第六十四話「積み上がるものと、見えてきたもの」
セリウスさんから声がかかったのは、午前の依頼を終えた後だった。
「少し時間がありますか」
「あります」
「では、執務室へ」
ついていった。
椅子に座った。
セリウスさんが書類を一枚、机に置いた。
「リアさんとコリンさんのことです」
「そろそろだと思っていました」
「そうですか」
セリウスさんが少し目を細めた。
「実績を確認しました。二人とも、Cランク昇格の条件を満たしています」
「わかりました」
「ただ、本人たちの意思を確認したいと思っています。ヒコさんから話を通してもらえますか」
「俺からですか」
「パーティリーダーとして、が自然かと思いまして」
俺は少し考えた。
「わかりました。今日中に確認します」
「急がなくて構いません」
「急ぎません。でも、早い方がいいことは早く動きます」
セリウスさんが少し笑った。
「段取りですね」
「はい」
立ち上がりかけた。
「もう一つ」
セリウスさんが言った。
座り直した。
「スキルの変化は、続いていますか」
「続いています。羅針盤の反応が、少し安定してきました」
「色の解読は」
「だいたい把握しています。人によって違いますが、感情の大きな動きはわかるようになりました」
「なるほど」
セリウスさんが少し間を置いた。
「アーヴィンさんのことは」
「変わらずぼやけています。ただ、日によって濃さが違います」
「濃くなるのはどういうときですか」
「一人でいるとき、です。皆と動いているときは少し薄れます」
セリウスさんが静かに頷いた。
「そうですか」
何かを確認した顔だった。
でも、今日もそれ以上は話さなかった。
俺も聞かなかった。
「以上です。ありがとうございます」
「こちらこそ」
執務室を出た。
廊下を歩いた。
セリウスさんはアーヴィンさんのことを、やはり知っている。
一人でいるときにぼやけが濃くなる。
俺はそれを報告した。
セリウスさんは驚かなかった。
知っていたのだ。
五年前のことが、まだ続いている。
俺にできることは、今は見続けることだけだ。
それだけでいい。
昼過ぎ、リアを呼んだ。
ギルドの端の、人が少ない席だった。
「話があります」
「なんですか」
リアが向かいに座った。
澄んだ青の色。
落ち着いていた。
「セリウスさんからです。Cランク昇格の条件を満たしているそうです」
間があった。
「……そうですか」
「意思を確認したいとのことでした」
「昇格したいです」
迷いがなかった。
俺は少し驚いた。
即答だった。
「即断ですね」
「迷う理由がありません。Cランクになれば、受けられる依頼の幅が広がります。合理的です」
「そうですね」
「ただ」
リアが少し間を置いた。
「コリンさんは同時ですか」
「セリウスさんは二人とも条件を満たしていると言っていました」
「なら、同時がいいです」
「理由を聞いてもいいですか」
リアが少し考えた。
「コリンさんがいないと、パーティの安全マージンが下がります。コリンさんがCランクになれば、受けられる依頼の難易度が上がります。同時の方が合理的です」
俺は頷いた。
「わかりました」
「それだけです」
リアが立ちかけた。
「リアさん」
「なんですか」
「悔しいと言っていましたね。先日」
リアが少し止まった。
「……言いました」
「その悔しさが、今日の即答に繋がっていると思います」
リアが俺を見た。
少し、目が揺れた。
「……そうかもしれません」
それだけ言って、立った。
澄んだ青の色が、少し明るかった。
次にコリンを呼んだ。
同じ席だった。
「Cランク昇格の話です」
「……俺もですか」
コリンが少し目を丸くした。
「セリウスさんが条件を満たしていると言っていました」
「そうですか」
コリンが少し俯いた。
落ち着いた緑の色が、ゆっくりと揺れていた。
「嬉しいんですが」
「でも、ですか」
「師匠に報告できないのが、少し」
コリンが静かに言った。
俺は何も言わなかった。
しばらく、間があった。
「師匠はノルファの出身でしたね」
「はい。俺が東のネルタを出たのも、師匠が最後に言ったからです。外に出て、もっと多くの人を治せる回復職になれ、と」
「それで、ここまで来た」
「はい」
コリンが少し顔を上げた。
「Cランクになることを、師匠は喜んでくれると思います。ただ、伝えられないのが」
「伝わっていると思います」
「……そうですね」
コリンが少し笑った。
「昇格、します。させてください」
「わかりました」
「リアさんは」
「同時がいいと言っていました」
「そうですか」
コリンが少し目を細めた。
「リアさんらしいですね」
「そうですね」
「俺も、同時がいいです」
「では、そう伝えます」
夕方、セリウスさんに報告した。
「二人とも、同時に昇格を希望しています」
「わかりました。では明日、手続きを取ります」
「よろしくお願いします」
セリウスさんが少し俺を見た。
「ヒコさん」
「はい」
「いいパーティですね」
俺は少し考えた。
「段取りを組みやすい人たちです」
「それは最高の褒め言葉ですね」
「そのつもりで言いました」
セリウスさんが笑った。
宿に戻った。
夕食の前、廊下でマユミとすれ違った。
「今日、何かあったか」
「リアさんとコリンさんのCランク昇格の話が進みました」
マユミが少し止まった。
「……そうか」
「明日、手続きです」
「早いな」
「実力が先にありましたから」
マユミが少し考えた。
「俺たちが昇格したとき、あいつらはまだDとFだったのに」
「そうですね」
「あっという間だな」
「積み上がっていたんだと思います。見えないところで」
マユミが俺を見た。
「お前、そういうの気づいてたか」
「気づいていました」
「言えよ」
「言うと、プレッシャーになる人もいます」
マユミが少し黙った。
「……そっか」
間があった。
マユミが小さく言った。
「お前って、ずるいな」
「どういう意味ですか」
「全部見えてるくせに、何も言わない」
「言わない方がいいことは言いません」
「だからずるいって言ってんだ」
マユミが歩き始めた。
俺も歩いた。
並んで、食堂へ向かった。
マユミの肩が、少しだけ俺の肩に触れていた。
狭い廊下のせいだった。
たぶん。
夕食が始まった。
五人が揃った。
マルティナさんがパンを出した。
いつもより少し多かった。
「なんか多くないか」
マユミが言った。
「明日、いいことがある顔をしている」
マルティナさんが言った。
全員が少し驚いた。
「なんでわかるんですか」
コリンが聞いた。
「顔でわかる」
それだけだった。
リアが少し目を瞬かせた。
「……察知能力が高いです」
「伊達に宿をやっていない」
マルティナさんが厨房に戻った。
全員が少し笑った。
アーヴィンさんだけ笑わなかった。
でも、口の端が少し動いた。
今夜の色は、青白いままだった。
でも、ぼやけが少し薄かった。
悪くない夜だった。
第六十四話「積み上がるものと、見えてきたもの」 了




