第七十八話「ベルガンの決着と、次の扉」
朝、ギルドに着いたときだった。
受付の人間が俺を見た。
「ヒコさん、セリウスさんがお呼びです」
「わかりました」
全員に告げた。
「先に行きます。掲示板を見ていてください」
「何かあったか」
マユミが言った。
「わかりません。すぐ戻ります」
執務室へ向かった。
扉を叩いた。
「どうぞ」
入った。
セリウスさんがいた。
レオナルドもいた。
立っていた。
「来てくれましたね。座ってください」
座った。
レオナルドが口を開いた。
「ベルガンの件に、動きがありました」
「聞きます」
「昨夜、本部が動きました。ベルガンと、背後の人物を同時に拘束しました」
俺は少し間を置いた。
「背後の人物も、ですか」
「網を張っていた甲斐がありました。ベルガンが動いた瞬間を押さえました」
「背後の人物は誰ですか」
「商人ギルドの外側の人間です。複数の街で物流を操作していた。魔族との繋がりも確認されました」
「魔族との繋がりが、証拠として取れましたか」
「取れました。ベルガンが証言しました」
俺は静かに聞いた。
「拘束は完全ですか」
「完全です。逃げる隙はありませんでした」
レオナルドが少し前を向いた。
「この街の案件は、これで一段落です」
「俺たちへの危険は」
「スキルの情報が流れた可能性については、引き続き注意が必要です。ただ、直接的な動きはなくなったと見ています」
「わかりました」
レオナルドが俺を見た。
「あなたの記録が、最後まで役に立ちました」
「仕事をしただけです」
「その仕事が、複数の街を守ることに繋がりました」
俺は少し間を置いた。
「そうですか」
「感謝します」
レオナルドが頭を下げた。
俺も頭を下げた。
レオナルドが立った。
「私はこのまま本部へ戻ります。また何かあれば連絡します」
「わかりました。お気をつけて」
「セリウスさん、引き続きよろしくお願いします」
「はい」
レオナルドが執務室を出た。
静かになった。
セリウスさんが少し俺を見た。
「一区切りですね」
「そうですね」
「ほっとしていますか」
俺は少し考えた。
「少し、します」
「正直ですね」
「ずっと、頭の隅にありました」
セリウスさんが頷いた。
「これで、動ける範囲が広がります」
「街から遠い依頼も、受けられますか」
「慎重にですが、はい」
「スキルへの注意は引き続きですが」
「それは変わりません。ただ、以前より状況は落ち着きます」
俺は少し考えた。
「アーヴィンさんの件も、動けますか」
セリウスさんが静かに俺を見た。
「《霧裂きの穴》の近くへの件ですか」
「はい。アーヴィンさんが、少しずつ向き合い始めています」
「そうですか」
セリウスさんが少し間を置いた。
「時期が来たと思ったら、教えてください。私も一緒に行きます」
俺は少し驚いた。
「セリウスさんも、ですか」
「五年前の件は、私にも関わりがあります。アーヴィンさんが動くなら、私も動くべきだと思っています」
「わかりました」
セリウスさんが少し前を向いた。
「段取りを組んでくれますか」
「組みます」
「頼みました」
執務室を出た。
廊下を歩いた。
ベルガンの件が、終わった。
長かった。
商人ギルドで記録をつけていたあの頃から、ずっと頭の隅にあった。
それが、終わった。
次が、始まる。
段取りを組む。
やることは変わらない。
掲示板の前に戻った。
全員が待っていた。
「どうだった」
マユミが言った。
「ベルガンの件が終わりました。本部が昨夜、関係者を拘束しました」
全員が静かになった。
マユミが言った。
「終わったのか」
「一段落です」
「よかった」
マユミが短く言った。
コリンが言った。
「ヒコさん、大変でしたね」
「皆さんにも関わる話でした」
「でも、一番気にしていたのはヒコさんだったと思います」
「段取りを組んでいただけです」
