「五年間、あの色がずっと気になっていました。スキルがなくても、わかるものがあります」


「そうですね」


「今日、少し楽になりました」


「セリウスさんも、ですか」


「私も、ずっと抱えていました。止めに行けなかったことを」


「でも、今日来られました」


「そうですね」


 セリウスさんが少し笑った。


「あなたの言葉は、いつも短くて的確ですね」


「段取りを組む癖があるので、余計なことは言いません」


「それが強みですよ」


 並んで歩いた。



 一時間ほど歩いたとき、アーヴィンさんが後ろを向いた。


 全員を見た。


「少し休むか」


 珍しかった。


 アーヴィンさんが休憩を提案するのは、初めてだった。


「そうしましょう」


 木陰に座った。


 コリンが水を配った。


「全員、問題ありませんか」


「ない」


「問題はありません」


「俺もないです」


「ありません」


 コリンがアーヴィンさんを見た。


「アーヴィンさんは」


「問題ない」


「よかったです」


 コリンが水を渡した。


 アーヴィンさんが受け取った。


「ありがとう」


 コリンが少し目を細めた。


「いいえ」


 それだけだった。


 でも、十分だった。



 リアが木にもたれて座っていた。


 コリンがその横に座った。


 自然にそうなった。


 マユミが俺の隣に座った。


「アーヴィンが休憩を言い出すとは思わなかったな」


「俺もです」


「変わった」


「変わりましたね」


「いい変わり方だ」


「そうですね」


 マユミが空を見た。


「なんか、すっきりした感じがする」


「マユミさんも何か抱えていましたか」


「アーヴィンのことが、ずっと引っかかってた。何かあるのはわかってたけど、聞けなかった」


「聞かなくて正解でした」


「そうか」


「本人が話す準備ができるまで、待つのが正解でした」


「お前がそう思って待ってたんだろ」


「はい」


「段取りか」


「段取りです」


 マユミが少し笑った。


「ありがとう、と言っていいか」


「何がですか」


「アーヴィンのことを、ちゃんと考えてくれてたから」


「パーティの仲間です。当然のことをしました」


「当然じゃない」


 マユミが短く言った。


「お前がいなかったら、こうはならなかった。それだけだ」


 俺は少し間を置いた。


「ありがとうございます」


「礼を言うな。照れる」


「そうですか」


「そうだ」


 マユミが前を向いた。


 オレンジに近い赤の色が、今日は穏やかだった。


 温かい色だった。



 アーヴィンさんがセリウスさんの横に座っていた。


 二人で、何か話していた。


 小声だった。


 聞こえなかった。


 でも、色でわかった。


 アーヴィンさんの深い青が、少し揺れていた。


 セリウスさんの色も、穏やかだった。


 五年間、それぞれに抱えていたものを、少しずつ降ろしていた。


 今がその時間だった。


 俺は目を逸らした。


 見ない方がいいものがある。


 それだけだ。



 休憩が終わった。


 歩き始めた。


 アーヴィンさんが俺の横に来た。


「ヒコ」


「はい」


「剣が、違う」


「どう違いますか」


「静かだ。今まで、ずっと何かが漏れている感じがした。今日、初めて収まった」


「鞘があれば、制御できます」


「そうだな」


 アーヴィンさんが少し前を向いた。


「声なき対話、というのがある」


「剣が意思を持つ、というやつですか」


「ああ。今まではノイズが多くて、わからなかった。今日、初めてはっきり感じた」


「何を感じましたか」


 アーヴィンさんが少し間を置いた。


「……待っていた、という感覚だ」


 俺は黙って聞いた。


「剣が、ずっと待っていた。鞘が戻るのを」


「そうですか」


「俺も、同じだったかもしれない」


 静かな声だった。


「待っていたんじゃなくて、止まっていた。でも、今日動いた」


「動けましたね」


「ああ」


 アーヴィンさんが少し俺を見た。


「次は、Bランクだな」


 俺は少し驚いた。


「自分から言いましたね」


「そうだな」


「いつ頃ですか」


「急がない」


「そうですね」


「でも、止まらない」


 俺は少し笑った。


「俺の言葉ですね」


「正しいと思ったので使った」


「ありがとうございます」


「礼はいらない」


 並んで歩いた。


 アーヴィンさんの色が、今日は深い青だった。


 ぼやけが、ほとんどなかった。


 静かで、強い色だった。


 《沈黙の長剣》と《無響の戦装》と、その色が、今日初めて全部揃った気がした。



 街が見えてきた。


 夕方の光だった。


 橙色だった。


 マユミが言った。


「帰ってきた」


「そうですね」


「飯が待ってる」


「マルティナさんが取っておいてくれています」


「急ごう」


 マユミが少し速く歩いた。


 コリンが笑った。


「マユミさん、急ぎすぎです」


「うるさい。腹が減った」


「俺も減りました」


「なら急げ」


「そうですね」


 リアが言った。


「効率的な判断です」


 全員が少し笑った。


 アーヴィンさんも、口の端が上がった。


 セリウスさんが言った。


「こういう時間は久しぶりです」


「どういう意味ですか」


「みんなで笑いながら帰る時間です。五年前は、こういう時間がありました」


 静かな声だった。


「また、こういう時間ができて、よかったです」


 誰も何も言わなかった。


 でも、全員が聞いていた。


 アーヴィンさんが少し前を向いた。


「……そうだな」


 短かった。


 でも、重かった。


 街の灯りが見えてきた。


 六人で、歩いた。


 今日が、終わる。


 でも、何かが、始まった。


 段取りの次が、見えていた。



第八十六話「帰り道と、変わったもの」 了

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