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第六十五話「Cランクと、アーヴィンの一言」

 翌朝は、全員で食堂に下りた。


 マルティナさんがいつもより少し早く飯を出した。


「食え。今日は早く行け」


 全員が顔を見合わせた。


「なんで知ってるんですか」


 コリンが聞いた。


「顔でわかる」


 それだけだった。


 マユミが小声で言った。


「この人、本当に何でもわかるな」


「伊達に長くやっていません」


 俺が言った。


 マルティナさんが少し鼻を鳴らした。


 全員、黙って食べた。



 ギルドに着いた。


 開いたばかりの時間だった。

 冒険者がまだ少なかった。


 セリウスさんが受付の前に立っていた。


「来てくれましたね。では、始めましょう」


 全員で受付の前に並んだ。


 手続きは短かった。


 書類にサインをした。

 確認が取られた。


 セリウスさんがリアとコリンを見た。


「リアさん、コリン・ヴァーネさん。本日付けでCランクへの昇格を認定します」


 二人が頷いた。


 セリウスさんがCランクの証を二枚、差し出した。


 リアが受け取った。


 少し間があった。


 手の中で、証を確認した。


「……受け取りました」


 いつもの口調だった。

 でも、声が少し低かった。


 こらえている声だった。


 コリンが受け取った。


 両手で持った。


 下を向いた。


 少し、肩が動いた。


 誰も何も言わなかった。


 それでよかった。



 アーヴィンさんがコリンを見た。


 一言だけ言った。


「早いな」


 コリンが顔を上げた。


 目が少し赤かった。


 でも、笑った。


「そうですか」


「ああ」


 それだけだった。


 アーヴィンさんはすぐに前を向いた。


 でも、俺には見えた。


 青白い色の中に、ほんの少し、温かみが混ざった。


 一瞬だけだった。


 すぐにいつもの色に戻った。


 でも、確かにあった。



 マユミがリアの肩を叩いた。


「おめでとう」


「……ありがとうございます」


 リアが少し驚いた顔をした。


「なんだ、その顔」


「マユミさんが、そういうことを言うのが意外で」


「俺だって言うわ」


「そうですか」


「言わないと思ってたのか」


「少し」


「失礼なやつだな」


 マユミが笑った。


 リアも、少し笑った。


 澄んだ青の色が、明るく揺れた。



 セリウスさんが全員を見た。


「五人全員、Cランクになりましたね」


「はい」


「感慨深いですか」


 俺は少し考えた。


「段取り通りです」


「それがヒコさんらしいですね」


「でも」


 俺は続けた。


「段取り通りにできたのは、五人がいたからです」


 セリウスさんが少し目を細めた。


「そうですね」


 全員が俺を見ていた。


 マユミが少し顔を逸らした。

 コリンが笑った。

 リアが小さく頷いた。

 アーヴィンさんは何も言わなかった。


 それでよかった。



 ギルドを出た。


 五人で外に立った。


 空が青かった。


「今日の依頼はどうする」


 マユミが言った。


「今日は休みにしましょう」


「珍しいな」


「節目ですから。たまには段取りのない一日があってもいい」


 マユミが少し笑った。


「お前が言うと妙に説得力あるな」


「現場仕込みなので」


「またそれか」


 コリンが言った。


「今日、どこか行きますか」


「皆さんの好きにしてください。集合は夕食前でいい」


「解散か」


「解散です」


 マユミがアーヴィンさんを見た。


「アーヴィン、どうする」


「一人で歩く」


「そうか」


 マユミが頷いた。


 引き止めなかった。


 アーヴィンさんが歩き始めた。


 俺はその背中を見た。


 青白い色が、朝の光の中に溶けていった。


 鞘のない剣を持って、歩いていく背中だった。


 何かを抱えたまま、歩き続けている。


 今日は、そのままにした。


 時期がある。


 段取りがある。



 コリンとリアが連れ立って歩き始めた。


 珍しかった。


「どこへ行くんですか」


 コリンが振り返った。


「リアさんが、魔道具の店に行きたいと言うので」


「索敵の補助になるものがあると聞きました」


 リアが言った。


