第八十二話「三日目と、帰り道」
三日目の朝。
野営地を出た。
空が白かった。
煙が遠くに見えた。
昨日より風があった。
残りの採取から始めた。
昨日確認しておいた場所だった。
段取りを組んであった。
「今日中に終わらせます。午後には帰り道に入りましょう」
「わかった」
「問題はありません」
「はい」
全員で動いた。
採取は、二時間ほどで終わった。
硫黄結晶、必要量全て。
コリンが確認した。
「依頼分は揃いました。品質も問題ありません」
「よかったです。では、帰ります」
全員が荷をまとめた。
マユミが背負いながら言った。
「思ったより早く終わったな」
「段取りを組んでいたので」
「またそれか」
「毎回同じです」
マユミが少し笑った。
「まあ、おかげで余裕がある。悪くない」
「そうですね」
出発した。
来た道を戻った。
帰り道は、足取りが軽かった。
荷物は増えていた。
でも、終わった、という感覚が体を軽くしていた。
前の世界でも同じだった。
現場が終わったときの、あの感覚。
岩場を抜けた。
草が増えた。
空気が変わった。
涼しくなった。
「生き返る」
マユミが言った。
「そうですね」
「火山地帯は、なんか疲れる」
「熱のせいです」
「体だけじゃなくて、なんか気が張る」
「危険が多い場所だからだと思います」
「そうか」
マユミが空を見た。
「でも、行ってよかった」
「そうですか」
「見つけたものがあったから」
包みのことを言っていた。
俺は頷いた。
「そうですね」
昼過ぎ、休憩を取った。
木陰に座った。
コリンが水を配った。
「全員、怪我はありませんか」
「ない」
「問題はありません」
「俺もないです」
「ありません」
「よかったです。マユミさんの手は」
「もう痛くない」
「見せてください」
「大丈夫だって」
「見せてください」
マユミが渋々手を出した。
コリンが確認した。
「回復しています。問題ありません」
「だから言っただろ」
「確認するのが俺の仕事です」
マユミが少し顔をしかめた。
でも、悪い顔ではなかった。
リアが水を飲みながら言った。
「今回の依頼で、索敵の改善点がわかりました」
「どういうことですか」
「熱源が多い環境では、精度が落ちます。対策として、索敵の範囲を絞って精度を上げる方法を試す必要があります」
「難しいですか」
「難しいですが、不可能ではありません。帰ってから練習します」
「頼みます」
「問題はありません」
リアが少し前を向いた。
澄んだ青の色が、落ち着いていた。
課題を見つけて、すでに次を考えている色だった。
コリンがリアの横に座っていた。
自然にそうなっていた。
二人とも、気づいていなかった。
俺は何も言わなかった。
アーヴィンさんが俺の横に来た。
並んで座った。
しばらく、何も言わなかった。
アーヴィンさんが口を開いた。
「帰ったら、セリウスに話す」
俺は少し驚いた。
「自分から、ですか」
「ああ」
「どんな話をするつもりですか」
「鞘のことだ。在処を伝える。取りに行く覚悟が、少し固まった」
俺は静かに聞いた。
「昨夜の話がきっかけですか」
「レインが手を伸ばしたものが、形になるかもしれないと言っただろ」
「はい」
「それを聞いて、俺も動かなければと思った」
アーヴィンさんが少し前を向いた。
「レインが置いていったものを、お前が拾った。俺が置いていったものは、俺が拾わなければならない」
「鞘のことですね」
「ああ」
間があった。
「怖いか、と聞くか」
「聞きません。でも」
「でも」
「怖くない人間は無茶をします。アーヴィンさんは怖い人ですよね」
アーヴィンさんが少し止まった。
「……俺が言った言葉だな」
「そうです」
「また返してきた」
「正しいと思っているので」
間があった。
アーヴィンさんが静かに言った。
「怖い」
「わかりました」
「でも、行く」
「段取りを組みます」
「頼む」
アーヴィンさんが立った。
色を確認した。
青白いぼやけ。
でも、今日は重さが違った。
覚悟の色だった。
まだ揺れていた。
でも、固まりかけていた。
ようやく、だった。
休憩を終えた。
歩き始めた。
マユミが俺の横に来た。
「アーヴィンと何か話してたか」
「少し」
「聞いていいか」
俺は少し考えた。
「今回は、少しだけ話します」
「珍しいな」
「帰ったら、アーヴィンさんがセリウスさんに話をします。そのあと、全員に関わる動きになります」
マユミが少し真剣な顔をした。
「でかい話か」
「そうです」
「アーヴィンの過去のことか」
「そうです」
「お前は知ってるんだな」
「少し」
マユミが前を向いた。
「わかった。全員で動くなら、そのときに聞く」
「ありがとうございます」
「礼はいらない」
マユミが少し間を置いた。
「アーヴィンが動けるなら、それでいい」
「そうですね」
マユミの色が、穏やかだった。
オレンジに近い赤。
信頼している色だった。
仲間を信じている色だった。
夕方、街が見えてきた。
全員が少し足を速めた。
「見えてきました」
「やっと帰れる」
「マルティナさんの飯が食べたいです」
コリンが言った。
「俺も」
マユミが言った。
「同じですね」
「保存食は腹は膨れるけど、うまくない」
「贅沢ですね」
「そうか」
「でも、わかります」
リアが言った。
「栄養より、おいしさが重要な場合があります」
「そうですか」
「精神的な充足も、体力の一部です。合理的な考え方です」
「なるほど」
全員が少し笑った。
アーヴィンさんは笑わなかった。
でも、口の端が少し動いた。
今日は、それだけで十分だった。
街に入った。
ギルドへ向かった。
依頼を完了報告した。
「硫黄結晶、全量確保しました。全員無事です」
受付が品質を確認した。
「問題ありません。満額でお支払いします」
「ありがとうございます」
報酬:銀貨三十枚。
一人あたり銀貨六枚。
「今月一番の報酬ですね」
コリンが言った。
「そうですね」
「頑張った甲斐がありました」
「次も頑張ります」
「そうですね」
全員に報酬を渡した。
マユミが銀貨を見た。
「いい額だ」
「そうですね」
「次は、もっと遠くまで行けるか」
「段取り次第です」
「また段取りか」
「いつも段取りです」
マユミが笑った。
宿に戻った。
マルティナさんが出てきた。
全員を見た。
「帰ったか」
「ただいま戻りました」
「怪我は」
「マユミさんが軽い火傷だけです。コリンさんが処置しました」
「そうか」
マルティナさんがマユミを見た。
「見せろ」
「もう治ってる」
「見せろ」
マユミが手を出した。
マルティナさんが確認した。
「問題ない。コリンがちゃんとやったな」
「はい」
「食え。帰ってきたら飯を食う」
「はい」
全員が食堂に座った。
マルティナさんが、いつもより多い飯を出した。
温かかった。
うまかった。
三泊四日の遠征が、終わった。
持ち帰ったものがあった。
これから始まるものがあった。
段取りを組む。
次の現場が、もう見えていた。
第八十二話「三日目と、帰り道」 了




