第八十三話「セリウスと、鞘の在処」
翌朝。
食堂で朝食を終えたとき、アーヴィンさんが俺に言った。
「今日、セリウスのところへ行く」
「一緒に行きますか」
「来てくれ」
短かった。
でも、それだけで十分だった。
全員に告げた。
「少し用があります。先に掲示板を見ていてください」
「わかった」
マユミが頷いた。
アーヴィンさんを見た。
何も言わなかった。
でも、目が少し違った。
行ってこい、という目だった。
執務室の扉を叩いた。
「どうぞ」
入った。
セリウスさんが書類から顔を上げた。
アーヴィンさんを見た。
少し、目が揺れた。
「久しぶりに、あなたから来てくれましたね」
アーヴィンさんが椅子に座った。
俺も座った。
セリウスさんが書類を脇に置いた。
「話があります」
アーヴィンさんが言った。
「聞かせてください」
セリウスさんが静かに答えた。
間があった。
アーヴィンさんが、少し前を向いた。
「鞘の在処を、教えます」
静かになった。
セリウスさんが、ゆっくりと息を吐いた。
「……そうですか」
「五年、言えなかった」
「わかっています」
「言う覚悟が、なかった」
「わかっています」
アーヴィンさんが少し俯いた。
「火山地帯で、ヒコが鉱石を見つけた。レインが手を伸ばしていたものと同じ種類だった」
「そうですか」
「レインが置いていったものを、ヒコが拾った。俺が置いていったものは、俺が拾わなければならない」
セリウスさんが静かに聞いていた。
「それで、覚悟が決まりました」
「そうですか」
セリウスさんが少し目を伏せた。
「ありがとうございます」
「礼はいらない」
「そうですね。では、聞かせてください。鞘は、どこにありますか」
アーヴィンさんが少し間を置いた。
「街から北東、半日の距離だ」
「《霧裂きの穴》の近くですね」
「そうだ。穴から少し外れた岩場に、目印を置いた。五年前に」
「目印は今も残っていますか」
「先日、確認した。まだあった」
セリウスさんが頷いた。
「鞘は、目印の近くにありますか」
「目印の下だ。岩を退かせば出てくる」
「状態は」
「わからない。五年、放置していた」
「確認が必要ですね」
「そうだ」
セリウスさんが少し前を向いた。
「取りに行きますか」
「行く」
「いつ頃ですか」
「段取りは、ヒコに任せる」
セリウスさんが俺を見た。
「聞いていましたね」
「はい」
「段取りを組めますか」
「組めます。ただ、一つ確認させてください」
「どうぞ」
「セリウスさんも一緒に行きますか」
「行きます。以前そう言いました」
「わかりました」
俺は少し考えた。
「パーティの全員で行きます。ただ、目的は全員に話す必要があります」
アーヴィンさんが少し止まった。
「全員に、か」
「全員で動くなら、全員が知っている方がいいです。知らないまま動かせません」
アーヴィンさんが少し間を置いた。
「……わかった」
「アーヴィンさんから話しますか。俺から話しますか」
「俺が話す」
「そうしてください」
セリウスさんが静かに言った。
「日取りはいつにしますか」
「三日後はどうですか。準備に一日、移動に半日。鞘の状態を確認して、その日のうちに戻れます」
「問題ないですか、アーヴィンさん」
「問題ない」
「わかりました。三日後に」
セリウスさんが少し俺を見た。
「段取りが早いですね」
「考えていました。いつでも組めるように」
「いつからですか」
「アーヴィンさんが《霧裂きの穴》の近くに行ったと話してくれた夜からです」
セリウスさんが少し目を細めた。
「そうですか」
「やることは変わりません。見える範囲で、準備する。それだけです」
セリウスさんが頷いた。
アーヴィンさんが立った。
「以上か」
「以上です」
「戻る」
「少し待ってください」
セリウスさんがアーヴィンさんを呼び止めた。
アーヴィンさんが振り返った。
セリウスさんが立った。
アーヴィンさんの前に立った。
「五年間、一人で抱えていましたね」
「……そうだ」
「私が、間に合わなかった。ずっと、申し訳なかった」
アーヴィンさんが少し目を逸らした。
「セリウスのせいじゃない」
「そうかもしれません。でも、そう思っていました」
「俺も、同じだ」
静かな声だった。
「誰かのせいじゃない。でも、俺のせいだと思っていた」
「そうですね」
セリウスさんが少し間を置いた。
「三日後、一緒に行きます」
「ああ」
「行って、終わらせましょう」
「……終わるかどうかはわからない」
「そうですね。でも、向き合えます」
アーヴィンさんが少し頷いた。
色を確認した。
青白いぼやけ。
でも、今日は違った。
覚悟の色が、固まっていた。
まだ揺れていた。
でも、もう崩れない色だった。
扉を出た。
廊下を歩いた。
三人で並んで歩いた。
アーヴィンさんが前を向いたまま言った。
「ヒコ」
「はい」
「ありがとう」
短かった。
でも、重かった。
五年分の重さがあった。
「段取りを組んだだけです」
「それで十分だ」
セリウスさんが少し笑った。
「本当に、そういう人ですね」
「現場仕込みなので」
「その言葉、好きですよ」
「よく言われます」
廊下を歩いた。
外の光が見えてきた。
三日後が、もう見えていた。
掲示板の前に戻った。
全員が待っていた。
マユミが俺を見た。
アーヴィンさんを見た。
何も言わなかった。
アーヴィンさんが全員を見た。
「少し、話がある」
全員が静かになった。
「今日の依頼の前に聞いてくれ」
「わかった」
全員でギルドの端の席に移動した。
座った。
アーヴィンさんが少し間を置いた。
俺はアーヴィンさんの色を確認した。
青白いぼやけ。
でも、固まっていた。
覚悟の色だった。
「五年前のことを話す」
誰も何も言わなかった。
「俺はかつて、セリウスとレインと同じパーティにいた。任務の途中で、魔族が関わる封印の案件が発生した」
静かに聞いていた。
「封印を完成させるために、《沈黙の長剣》の鞘を使う必要があった。鞘を外すことで封印が成立する。そういう仕組みだった」
アーヴィンさんが少し前を向いた。
「鞘を外した。封印は成功した。でも、パーティが壊滅した。レインが消えた。俺だけが残った」
長い間があった。
「鞘は、《霧裂きの穴》の近くに置いてきた。五年間、取りに行けなかった」
マユミが静かに聞いていた。
リアが前を向いていた。
コリンが少し俯いていた。
「三日後、取りに行く。セリウスも来る。全員で動く」
アーヴィンさんが全員を見た。
「一緒に来てくれるか」
誰も何も言わなかった。
マユミが先に口を開いた。
「当たり前だろ」
短かった。
でも、それだけで十分だった。
リアが言った。
「問題はありません」
コリンが言った。
「もちろんです」
全員が頷いた。
アーヴィンさんが少し目を伏せた。
「……ありがとう」
珍しい言葉だった。
アーヴィンさんが礼を言うのを、俺は初めて聞いた。
色が、少し変わった。
青白いぼやけの中に、温かみが混ざった。
一瞬ではなかった。
今度は、続いていた。
第八十三話「セリウスと、鞘の在処」 了




