第七十三話「ミルヴァと、情報の値段」
ギルドを出たところだった。
声をかけられた。
「久しぶりね」
振り返った。
ミルヴァだった。
変わっていなかった。
砕けた格好。
目が鋭かった。
笑っているようで、笑っていない顔だった。
「久しぶりです」
「一人か」
「今日は先に出ました。皆はまだ中です」
「ちょうどいい。話がある」
色を確認した。
灰色に近い、落ち着いた色だった。
感情が見えにくい色だった。
ビジネスの顔だった。
「時間がありますか」
「あたしはある。お前次第だ」
「あります」
「じゃあ、あそこで」
ミルヴァが路地の入り口を指した。
人が少ない場所だった。
ついていった。
壁に寄りかかって、ミルヴァが言った。
「情報料は取る。いいか」
「構いません。内容次第です」
「賢い返し方だな」
ミルヴァが少し笑った。
「まず、無料で一つ」
「聞きます」
「ベルガンの件、動きがあった」
俺は少し緊張した。
顔には出さなかった。
「どんな動きですか」
「商人ギルド本部の審査官が街に来る。来週中には着く予定だ」
「レオナルドさんですか」
「そう。あんた、よく知ってるな」
「以前、関わりがありました」
「そうか」
ミルヴァが少し俺を見た。
「無料はここまで。続きは情報料が要る」
「いくらですか」
「銀貨二枚」
俺は少し考えた。
「内容を教えてもらえますか。判断してから払います」
「それは逆よ。払ってから聞くのが情報屋のやり方だ」
「信頼関係がまだありません。今回は先に内容の概要だけ教えてください。次からは払ってから聞きます」
ミルヴァが少し目を細めた。
「……交渉するのか」
「段取りですから」
「面白い冒険者だな」
ミルヴァが少し間を置いた。
「わかった。今回だけだ」
「ありがとうございます」
「ベルガンの背後に、もう一人いる。商人ギルドの外側の人間だ。本部が動いているのは、そっちも追っているからだ」
俺は黙って聞いた。
「それだけだ。続きを聞くか」
「聞きます」
銀貨二枚を渡した。
ミルヴァが受け取った。
「ベルガンの背後にいる人間は、この街だけじゃない。複数の街に繋がりを持っている。魔族の手が入っている可能性が高い」
「本部はそれを知っていますか」
「知っている。だから動きが慎重なんだ。表立って動くと、繋がりを断ち切られる」
「網を張っているということですか」
「そういうことだ」
俺は少し考えた。
「俺たちに関係しますか」
「する可能性がある」
「どういうことですか」
ミルヴァが少し俺を見た。
「あんたのスキル、調べられているかもしれない」
俺は静かに聞いた。
「ベルガンが調べていたのは知っています」
「そのベルガンを通じて、情報が上に流れた可能性がある。上、というのは魔族側の話だ」
「確認はできますか」
「あたしの情報網では、そこまでは無理だ。ただ、可能性として知っておいた方がいい」
「わかりました」
ミルヴァが壁から離れた。
「以上だ。銀貨二枚分はこんなもんか」
「十分です。ありがとうございます」
「礼はいらない。情報はビジネスだ」
ミルヴァが歩き始めた。
俺は少し考えた。
「一つ聞いてもいいですか」
「なんだ」
「なぜ、俺たちに話しにきたんですか」
ミルヴァが少し止まった。
振り返らなかった。
「情報屋は、信用できる相手に投資する。あんたたちは、信用できる側だと判断した」
「それだけですか」
「……セリウスが、あんたたちのことを信頼している。それも判断材料だ」
ミルヴァが歩き始めた。
「また話がある時は声をかける。情報料は毎回取るから、覚悟しておけ」
「わかりました」
ミルヴァが路地の奥に消えた。
俺はしばらく、その場に立っていた。
情報を整理した。
ベルガンの背後にもう一人。
複数の街に繋がりがある。
魔族の手が入っている。
俺のスキルの情報が流れた可能性。
レオナルドが来週中に来る。
セリウスさんに報告する必要があった。
でも、今日はまず全員に伝えるかどうかを考えた。