コリンが少し笑った。
「それが一番大変なんですよ」
リアが言った。
「状況が落ち着いたなら、依頼の幅が広がります。合理的な進展です」
「そうですね」
「遠出の依頼も受けられますか」
「慎重にですが、はい」
「火山地帯への依頼も、視野に入りますか」
「入ります」
リアが少し頷いた。
「準備を始めます」
「何をですか」
「火山地帯の魔物の生態と、地形の情報を集めます。索敵の精度を上げるために、事前情報が必要です」
「助かります」
「合理的な行動です」
アーヴィンさんが俺を見た。
「セリウスは何か言っていたか」
「一つだけ」
「なんだ」
「時期が来たら一緒に行く、と言っていました」
アーヴィンさんが少し止まった。
色を確認した。
青白いぼやけ。
一瞬、揺れた。
大きくはなかった。
でも、確かに揺れた。
「……そうか」
「はい」
「セリウスが、来るのか」
「そう言っていました」
アーヴィンさんが少し前を向いた。
長い間があった。
「……わかった」
それだけだった。
でも、色が少し変わった。
青白いぼやけの中に、何かが混ざった。
重さではなかった。
覚悟に近い色だった。
まだ固まっていない。
でも、近づいている。
段取りが、動き始めていた。
その日は採取の依頼を受けた。
近場だったが、全員で動いた。
道中、いつもと少し違った。
全員が、少し軽かった。
マユミが速く歩いた。
リアが索敵を広く展開した。
コリンが鼻歌を歌いそうな顔をしていた。
アーヴィンさんが、いつもより少し前を歩いた。
俺は全員を確認した。
それぞれの色が、今日は明るかった。
ベルガンの件が終わった。
次の段取りが見えてきた。
全員が、そのことを感じていた。
採取が終わった。
帰り道、マユミが俺の横に来た。
「なあ」
「なんですか」
「次、何が来るんだ」
「火山地帯の依頼が来れば、そちらへ動きます。それと」
「それと」
「アーヴィンさんの件が、動きます」
「そうか」
マユミが少し前を向いた。
「アーヴィンのこと、お前はどこまで知ってるんだ」
「少し、聞いています」
「言えるか」
「言えません。でも」
「でも」
「マユミさんも、感じているんじゃないですか」
マユミが少し考えた。
「感じてる。なんか、でかいものを背負ってる感じがずっとしてた」
「そうですね」
「解決するのか」
「方向は向き始めています」
「お前が段取りを組むのか」
「組もうとしています」
マユミが少し俺を見た。
「お前に任せる」
「ありがとうございます」
「でも」
「なんですか」
「無茶はするな」
俺は少し間を置いた。
「しません。怖くない人間は無茶をします」
マユミが少し笑った。
「それ、アーヴィンの言葉だな」
「そうです」
「お前、それ好きだな」
「正しいと思っています」
「まあ、そうだな」
マユミが前を向いた。
オレンジに近い赤の色が、穏やかだった。
信頼している色だった。
俺は前を向いた。
次の段取りが、見えていた。
火山地帯。
アーヴィンさんの件。
セリウスさんとの約束。
全部、繋がっていた。
一つずつ、進む。
現場が一番偉い。
段取りは組んである。
宿に戻った。
夕食が始まった。
マルティナさんがいつもより少し豪華な飯を出した。
「なんかあったか」
マユミが言った。
「顔でわかる」
「何がわかったんですか」
コリンが聞いた。
「ひと山越えた顔をしている」
全員が少し驚いた。
「食え。越えた後は腹が減る」
全員が食べた。
うまかった。
アーヴィンさんが黙って食べていた。
色は、青白かった。
ぼやけていた。
でも、今夜は重さが薄かった。
覚悟に近い何かが、少し混ざっていた。
まだ固まっていない。
でも、動いていた。
それでいい。
段取りは組んである。
時期が来たら、動く。
それだけだ。
第七十八話「ベルガンの決着と、次の扉」 了




