第八十話「火山と、見えてくるもの」
半日ほど歩いた。
道が変わり始めた。
草が少なくなった。
岩が増えた。
空気が乾いた。
熱かった。
遠くに、煙が見えた。
マユミが言った。
「あれか」
「そうだと思います」
羅針盤の反応が、強くなった。
南西だった。
方向は変わらなかった。
でも、何かが引っ張っていた。
硫黄の匂いがし始めた。
リアが索敵を展開した。
「魔物の反応、複数。ただし、散らばっています。群れではありません」
「種類は」
「把握できていません。通常とは異なる反応です。熱源が多すぎて、索敵が乱れます」
「乱れますか」
「許容範囲です。ただ、精度が下がります。注意が必要です」
「わかりました。アーヴィンさん、先行をお願いします」
「わかった」
アーヴィンさんが静かに前へ出た。
岩場に入った。
足元が不安定だった。
石が崩れやすかった。
コリンが全員に声をかけた。
「体力の消耗が早いです。こまめに水を飲んでください」
「わかった」
「問題はありません」
「はい」
俺も水を飲んだ。
確かに、消耗が早かった。
熱のせいだった。
体が重かった。
でも、動けた。
羅針盤を確認した。
針が少し揺れていた。
いつもと違う動きだった。
熱の影響か。
それとも、何かに近づいているのか。
まだわからなかった。
一時間ほど進んだ。
採取場所が見えてきた。
岩の隙間に、黄色い結晶が見えた。
「あれです」
リアが言った。
「硫黄結晶ですか」
「そうです。品質は問題なさそうです」
「採取できますか」
「足場が悪いですが、不可能ではありません」
コリンが道具を出した。
「俺が採取します。足場の確保をお願いできますか」
「マユミさん、コリンさんのそばにいてください」
「わかった」
採取が始まった。
コリンが丁寧に掘り出した。
結晶は固かった。
でも、少しずつ取れた。
リアが周囲を監視した。
「魔物の反応、ラーヴァホークです。二体。近づいています」
「アーヴィンさん」
「見えている」
アーヴィンさんが動いた。
岩場での動きは、普段より少し慎重だった。
足元を確認しながら進んだ。
それでも、静かだった。
二体、素早く処理した。
「終わった」
「ありがとうございます」
採取が続いた。
必要量の半分ほどが集まった頃だった。
羅針盤が、急に動いた。
南西から、少し南へ。
変わった。
俺は少し止まった。
「どうした」
マユミが気づいた。
「羅針盤が動きました」
「何かあるのか」
「わかりません。でも、反応が変わりました」
リアが俺を見た。
「索敵にも、何か引っかかっています」
「魔物ですか」
「違います。生命反応ではありません。何か別のものです」
俺は羅針盤を見た。
針が、少し先を指していた。
引っ張られていた。
「少し確認してきます。コリンさんは採取を続けてください。マユミさんとアーヴィンさんは警戒をお願いします」
「一人でか」
マユミが言った。
「リアさんと一緒に行きます」
「わかった。気をつけろ」
「はい」
リアと二人で、針の方向へ向かった。
岩場を進んだ。
熱が増した。
足元に、亀裂があった。
中から熱気が漏れていた。
リアが言った。
「慎重に。地面が薄い場所があります」
「わかりました」
一歩ずつ、確認しながら進んだ。
羅針盤の反応が、強くなった。
針がほとんど動かなくなった。
目の前だった。
岩の陰に、何かがあった。
俺は近づいた。
岩の割れ目の中に、赤い光があった。
鉱石だった。
赤かった。
深い赤だった。
溶岩の中にあるのに、溶けていなかった。
俺は少し息を飲んだ。
スキルが反応した。
いつもの反応ではなかった。
数値でも、感情でも、色でもなかった。
もっと別のものだった。
声、に近かった。
触れた。
瞬間だった。
頭の中に、何かが流れ込んだ。
熱かった。
でも、痛くはなかった。
声が聞こえた。
二つあった。
一つ目。
「燃やせ。足りない。もっとだ」
荒々しかった。
せき立てるような声だった。
二つ目。
「抑えて。壊れる。まだ早い」
静かだった。
諭すような声だった。
俺は手を離した。
静かになった。
リアが俺を見ていた。
「ヒコさん、顔色が変わりました」
「少し、何かが聞こえました」
「聞こえた、ですか」
「声です。二つ」