全員に伝えるべきか。
伝える。
隠しても意味がない。
リスクはパーティ全員に関わる。
段取りを共有しないと動けない。
決めた。
ギルドに戻った。
全員がいた。
「少し話があります。今日の依頼の前に」
全員が俺を見た。
「ミルヴァさんから情報を買いました」
「ミルヴァ?」
マユミが眉を上げた。
「情報屋です。以前に一度会いました」
「どんな情報だ」
「ベルガンの件に動きがあります。来週中に本部の審査官が来ます。それと」
俺は少し間を置いた。
「ベルガンの背後にもう一人いるそうです。魔族の手が入っている可能性があります」
静かになった。
マユミが言った。
「魔族か」
「可能性です。確定ではありません」
「でも、やばいやつか」
「注意が必要だと思っています」
リアが言った。
「俺たちに直接影響がありますか」
「俺のスキルの情報が流れた可能性があります。ベルガンを通じて、魔族側に」
また静かになった。
コリンが言った。
「ヒコさんが狙われる可能性があるということですか」
「可能性としては、あります」
「どうするんですか」
「今のところ、動きを変える必要はありません。ただ、全員に知っておいてほしかった」
アーヴィンさんが言った。
「セリウスは知っているか」
「これから報告します」
「一緒に行く」
俺は少し驚いた。
「いいんですか」
「関係する話だ」
アーヴィンさんが立った。
俺も立った。
セリウスさんの執務室を訪ねた。
俺とアーヴィンさんが並んで入った。
セリウスさんが少し目を動かした。
「二人で来ましたか」
「ミルヴァさんから情報を買いました。報告します」
全部話した。
セリウスさんが静かに聞いていた。
話し終えた。
「レオナルドが来るのは、私も聞いていました。ただ、ベルガンの背後の件は、ミルヴァさんの情報網は速いですね」
「信頼できる情報ですか」
「ミルヴァさんは、外れることが少ない。信頼していいと思います」
「俺のスキルの情報が流れた可能性については」
「以前から懸念していました。ベルガンがあなたを調べていたのは事実です。情報が上に流れていても不思議ではありません」
セリウスさんが少し前を向いた。
「ただ、今すぐ動きを変える必要はありません。本部が網を張っています。私たちが表立って動くと、かえって網が乱れる」
「わかりました」
「引き続き、通常通りに動いてください。ただ、単独行動は避けてほしい」
「はい」
セリウスさんがアーヴィンさんを見た。
「アーヴィンさん、一緒に来てくれましたね」
「関係する話だった」
「そうですね」
セリウスさんが少し間を置いた。
「最近、顔が少し変わりましたね」
アーヴィンさんが少し止まった。
「そうか」
「いい変わり方です」
アーヴィンさんは何も言わなかった。
でも、色が少し揺れた。
青白いぼやけの中に、温かみが一瞬混ざった。
すぐに戻った。
でも、確かにあった。
執務室を出た。
廊下でアーヴィンさんが言った。
「セリウスは、全部わかっている」
「そうですね」
「昔からそうだ」
「信頼できる人ですね」
アーヴィンさんが少し前を向いた。
「ああ」
短かった。
でも、重みがあった。
五年前のことを知っていて、それでも信頼していると言える。
アーヴィンさんにとって、セリウスさんがどういう存在なのか。
少し、見えた気がした。
ギルドに戻った。
全員が待っていた。
「セリウスさんへの報告は終わりました。通常通りに動きます。ただ、単独行動は避けてください」
「わかった」
「わかりました」
「問題はありません」
マユミが言った。
「依頼、どうする」
「今日は近場の採取にしましょう。様子を見ながら動きます」
「慎重だな」
「段取りですから」
マユミが少し笑った。
「まあ、それがお前だな」
依頼票を手に取った。
今日も、現場が始まる。
見えてきたものと、まだ見えないものがある。
でも、段取りは組める。
一歩ずつ、進む。
それだけでいい。
第七十三話「ミルヴァと、情報の値段」 了




