第七十四話「レオナルドと、本部の動き」
数日後の朝だった。
ギルドに入ったとき、入り口近くに人影があった。
背が高かった。
外套が厚かった。
旅の埃がついていた。
振り返った。
レオナルドだった。
以前と変わらなかった。
目が鋭かった。
表情が少なかった。
本部の人間の雰囲気を纏っていた。
俺を見た。
少し、目が止まった。
「久しぶりですね」
「そうですね」
「着いたばかりです。長い道中でした」
「お疲れ様でした」
レオナルドが少し俺を見た。
「少し話がありますが、時間をもらえますか」
「あります」
「では、静かな場所で」
セリウスさんの執務室を借りることになった。
三人で座った。
セリウスさん、レオナルド、俺。
レオナルドが口を開いた。
「ベルガンの件、その後の共有をします」
「聞かせてください」
「我々、商人ギルド本部で調査を進めました。ベルガンの倉庫権限移行申請は、複数の街で同様の手口が使われていたことがわかりました」
「複数の街、ですか」
「四つの街で同じ手口の記録があります。いずれも商人ギルドの倉庫権限を、特定の人物に集中させようとした動きです」
俺は少し考えた。
「物資の流れを一箇所に集めるということですか」
レオナルドが少し目を細めた。
「鋭いですね。その通りです。倉庫権限を集中させれば、物資の流れを把握できる。把握できれば、止めることも操ることもできる」
「街の物流を支配する、ということですか」
「それが目的だと本部は見ています」
セリウスさんが静かに言った。
「魔族が関わっているとすれば、物流の掌握は戦略的に意味があります。食料、武器、薬。全部が倉庫を通る」
「そうです」
レオナルドが俺を見た。
「あなたが記録した在庫記録が、複数の街の記録と照合できました。動きのパターンが一致している箇所があります」
「俺の記録が役に立ちましたか」
「非常に助かりました。あなたが写しを三部残していなければ、照合は難しかった」
「段取りで動いていただけです」
「その段取りが、本部の調査を半年早めました」
俺は少し間を置いた。
「ベルガン本人は今どうなっていますか」
「現在、本部の管理下に置かれています。直接の拘束はまだしていません。網を張っているためです」
「背後の人間を先に押さえるということですか」
「そうです」
レオナルドが少し前を向いた。
「ここからが本題です」
静かになった。
レオナルドが俺を見た。
「あなたのスキルについて、情報が流れた可能性があります」
「知っています」
レオナルドが少し目を動かした。
「どこで」
「情報屋から聞きました」
「ミルヴァですか」
「そうです」
レオナルドが少し考えた。
「ミルヴァの情報網は速い。驚きはしませんが」
「俺のスキルの情報は、どこまで流れていますか」
「正確にはわかっていません。ただ、ベルガンがあなたを調べていた記録は残っています。その情報が魔族側に流れていた可能性は高い」
「具体的にどんな情報が流れましたか」
「スキルの名称と、大まかな能力。《可視化》というスキルを持つ冒険者がこの街にいる、という程度だと思われます。詳細な能力までは把握されていないはずです」
「そうですか」
「ただ」
レオナルドが少し間を置いた。
「可視化を持つ者が、過去に消えていることはご存知ですか」
「セリウスさんから聞いています」
レオナルドがセリウスさんを見た。
セリウスさんが静かに頷いた。
「ならば話が早い。スキルの存在が知られることは、リスクになります。通常通りの行動を続けながら、単独行動は避けてください」
「以前にも同じことを言われました」
「徹底してください。これは本部からの正式な要請です」
「わかりました」
レオナルドが少し俺を見た。
「一つ、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「怖くはありませんか」
俺は少し考えた。
「怖いです」
「正直ですね」
「怖くない人間は無茶をします」
レオナルドが少し目を細めた。
