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第七十七話「ガデルと、次の素材」

 数日後の午前。


 マユミが俺に言った。


「ガデルのところ、行くぞ」


「今日ですか」


「今日だ。礼を言いに行く、と言っただろ」


「言いましたね」


「一緒に来い」


「わかりました」


 二人で、南側の路地へ向かった。



 工房の扉を叩いた。


 しばらくして開いた。


 ガデルが出てきた。


「なんだ、また来たか」


「礼を言いに来ました」


 ガデルが俺を見た。


「礼か」


「マユミさんから」


 マユミが前に出た。


「先日、オーガを仕留めた。あの装備があったから跳べた」


 ガデルが少し目を細めた。


「跳べた、とはどういうことだ」


「オーガの横薙ぎが来た。前の装備だったら間に合わなかった。新しいやつだったから跳べた」


 ガデルが少し考えた。


「オーガの横薙ぎを躱したか」


「ギリギリだったけどな」


「どう跳んだ」


「低く、斜めに。腕の下を潜るように」


 ガデルが少し頷いた。


「可動域を活かした動きだな」


「そうだ」


「それができたなら、装備は合っている」


「ありがとう」


 マユミが短く言った。


 ガデルが少し間を置いた。


「礼を言いに来る冒険者は珍しい」


「そうか」


「普通は壊れたときか、欲しいものがあるときだけ来る」


「俺は礼を言いたかっただけだ」


「わかった」


 ガデルが扉を少し開けた。


「入れ。茶くらい出す」


「いいのか」


「客に茶も出さない職人はいない」


 俺とマユミが中に入った。



 工房の奥に、小さな卓があった。


 ガデルが茶を出した。


 熱かった。


「うまいな」


 マユミが言った。


「葉は自分で選んでいる。材料にこだわるのは職人の習慣だ」


「料理人みたいだな」


「同じだ。素材が全部だ」


 俺は茶を飲んだ。


 工房の中を見た。


 棚に、いくつかの素材が並んでいた。


 鉱石、金属の板、皮革。


 整理されていた。


 ガデルが俺を見た。


「お前は何か用があるか」


「一つ、聞いてもいいですか」


「なんだ」


「以前、素材があれば武器も打てると言っていましたね」


「言った」


「特殊な素材でも対応できますか」


 ガデルが少し目を細めた。


「どんな素材だ」


「まだわかりません。ただ、通常の鉱物ではないと思っています」


 ガデルが少し前を向いた。


「素材を見てみないと、何とも言えない。持ってきてから判断する」


「わかりました」


「誰が使う武器だ」


 俺はマユミを見た。


 マユミが少し前を向いた。


「俺の武器だ」


「短剣か」


「今は一本だ。でも、いずれ二本にする予定だ」


 ガデルが少し目を細めた。


「二刀流、双剣か」


「まだわからない。でも、そういうイメージだ」


「なぜそう思う」


「……勘だ」


 ガデルが少し笑った。


「勘か。嫌いじゃない」


「職人の勘と似てるか」


「少し違う。でも、悪くない」


 ガデルが茶を飲んだ。


「素材を持ってきたら、話を聞く。それまでは何とも言えない」


「わかった」


「一つだけ言っておく」


 ガデルが俺とマユミを見た。


「いい武器を打つには、使う人間を知る必要がある。素材だけじゃない、使う人間の動きと癖を見る。だから、素材を持ってくるときは本人も一緒に来い」


「わかりました」


「それだけだ」


 茶を飲み終えた。


「ごちそうさまでした」


「また来い。礼を言いに来る客は歓迎する」


 ガデルが少し笑った。



 外に出た。


 路地を歩いた。


 マユミが言った。


「双剣、か」


「考えていたんですか」


「なんとなくのイメージだ。うまく言えないけど」


「スキルで何か見えたわけではありません。でも、素材次第では可能性があります」


「通常ではない素材って、どこで手に入る」


「まだわかりません。いずれ、依頼か任務で鉱物採取の機会があると思います」


「それはいつ頃になる」


「わかりません。ただ、状況が落ち着いてからになります」


「急がないのか」


「急ぎません。でも、段取りは今から組んでいます」


 マユミが少し俺を見た。


「お前って、本当に先のことを考えてるな」


「現場仕込みなので」


「またそれか」


 マユミが笑った。


「でも、まあ」


「なんですか」


「双剣、楽しみだ」


 マユミが短剣を少し持ち直した。


「今の一本で、もっと速くなる。その上で、二本になったらどうなるか」


「想像できません」


「俺もだ。でも、楽しみだ」


 オレンジに近い赤の色が、明るく揺れていた。


 いい色だった。



 ギルドへ向かった。


 全員が揃っていた。


「遅かったな」


「ガデルのところへ行っていました」


「どうだった」


「素材を持ち込んだら武器の相談に乗ってもらえることになりました」


 コリンが言った。


「素材というのは」


「特殊な鉱石です。まだ手元にありません」


「鉱物採取ですか」


「いずれ行く機会があると思っています」


 リアが言った。


「鉱物採取の依頼は、難易度が高い可能性があります。準備が必要です」


「そうですね。今から情報を集めておきます」


「合理的です」


 アーヴィンさんが一言。


「どのくらい先だ」


「わかりません。状況次第です」


「そうか」


 アーヴィンさんが前を向いた。


 色を確認した。


 青白いぼやけ。


 今日は、少し薄かった。


 何かを考えている色だった。


 でも、焦りではなかった。


 待てている色だった。



 その日の依頼は護衛だった。


 ゴルフからの指名だった。


 南の村への日帰り。


 五人で向かった。


 道中、アーヴィンさんが俺の横に来た。


「鉱物採取の依頼は、いつ頃だ」


「状況が落ち着いてからです。ベルガンの件が一段落すれば、動けると思います」


「ベルガンの件は、どのくらいかかる」


「わかりません。本部次第です」


 アーヴィンさんが少し前を向いた。


「《霧裂きの穴》の近くにも、その後で行けるか」


「段取りを合わせます」


「一度で行けるか。」


 俺は少し考えた。


「方向が同じかどうかによります。ただ、アーヴィンさんが行く準備ができているなら、段取りは組めます」


 間があった。


「準備、というのが難しい」


「覚悟のことですか」


「ああ」


「急ぎません」


「わかった」


 アーヴィンさんが少し前を向いた。


 青白い色が、静かだった。


 ぼやけは続いていた。


 でも、今日は重さが薄かった。


 少しずつ、近づいている。


 段取りが、静かに積み上がっていた。



 護衛依頼を終えた。


 報酬:銀貨八枚。

 一人あたり銀貨一枚と銅貨六十枚。


 ゴルフが俺に言った。


「最近、安定しているな」


「段取りを積んでいます」


「頼もしい。また指名する」


「ありがとうございます」


 ゴルフが去った。


 マユミが言った。


「今日もよかったな」


「そうですね」


「これが続けばいい」


「続けます」


「段取りか」


「段取りです」


 マユミが笑った。


 俺も笑った。


 今日も、段取りは合っていた。



第七十七話「ガデルと、次の素材」 了


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