第六十九話「見えてきたもの、見えないもの」
依頼が続いた。
新しい装備での動きに、全員が慣れてきた。
マユミの速さが増した。
リアの索敵と攻撃の切り替えが速くなった。
コリンの結界が安定した。
アーヴィンさんの接近が、さらに静かになった。
俺の羅針盤の精度も、少しずつ上がっていた。
段取りが、体に染み込んでいた。
ある夜。
部屋に戻った。
羅針盤を取り出した。
いつもの習慣だった。
一日の終わりに確認する。
針の動きを見る。
今夜は、違った。
針が、いつもと違う方向を向いていた。
街の外だった。
遠かった。
でも、確かに何かに反応していた。
俺は窓の外を見た。
暗かった。
星が出ていた。
針がゆっくりと動いた。
方向は変わらなかった。
北東だった。
《霧裂きの穴》のある方向だった。
俺はしばらく、針を見ていた。
重さがあった。
アーヴィンさんの色に似た重さだった。
でも、アーヴィンさんではなかった。
何か別のものだった。
羅針盤を仕舞った。
今夜は、これ以上考えない。
段取りを組むには、情報が足りない。
足りないときは、待つ。
それだけだ。
翌朝。
食堂に下りた。
マルティナさんが俺を見た。
「顔色が悪い」
「少し考え事をしていました」
「食えば治る」
「そうかもしれません」
パンとスープを受け取った。
座った。
アーヴィンさんがいた。
いつもより早かった。
俺を見た。
「眠れなかったか」
「少し」
アーヴィンさんが前を向いた。
「俺も、たまにある」
それだけだった。
でも、珍しい言葉だった。
アーヴィンさんが自分の話をするのは、滅多にない。
俺は何も聞かなかった。
ただ、食べた。
二人で、静かに食べた。
悪くない朝だった。
全員が揃った。
ギルドへ向かった。
途中、俺はセリウスさんに声をかけることにした。
「少し寄り道をします。先に掲示板を見ていてください」
「わかった」
マユミが頷いた。
執務室の扉を叩いた。
「どうぞ」
入った。
「少し確認したいことがあります」
「座ってください」
座った。
「昨夜、羅針盤が反応しました。街の外、北東の方向です」
セリウスさんが少し目を動かした。
「北東、ですか」
「《霧裂きの穴》のある方向です」
間があった。
「重さがありました。アーヴィンさんの色に近い感覚でしたが、アーヴィンさんではありませんでした」
セリウスさんが静かに聞いていた。
「何かご存知ですか」
セリウスさんが少し考えた。
「一つだけ、確認させてください。針は今も動いていますか」
俺は羅針盤を取り出した。
針を見た。
「今は、落ち着いています。北東の方向は向いていません」
「そうですか」
セリウスさんが少し目を伏せた。
「夜だけ反応する、ということかもしれません」
「どういうことですか」
「昼間は人の動きが多い。情報が混ざります。夜は静かになる分、遠くのものが届きやすくなる可能性があります」
「羅針盤の特性ですか」
「スキルの特性かもしれません。段階が上がるにつれて、感度が上がります」
俺は少し考えた。
「北東に何かある、ということですか」
セリウスさんが少し間を置いた。
「《霧裂きの穴》の周辺は、以前から気になっていた場所です」
「以前から、ですか」
「五年前の任務の記録に、あの方向が出てきます」
俺は黙った。
五年前。
アーヴィンさんのことだった。
「詳しくは、まだ話せません。ただ、羅針盤が反応したことは重要だと思います。続けて確認してもらえますか」
「わかりました」
「もう一つだけ」
セリウスさんが俺を見た。
「アーヴィンさんには、まだ話さないでください」
「わかっています」
「時期があります」
「そうですね」
俺が言うと、セリウスさんが少し笑った。
「あなたの言葉で言われると、妙に安心しますね」
「段取りですから」
執務室を出た。
掲示板の前に戻った。
全員が待っていた。
「何かあったか」
マユミが聞いた。
「スキルの確認です。問題ありません」
「そうか」
マユミが掲示板を指した。
