第八十一話「二日目と、アーヴィンの記憶」
翌朝。
野営地で目が覚めた。
空が白かった。
煙が遠くに見えた。
熱気はまだ穏やかだった。
起き上がった。
アーヴィンさんがいた。
野営地の端に立っていた。
鉱石の包みを見ていた。
俺が近づくと、振り返らずに言った。
「少し、いいか」
「はい」
全員から少し離れた岩の陰へ行った。
アーヴィンさんが静かに言った。
「昨夜の鉱石」
「はい」
「似たものを、見たことがある」
俺は黙って待った。
「五年前だ」
間があった。
「任務の途中で、似た色の光を見た。場所は違う。でも、あの赤さが同じだった」
「どこで見ましたか」
「封印をした場所の近くだ」
俺は静かに聞いた。
「《霧裂きの穴》の近くですか」
「いや。もっと遠い。街から三日の距離だった」
「そうですか」
「あのときは、触れなかった。任務が優先だった」
アーヴィンさんが少し前を向いた。
「でも、レインが触れた」
俺は息を整えた。
「レインさんが」
「ああ。触れた瞬間、レインが止まった。何かを聞いているような顔だった」
「声が聞こえていたかもしれません」
「そうか」
「昨日、俺も聞こえました。二つの声でした」
「レインも、そう言っていた」
間があった。
「二つの声だと言っていた。一つは荒々しくて、一つは静かだと」
俺は少し考えた。
「同じ鉱石ではないかもしれません。でも、同じ種類のものかもしれません」
「そうだな」
アーヴィンさんが岩に手をついた。
「レインは、あの鉱石を持ち帰ろうとしていた。でも、任務中だったから置いていった」
「そうですか」
「あの後、レインが消えた」
静かな声だった。
「関係があるかどうかはわからない。でも、ずっと引っかかっていた」
「わかります」
アーヴィンさんが俺を見た。
「お前は、その鉱石をガデルに持っていくと言っていたな」
「はい」
「それで何がわかる」
「素材の性質がわかります。あとは、ガデルさん次第です」
「鍛治職人にか」
「可能性があります」
アーヴィンさんが少し前を向いた。
「レインが手を伸ばしたものが、形になるかもしれないということか」
俺は少し考えた。
「そう思っています」
長い間があった。
アーヴィンさんが静かに言った。
「……頼む」
短かった。
でも、重かった。
五年分の重さがあった。
「わかりました」
俺は頷いた。
アーヴィンさんが岩から手を離した。
「全員を起こす」
「そうしましょう」
二人で野営地に戻った。
全員が起きた。
コリンが水と保存食を出した。
「今日も暑くなります。朝のうちに水分を取ってください」
「わかった」
「問題はありません」
「はい」
全員で食べた。
マユミが俺を見た。
「アーヴィンと何か話してたか」
「少し」
「聞いていいか」
「後で話します」
「わかった」
マユミが前を向いた。
聞かなかった。
それだけでよかった。
二日目の採取が始まった。
昨日より奥へ進んだ。
リアが索敵を展開した。
「昨日より魔物の数が多いです。熱源の影響で精度が下がっています。慎重に動きます」
「わかりました」
岩場を進んだ。
足元が昨日より不安定だった。
亀裂が多かった。
熱気が上がってきていた。
「コリンさん、全員の状態を確認してください」
「はい。今のところ問題ありません。ただ、二時間を目安に休憩を取ります」
「わかりました」
採取場所を見つけた。
昨日と違う場所だった。
硫黄結晶の密度が高かった。
「ここで採取します。リアさんは周囲の監視を。アーヴィンさんは外周を」
「問題はありません」
「わかった」
採取が始まった。
順調だった。
昨日より効率よく採れた。
慣れてきた、というのもあった。
全員の動きが噛み合っていた。
途中、中型の魔物が二体来た。
岩蜥蜴のような形だった。
熱を纏っていた。
「熱属性の魔物スコーチリザードです。直接触れると火傷します」
リアが言った。
「アーヴィンさんは直接触れないでください。リアさんが風魔法で。マユミさんは足元を」
「わかった」
「了解です」
リアの風魔法が走った。
一体が転がった。
マユミが入った。
足元に滑り込んだ。
腹側を狙った。
「熱くないか」
「大丈夫だ。腹側は温度が低かった」
「そうですか」
もう一体はアーヴィンさんが遠間から仕留めた。
剣が届く寸前で止め、足元の岩を崩して転倒させた。
「うまいですね」
「触れずに倒す方法を考えた」
「現場仕込みですね」
アーヴィンさんが少し目を細めた。
「お前の言葉か」
「そうです」
「悪くない」
珍しかった。
アーヴィンさんが俺の言葉を使った。
俺は何も言わなかった。
でも、悪くなかった。
採取が終わった。
必要量の八割が集まった。
「残りは明日でいいですか」
「問題はありません」
「俺も大丈夫だ」
「わかりました。今日はここまでにしましょう」
野営地に戻った。
コリンが全員を確認した。
「マユミさん、手が少し赤いですね」
「魔物の熱が少し当たった。大したことない」
「見せてください」
「大丈夫だって」
「見せてください」
マユミが渋々手を出した。
コリンが確認した。
「軽い火傷です。処置します」
「大げさだろ」
「放っておくと悪化します。怪我をさせない方が効率的です」
「……わかった」
コリンが処置した。
マユミが少し顔をしかめた。
「痛いか」
リアが聞いた。
「痛くない」
「顔に出ています」
「出てない」
「出ています」
マユミが黙った。
リアが少し目を逸らした。
青の色が、少し揺れた。
心配していた色だった。
夜になった。
火を囲んで、全員が座った。
俺は包みを取り出した。
布越しに、赤い光が漏れていた。
「今朝、アーヴィンさんから聞いた話を共有します」
全員が俺を見た。
「五年前、アーヴィンさんが似たような鉱石を見たそうです。そのときレインさんが触れて、二つの声を聞いていたと」
静かになった。
「今回の鉱石と、同じ種類のものかもしれません」
マユミが言った。
「レインって、アーヴィンの昔の仲間か」
「そうです」
「そうか」
マユミがアーヴィンさんを見た。
アーヴィンさんは前を向いていた。
何も言わなかった。
マユミも何も言わなかった。
それでよかった。
コリンが言った。
「その鉱石が、何か大事なものになるかもしれないですね」
「そう思っています。ガデルさんに見てもらいます」
「楽しみですね」
「そうですね」
リアが言った。
「レインさんが触れたものと同じ種類なら、意味があります」
「どういう意味ですか」
「レインさんが持ち帰れなかったものを、ヒコさんが持ち帰る。繋がっています」
俺は少し考えた。
「そうですね」
アーヴィンさんが静かに言った。
「……そうだな」
火が揺れた。
遠くで溶岩が光っていた。
包みの中の鉱石が、赤く滲んでいた。
声は聞こえなかった。
でも、確かにそこにあった。
レインさんが手を伸ばしたものが、今、ここにある。
形になるかどうかは、まだわからない。
でも、繋がっていた。
段取りが、静かに積み上がっていた。
第八十一話「二日目と、アーヴィンの記憶」 了