「合理的です」


「休日でも効率を考えるんですね」


「休日だからこそです。依頼中には寄れません」


 俺は少し笑った。


「楽しんできてください」


「楽しむかどうかは、行ってみてからです」


 リアが歩き始めた。


 コリンが小さく俺に頭を下げた。


 二人が遠ざかった。



 マユミが残った。


 俺も残っていた。


 自然とそうなっていた。


「どうするんだ、お前は」


「特に予定はありません」


「じゃあ、一緒に来い」


「どこへですか」


「市場。短剣の手入れに使う油が切れた」


「わかりました」


 並んで歩いた。



 市場は賑やかだった。


 人が多かった。

 声が飛び交っていた。

 色が混ざっていた。


 いつもより情報が多かった。

 羅針盤が少し反応した。


 落ち着けた。

 慣れてきていた。


 マユミが油を買った。

 小さな瓶だった。


「他に何かいりますか」


「べつに」


「せっかくですから」


「何が」


「休日ですから」


 マユミが少し俺を見た。


「お前、休日の過ごし方知ってるか」


「前の世界では、あまりありませんでした」


「仕事人間か」


「そうかもしれません」


 マユミが少し笑った。


「じゃあ、俺が教えてやる」


「何を教えてもらえますか」


「まず飯だ」


「まだ昼前です」


「腹が減ったら食うんだよ」


 マユミが屋台の方へ歩き始めた。


 俺はついていった。



 屋台で焼いた肉を買った。


 串に刺さっていた。


「うまいぞ、ここ」


「よく来るんですか」


「たまに。依頼の帰りに」


 マユミが串を渡してきた。


 受け取った。


 食べた。


 塩と香草の味だった。

 肉に脂が乗っていた。


「うまいですね」


「だろ」


 マユミが満足そうだった。


 並んで、屋台の前に立った。


 人が行き交っていた。


 マユミが不意に言った。


「なあ」


「なんですか」


「今日、コリンが泣きそうになってただろ」


「そうですね」


「あいつ、師匠のことを大事にしてるんだな」


「そう思います」


「俺も、ちょっとわかる気がした」


 マユミが串を持ったまま、前を向いた。


「師匠じゃないけど。大事な人に、報告できない感じ」


 俺は黙って聞いた。


「父親に言いたかったな。Cランクになったって」


 静かな声だった。


 俺は何も言わなかった。


 しばらく、二人で立っていた。


 マユミが串を食べ終えた。


「言わなかったことにしてくれ」


「言われていません」


「……そうか」


 マユミが少し俯いた。


 すぐに顔を上げた。


「次、行くぞ」


「どこへですか」


「知らん。歩く」


 歩いた。


 二人で、市場を歩いた。


 マユミの色が、オレンジに近い赤で、穏やかに揺れていた。


 今日は、珍しく静かな色だった。



 夕方、宿に戻った。


 全員が揃った。


 コリンが何か小さな袋を持っていた。


「買えましたか」


「はい。索敵補助の魔道具です。小型のものでしたが」


 リアが小さな石を取り出した。


 青白く光っていた。


「索敵魔法と連動します。範囲がわずかに広がります」


「いくらでしたか」


「銀貨三枚です。自費で構いません」


「パーティの戦力に関わるものはパーティ費用にします。後で精算しましょう」


「……そうですか」


 リアが少し間を置いた。


「ありがとうございます」


「合理的な判断です」


 リアが少し目を逸らした。


 青の色が揺れた。



 夕食が始まった。


 マルティナさんがいつもより少し豪華な飯を出した。


「昇格祝いだ。食え」


「聞いていたんですか」


「言っただろ。顔でわかる」


 全員が笑った。


 アーヴィンさんも、今夜は口の端が上がった。


 コリンが少し目を赤くした。


「マルティナさん、ありがとうございます」


「礼はいい。食え」


 食べた。


 うまかった。


 五人全員がCランクになった夜だった。


 段取り通りだった。


 でも、段取りだけじゃなかった。


 積み上げてきたものが、今日に繋がっていた。


 それだけのことだった。


 それで十分だった。



第六十五話「Cランクと、アーヴィンの一言」 了

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