第七十九話「火山地帯での鉱物採取の依頼と、出発の朝」
数日後の朝だった。
ギルドの掲示板の前でリアが立ち止まった。
一枚の依頼票を見ていた。
俺が近づいた。
「これです」
Cランク指定。
火山地帯での鉱物採取。
鉱石名:硫黄結晶。
期間:三泊四日。
報酬:銀貨三十枚。
俺は羅針盤を確認した。
外套の内側で、針が動いていた。
南西だった。
火山の方向だった。
「反応しています」
「スキルですか」
「はい。方向が一致しています」
リアが依頼票を見た。
「硫黄結晶の採取自体は難しくありません。ただ、現地の状況によって、採取できる場所が変わる可能性があるので、現地で判断することが多くなります」
「そうですね」
「事前情報は集めました」
「どうでしたか」
「火山地帯は活動が不安定です。地熱が高い。魔物の種類が通常と異なります。耐熱の装備が望ましいですが、完全なものは手配が難しい」
「対策は」
「水分を多く持つ。肌の露出を減らす。長時間の滞在は避ける」
「わかりました」
「報酬が高いのは、それだけリスクがあるということです。合理的な設定です」
マユミが来た。
「なんだ、集まってるな」
「鉱物採取の依頼です」
マユミが票を見た。
「来たか」
目が少し光った。
「銀貨三十枚か。いい額だな」
「三泊四日です」
「長いな」
「準備が必要です」
「わかった。受けるか」
「全員に確認してから決めます」
全員が揃った。
依頼票を回した。
コリンが言った。
「三泊四日は、今まで一番長いですね」
「そうですね。準備を十分にしてから動きます」
「回復薬は増やします。熱による体力消耗も想定しておきます」
「お願いします」
アーヴィンさんが票を見た。
「火山か」
「はい」
「行ったことはない」
「俺もありません。リアさんが事前情報を調べてくれています」
アーヴィンさんがリアを見た。
「どんな場所だ」
「地熱が高く、魔物の種類が通常と異なります。視界が煙で遮られる場合があります。索敵が重要です」
「煙か」
「霧とは異なりますが、視界制限の点では同じです。対策は経験済みです」
「そうか」
アーヴィンさんが俺を見た。
「行く」
「わかりました」
全員の意思が揃った。
「では、明後日に出発しましょう。明日一日で準備を整えます」
「わかった」
「わかりました」
「問題はありません」
「はい」
受付で依頼を受けた。
翌日。
準備の一日だった。
午前中、全員で必要なものを揃えた。
回復薬:コリンが選んだ。熱中症対策のものを多めに。
水:一人あたり通常の二倍。
食料:三泊分。保存が利くもの。
布:肌の露出を減らすための巻き布。
俺は羅針盤を何度か確認した。
南西の反応が、少し強くなっていた。
近づいているわけではない。
でも、意識しているせいか、感度が上がっていた。
午後、セリウスさんに出発を報告した。
「火山地帯の依頼を受けました。明日出発します」
「わかりました。気をつけてください」
「はい」
「何か感じていますか。スキルで」
「南西の方向に反応があります。依頼の場所と一致しています」
「どんな反応ですか」
「重さはありません。むしろ、引っ張られるような感覚です」
セリウスさんが少し考えた。
「羅針盤が導いている可能性がありますね」
「そう思っています」
「無理をしないでください。採取が目的です。深入りしなくていい」
「わかっています」
「アーヴィンさんの件は、帰ってきてからです。焦らずに」
「段取りは組んであります」
セリウスさんが少し笑った。
「その言葉を聞くと、安心します」
執務室を出た。
夕食の前、マユミが部屋に来た。
珍しかった。
「なんですか」
「明日のことを確認したかった」
「依頼の話ですか」
「そうじゃない」
マユミが少し間を置いた。
「スキルで何か感じてるか」
「反応があります。南西の方向です」
「何がある」
「わかりません。でも、羅針盤が引っ張られる感覚があります」
「引っ張られる、か」
「はい」
マユミが少し考えた。
「怖いか」
「少し、します」
「俺も少しある」
俺は少し驚いた。
マユミが怖いと言うのは珍しかった。
「なぜですか」
「火山に行ったことがない。どんな場所かわからない。わからないのは怖い」
「そうですね」
「でも」
マユミが短剣を少し持ち直した。
「行く」
「わかっています」
「お前が段取りを組んでくれてるなら、俺は動くだけだ」
「ありがとうございます」
「礼はいらない」
マユミが立った。
「ちゃんと寝ろよ」
「マユミさんもですよ」
「うるさい」
扉が閉まった。
俺は少し笑った。
夜、羅針盤を確認した。
南西の反応が、今夜は少し強かった。
引っ張られる感覚だった。
導かれている、という言葉が浮かんだ。
前の世界でも、現場に向かう前夜は眠れないことがあった。
段取りを何度も確認して、それでも不安が残って、でも朝になったら動いていた。
同じだ。
羅針盤を仕舞った。
目を閉じた。
明日、動く。
段取りは組んである。
それだけでいい。
翌朝。
出発の朝だった。
マルティナさんが、いつもより早く飯を出した。
「今日は早いですね」
「遠くに行くんだろ」
「はい」
「ならしっかり食え。腹が減ると判断が鈍る」
「ありがとうございます」
全員が揃った。
全員が装備を着ていた。
マルティナさんが全員を見た。
「気をつけろ」
命令形だった。
でも、声が少し違った。
温かかった。
「行ってきます」
全員が言った。
マルティナさんが頷いた。
「飯は取っておく。帰ったら食え」
「はい」
宿を出た。
朝の街は静かだった。
五人で歩いた。
南西へ向かう道は、街を出てから続いていた。
マユミが前を歩いた。
アーヴィンさんが後方を歩いた。
リアとコリンが並んで歩いた。
俺は全体を見ながら歩いた。
羅針盤が、外套の内側で静かに動いていた。
南西だった。
方向は変わらなかった。
引っ張られていた。
でも、急いでいなかった。
段取りを踏んで、進んでいた。
マユミが振り返らずに言った。
「行くぞ」
「はい」
全員で、歩いた。
新しい現場へ。
段取りは組んである。
現場が一番偉い。
一歩ずつ、進む。
第七十九話「火山地帯での鉱物採取の依頼と、出発の朝」 了




