第七十一話「帰り道と、次の段取り」
翌朝。
村の宿を出た。
空が白かった。
朝の空気が冷たかった。
サラが荷馬車の前に立っていた。
「昨夜は世話になりました」
「問題ありませんでした」
「今日も頼みます」
「はい」
出発した。
帰り道は、来た道を戻った。
アーヴィンさんはいつもと同じだった。
後方を歩いた。
無口だった。
剣を持っていた。
でも、色が違った。
青白いぼやけが、昨日より薄かった。
話したことで、何かが少し動いたのかもしれない。
確認だけした。
それ以上は考えなかった。
二時間ほどで街に着いた。
サラが荷馬車を止めた。
「ありがとうございました。安心して動けました」
「ありがとうございます」
「また頼めますか」
「ギルドを通してもらえれば」
「そうします」
サラが去った。
ゴルフに続いて、二人目の常連候補だった。
段取りが、積み上がっていた。
ギルドで依頼完了を報告した。
報酬:銀貨九枚。
一人あたり銀貨一枚と銅貨八十枚。
マユミが受け取りながら言った。
「泊まりだと割がいいな」
「拘束時間が長い分、報酬が上がります」
「じゃあ、もっと遠い依頼を受けてもいいか」
「二泊三日程度なら検討できます。ただ、準備が要ります」
「準備って」
「食料、回復薬、野営道具。全部揃えてから動きます」
「面倒だな」
「急ぎません。揃えてから判断します」
マユミが少し笑った。
「わかった」
ギルドを出た。
マユミが俺の横に来た。
小声で言った。
「アーヴィン、顔が違う」
「そうですか」
「昨日と今日で、なんか違う。目が、少し軽い」
俺は少し間を置いた。
「少し話をしました」
「何を話したんだ」
「聞かないでください」
マユミが俺を見た。
「言えないことか」
「アーヴィンさんの話です。俺から言うことではありません」
マユミが少し黙った。
「……そうか」
間があった。
「お前って、本当にずるいな」
「どういう意味ですか」
「全部抱えて、何も言わない」
「抱えていません。ただ、言う必要がないものは言いません」
マユミが少し顔を逸らした。
「……まあ、いい」
「そうですか」
「アーヴィンが少し楽そうなら、それでいい」
俺は頷いた。
「そうですね」
マユミが前を向いた。
オレンジに近い赤の色が、穏やかだった。
マユミはわかっている。
聞かなくていいことを、知っている。
それで十分だ。
昼過ぎ、セリウスさんに報告に行った。
「少し話があります」
「座ってください」
座った。
「昨夜、アーヴィンさんから話を聞きました」
セリウスさんが静かに俺を見た。
「《霧裂きの穴》の近くに目印があるそうです。五年前にアーヴィンさんが置いた。鞘の在処を示すものだと」
間があった。
「……そうですか」
「確認しには行けた。でも取りに行く覚悟がまだない、と言っていました」
「そうですか」
セリウスさんが少し目を伏せた。
「話してくれましたか」
「はい」
「あなたに、ですね」
「たまたま同室になりました」
「たまたま、ではないかもしれません」
セリウスさんが静かに言った。
「アーヴィンさんは、話す相手を選びます。話せる人間だと判断したから、話した」
俺は少し考えた。
「俺でよかったのかどうか、わかりません」
「よかったと思います」
セリウスさんが俺を見た。
「一つ、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「あなたは、アーヴィンさんを助けたいと思っていますか」
俺は少し考えた。
「助けたい、という言い方は少し違います」
「どう違いますか」
「アーヴィンさんが動けるように、段取りを組みたい。それだけです」
セリウスさんが少し目を細めた。
「段取りを組む、ですか」
「本人が動く覚悟を決めたとき、道が整っていればいい。今はその準備をしたいと思っています」
間があった。
「……なるほど」
セリウスさんが少し前を向いた。
「では、私も少し話します」
「聞きます」
「五年前の任務は、魔族が関わる封印の案件でした。《沈黙の長剣》の鞘を使って封印を完成させた。そのために鞘を外した」
「鞘を外したのは」
「アーヴィンさんと、レインさんの判断です。私は止めようとしましたが、間に合わなかった」
セリウスさんが静かに続けた。
「封印は成功しました。パーティは壊滅した。アーヴィンさんだけが残った。レインさんは消えた」
「レインさんが消えたのは」
「可視化を持つ者が消えていく謎と繋がっています。レインさんも可視化を持っていました」
俺は少し息を整えた。
「魔族が関係していますか」
「可能性が高い。ただ、証拠はまだありません」
「ベルガンの件と繋がりますか」
セリウスさんが少し目を動かした。
「鋭いですね」
「可能性として考えていました」
「繋がっている可能性はあります。ただ、今は本部が動いています。私たちが直接動ける段階ではありません」
「わかりました」
「あなたのスキルのことも、引き続き慎重に」
「はい」
セリウスさんが少し俺を見た。
「今日、話してよかったと思っています」
「俺もです」
「段取りが、少し進みましたね」
「そうですね」
執務室を出た。
廊下を歩いた。
情報が、揃ってきた。
五年前の任務。
鞘の在処。
レインの消失と可視化の謎。
ベルガンと魔族の可能性。
全部が、繋がり始めていた。
でも、まだ動く段階ではない。
アーヴィンさんが覚悟を決めるまで。
段取りを、静かに組む。
焦らない。
現場が一番偉い。
動くのは、準備が整ってからだ。
夕食の時間になった。
食堂に全員が集まった。
マルティナさんがシチューを出した。
アーヴィンさんが黙って食べていた。
コリンとリアが小声で何か話していた。
索敵の話だった。
リアが少し身を乗り出していた。
珍しかった。
マユミが俺の隣で食べていた。
途中、小声で言った。
「なんか、今日は変な感じがする」
「どういう意味ですか」
「みんな、なんか変わった気がする。うまく言えないけど」
「変わりましたか」
「変わった。少し」
マユミが俺を見た。
「お前も変わったか」
「俺は変わっていません」
「そうか」
マユミが前を向いた。
「……変わらないな、お前は」
「それが取り柄なので」
「そうかもな」
マユミが少し笑った。
俺も笑った。
アーヴィンさんが静かに食べていた。
色のぼやけが、今夜は少し薄かった。
まだ覚悟は決まっていない。
でも、一歩は動いた。
それで十分だ。
段取りは、組める。
次の現場が、少し見えてきた。
第七十一話「帰り道と、次の段取り」 了