「どこかで聞いた言葉ですね」
「パーティの仲間が言った言葉です」
「なるほど」
レオナルドが立った。
「以上です。セリウスさんと連携を取りながら動きます。何か動きがあれば、すぐに報告してください」
「はい」
「あなたの記録、本当に助かりました。礼を言います」
「仕事をしただけです」
レオナルドが少し笑った。
「そういう人間が、一番信頼できます」
立ち上がった。
扉を出た。
執務室に、セリウスさんと二人が残った。
セリウスさんが静かに言った。
「レオナルドが礼を言うのは珍しいですよ」
「そうですか」
「本部の人間は、礼を言わないことが多い。それだけ、あなたの記録が役に立ったということです」
「記録は習慣です。特別なことはしていません」
「その習慣が、大事な場面で活きました」
セリウスさんが少し俺を見た。
「一つ、伝えておきたいことがあります」
「聞きます」
「レオナルドが来たことで、ベルガンの件が次の段階に入ります。本部が動き始めると、魔族側も察知する可能性があります」
「警戒が高まりますか」
「そうです。しばらくは、依頼の選び方にも気をつけてください。街から遠く離れる依頼は、今は避けた方がいい」
「わかりました」
「アーヴィンさんについても」
セリウスさんが少し間を置いた。
「《霧裂きの穴》の近くに行くことは、今は控えてもらえますか。あの方向に、本部の目が向いていません。万が一、何かあったとき対応が遅れます」
「アーヴィンさんに伝えます」
「よろしくお願いします」
セリウスさんが少し前を向いた。
「段取りが、複雑になってきましたね」
「そうですね」
「大丈夫ですか」
俺は少し考えた。
「情報が増えると、段取りも増えます。でも、やることは変わりません。見える範囲で動く。それだけです」
セリウスさんが少し笑った。
「頼もしいですね」
「現場仕込みなので」
「そのお言葉、何度聞いても安心します」
執務室を出た。
廊下を歩いた。
情報が増えた。
ベルガンの件が次の段階へ。
俺のスキルの情報が流れた可能性。
街から離れる依頼は当面避ける。
アーヴィンさんに霧裂きの穴への接近を控えてもらう必要がある。
アーヴィンさんへの話が、一番難しかった。
覚悟が固まりかけているところに、待ってくれと言わなければならない。
でも、伝えないわけにはいかない。
今夜、話そう。
段取りを組んだ。
全員が揃ったところで、レオナルドとの話を共有した。
全員が静かに聞いた。
マユミが言った。
「街から離れる依頼は避けるのか」
「しばらくは、近場で動きましょう」
「わかった」
リアが言った。
「合理的な判断だと思います。状況が落ち着くまで待つことが最善です」
「そうですね」
コリンが言った。
「ヒコさんが狙われる可能性があるなら、俺も気をつけます。単独で動かせません」
「ありがとうございます」
アーヴィンさんが俺を見た。
「《霧裂きの穴》の近くも、か」
俺は少し間を置いた。
「はい。セリウスさんから、当面は控えてほしいと言われました」
アーヴィンさんが少し前を向いた。
色を確認した。
青白いぼやけ。
少し、重くなった。
でも、荒れた色ではなかった。
受け止めている色だった。
「わかった」
それだけだった。
俺は頷いた。
「段取りは、必ず組みます。時期が来たら動けます」
アーヴィンさんが少し俺を見た。
「急がないのか」
「急ぎません。でも、止まりません」
間があった。
「……そうか」
アーヴィンさんが前を向いた。
色が、少し落ち着いた。
受け止めた上で、待てる色だった。
その夜。
部屋で羅針盤を確認した。
針は、落ち着いていた。
北東を向いていなかった。
今夜は、静かだった。
でも、何かが動き始めていることはわかった。
商人ギルド本部が動いた。
魔族側も気づく可能性がある。
見える範囲で動く。
急がない。
でも、止まらない。
羅針盤を仕舞った。
目を閉じた。
明日も、依頼がある。
段取りを組む。
それだけでいい。
第七十四話「レオナルドと、本部の動き」 了