リアが鉱石を見た。
「触れましたか」
「はい」
「俺には何も感じません」
「スキルの影響だと思います」
リアが少し考えた。
「その鉱石、依頼の素材ではありません」
「そうですね」
「でも」
リアが静かに言った。
「持ち帰るべきだと思います。合理的な判断です」
「なぜですか」
「ヒコさんのスキルが反応した。それだけで十分な理由になります」
俺は少し考えた。
「危険かもしれません」
「触れた後、ヒコさんは倒れていません。問題はありません」
「そうですね」
「ただ、素手で持つのは避けた方がいいかもしれません」
リアが布を出した。
「これで包みます」
「ありがとうございます」
リアが布で鉱石を包んだ。
包んでも、少し赤い光が漏れていた。
俺は受け取った。
重かった。
見た目より、ずっと重かった。
でも、羅針盤の反応が落ち着いた。
見つけた、と思った。
何を見つけたのかは、まだわからない。
でも、見つけた。
全員のところへ戻った。
マユミが俺を見た。
「何かあったか」
「少し、特殊な鉱石を見つけました」
「依頼の鉱石か」
「違います。でも、持ち帰ります」
マユミが包みを見た。
「赤いな」
「はい」
「熱いか」
「触れたときは、熱さより別のものを感じました」
「別のもの」
「うまく説明できません。後で話します」
マユミが少し考えた。
「わかった」
アーヴィンさんが包みを見た。
何も言わなかった。
でも、少し目が止まっていた。
俺はアーヴィンさんの色を確認した。
青白いぼやけ。
でも、一瞬だけ、赤い色が混ざった。
すぐに消えた。
気のせいかもしれなかった。
でも、確かに見えた。
何かを感じている。
この鉱石に。
今は聞かなかった。
時期がある。
採取を再開した。
必要量を揃えた。
依頼の硫黄結晶は、全量確保できた。
「今日の採取は終わりです。野営の準備をしましょう」
「どこでするんだ」
「来るときに確認した、少し戻った岩場の窪みです。風が遮られます」
「わかった」
全員で移動した。
野営の準備が整った。
火を起こした。
コリンが食事を用意した。
「今日は温かいものは難しいです。保存食になります」
「構いません」
全員で食べた。
夜の火山地帯は、昼より少し涼しかった。
でも、十分に暖かかった。
遠くで、溶岩が光っていた。
マユミが空を見た。
「星が少ないな」
「煙のせいです」
「そうか」
少し間があった。
「昨日より遠くまで来たな」
「そうですね」
「でも、思ったより悪くない」
「そうですか」
「なんか、現場っぽい」
俺は少し笑った。
「そうですね。現場です」
「お前の言ってた現場って、こういう感じか」
「少し違いますが、雰囲気は似ています」
マユミが前を向いた。
「悪くないな」
コリンが言った。
「明日も採取がありますね。体力を温存してください」
「わかりました」
リアが言った。
「今日、発見した鉱石の件、全員に共有した方がいいですか」
「そうですね」
俺は包みを出した。
「火山地帯の奥で見つけました。依頼の素材ではありません。ただ、スキルが強く反応しました」
「どんな反応だ」
マユミが聞いた。
「声が聞こえました。二つ。一つは荒々しい声で、もう一つは静かな声でした」
全員が黙った。
「精霊か」
アーヴィンさんが言った。
俺は少し驚いた。
「知っていますか」
「聞いたことがある。特定の素材に宿る存在だ」
「そうですか」
「その素材は、普通じゃない」
「わかっています」
「持って帰るのか」
「はい」
アーヴィンさんが少し前を向いた。
「……慎重に扱え」
「はい」
コリンが言った。
「何かに使えるものですか」
「鍛冶屋に持っていきます。ガデルさんなら何かわかるかもしれません」
「そうですね」
リアが言った。
「今日の発見は、合理的な収穫です。依頼の採取も完了しました」
「そうですね」
「明日も問題はありません」
「ありがとうございます」
火が揺れた。
遠くで溶岩が光っていた。
包みの中の鉱石が、少し赤く滲んでいた。
声は、もう聞こえなかった。
でも、確かにあった。
二つの声が、この鉱石に宿っていた。
名前は、まだ知らない。
でも、生きていた。
持ち帰る。
段取りは、次に繋がっていた。
第八十話「火山と、見えてくるもの」 了