「これ、どうだ」
採取依頼だった。
対象:鉱石の欠片。
場所:街の西、採掘跡。
報酬:銀貨六枚。
「鉱石ですか」
「リアが反応してた」
リアが言った。
「索敵魔法の精度向上に使える素材が含まれている可能性があります。採取しながら確認できます」
「一石二鳥です」
「合理的な依頼です」
「受けましょう」
受付で依頼を受けた。
採掘跡は、街の西に一時間ほどだった。
廃坑だった。
かつて鉱石を掘っていた場所だった。
今は冒険者が素材採取に使っていた。
入り口に立った。
リアが索敵を展開した。
「内部に反応、七。小型から中型の魔物です。奥に集まっています」
「手前から進みます。奥の七体は刺激しないように」
「わかりました」
中に入った。
薄暗かった。
天井が低かった。
岩の匂いがした。
羅針盤が少し反応した。
鉱石の密度が高い場所を感じた。
「少し右です。鉱石の反応があります」
「わかった」
右へ進んだ。
壁に光る石が埋まっていた。
コリンが確認した。
「これですね。依頼の素材です」
「採取できますか」
「道具があれば。持ってきました」
コリンが採掘道具を出した。
丁寧に、崩さないように掘り出した。
リアが横で見ていた。
「その隣の石、少し組成が違います」
「どうわかるんですか」
「色が違います。わずかですが」
「取ってもいいですか」
「依頼の素材ではありませんが、価値がある可能性があります」
「念のため持ち帰りましょう」
コリンが二種類の石を採取した。
奥から音がした。
「動きました。二体、こちらに向かっています」
リアの声だった。
「アーヴィンさん、前へ」
アーヴィンさんが動いた。
暗い坑道の中で、さらに気配が消えた。
《無響の戦装》の効果は、閉所では特に顕著だった。
音が完全に吸われていた。
二体が来た。
コウモリ型の魔物だった。
羽音がうるさかった。
アーヴィンさんが一体を仕留めた。
もう一体がマユミに向かった。
マユミが身を低くした。
すり抜けた。
振り返りざまに短剣を走らせた。
終わった。
「残り五体、動いていません」
「このまま採取を続けます。刺激しないように」
「わかりました」
採取が終わった。
出口に向かった。
外に出た。
光がまぶしかった。
マユミが目を細めた。
「暗いとこは苦手だな」
「そうですか」
「なんか、息が詰まる」
「閉所は情報が限られます。俺も慣れていません」
「そうなのか」
「羅針盤がないと、もっと厳しかったと思います」
マユミが俺を見た。
「お前のスキル、どんどん使えるようになってるな」
「少しずつです」
「すごいと思う」
珍しかった。
マユミが素直に言うのは。
俺は少し間を置いた。
「マユミさんの速さも、どんどん上がっています」
「装備のおかげだ」
「装備が活きているのは、動きがあるからです」
マユミが少し顔を逸らした。
オレンジに近い赤の色が、少し明るくなった。
ギルドに戻った。
採取素材を納品した。
リアが持ち帰った石を鑑定に出した。
少し待った。
「これは索敵魔法の触媒になります。銀貨三枚で買い取ります」
リアが受け取った。
「パーティ費用に入れます」
「自分で使えるものでは」
「索敵の精度が上がれば、パーティ全体の安全に繋がります。パーティ費用が合理的です」
俺は頷いた。
「ありがとうございます」
「……お礼は不要です」
リアが少し顔を逸らした。
青の色が揺れた。
宿に戻った。
夕食の前、部屋で羅針盤を確認した。
針は、落ち着いていた。
北東は向いていなかった。
でも、夜になれば変わるかもしれない。
セリウスさんの言葉を思い出した。
五年前の任務の記録に、あの方向が出てくる。
アーヴィンさんが抱えているものと、北東の何かが、繋がっている。
まだ見えない。
でも、見えてきている。
段取りを組むには、もう少し情報が要る。
焦らない。
待つ。
それだけだ。
羅針盤を仕舞った。
夕食に下りた。
第六十九話「見えてきたもの、見えないもの」 了




