第六十二話「指名と、次の段取り」
翌朝、ギルドに着くと受付に声をかけられた。
「ヒコさん、指名依頼が入っています」
「誰からですか」
「ゴルフさんです」
昨日の商人だった。
早い、と思った。
「内容を確認させてください」
依頼票を受け取った。
荷馬車三台。
行き先が二手に分かれている。
南の村と、東の村。
どちらも日帰り可能な距離。
報酬:銀貨七枚。
俺は少し考えた。
三台を五人で護衛するか。
二手に分けて動くか。
初めての判断だった。
全員を呼んだ。
掲示板の前に集まった。
「ゴルフさんから指名依頼が来ました。荷馬車が三台、行き先が二方向に分かれています」
マユミが依頼票を覗いた。
「分かれるのか」
「南と東です。どちらも日帰りの距離です」
「別れるってことか」
「選択肢はふたつあります。全員で一方向ずつ順番に動くか、二手に分かれて同時に動くか」
リアが口を開いた。
「同時に動く方が合理的です。報酬効率が上がります」
「その通りです。ただ、パーティを分けると一方の戦力が落ちます」
「どう分ける」
アーヴィンさんが言った。
俺は少し考えた。
「南はゴルフさんが同行します。昨日の道です。難易度は低い。二人で十分だと思います」
「東は」
「初めての道です。三人は欲しい」
「じゃあ南が二人、東が三人か」
マユミが言った。
「そうなります。問題はどう割り振るかです」
少し間があった。
コリンが口を開いた。
「回復は分散させた方がいいですね。どちらかに偏ると、片方が丸腰になります」
「その通りです。ただ、コリンさんは一人しかいません」
「俺が東に行きます。南は昨日の道ですし、マルティナさんの宿の薬草が少し残っています。応急処置程度なら」
コリンが静かに言った。
俺はコリンを見た。
落ち着いた緑の色。
揺れていなかった。
覚悟が決まっている色だった。
「わかりました。コリンさんは東へ」
「索敵は」
リアが言った。
「リアさんも東へお願いします。初めての道なので」
「問題はありません」
「アーヴィンさんはどちらが」
アーヴィンさんが少し考えた。
「南でいい」
「南はマユミさんとアーヴィンさんの二人になります。ゴルフさんも同行します」
「わかった」
マユミが頷いた。
「任せろ」
「東は俺・リアさん・コリンさんの三人です」
「ヒコが東か」
「はい。初めての道は俺が見ておきたいので」
マユミが少し笑った。
「慎重だな」
「段取りですから」
「わかった。行くぞ」
出発前、ゴルフを呼んだ。
「今日は二手に分かれます。南はマユミさんとアーヴィンさんが担当します。俺は東の荷馬車を担当します」
ゴルフが少し目を細めた。
「お前は来ないのか」
「初めての道を先に確認しておきたいので」
「東の道は問題ない。使い慣れた道だ」
「それでも確認します。次からは効率よく動けます」
ゴルフが少し笑った。
「段取りの人間だな」
「よく言われます」
「わかった。南はそちらの二人に任せる」
ゴルフがマユミとアーヴィンさんを見た。
「頼むぞ」
「任しとけ」
マユミが短く答えた。
アーヴィンさんは何も言わなかった。
ただ、軽く頷いた。
それで十分だった。
二手に分かれた。
南へ:マユミ・アーヴィンさん・ゴルフ・荷馬車二台。
東へ:俺・リア・コリン・荷馬車一台。
東の道は、整備されていた。
南より少し木が多かった。
道幅は同じくらいだった。
リアが先を歩いた。
「索敵、展開します」
「お願いします」
しばらく無言で歩いた。
荷馬車の御者は若い男だった。
名前はタム。
二十代の前半だった。
緊張しているのが色でわかった。
薄い黄色に近い色だった。
「初めてですか」
「は、はい。ゴルフさんの見習いで」
「道は知っていますか」
「一度だけ来たことがあります」
「わかりました。何かあれば声をかけてください」
「ありがとうございます」
タムが少し肩の力を抜いた。
色が少し落ち着いた。
コリンが俺の横に来た。
「御者さん、緊張していましたね」
「わかりましたか」
「顔を見れば。初任務に近い感じでした」
「そうですね。声をかけておきました」
「よかったです」
コリンが前を向いた。
「ヒコさんって、そういうの自然にやりますね」
「そういうの、とは」
「気づいて、声をかけて、それで終わりにする。引っ張らない」
俺は少し考えた。
「現場では、不安を放置すると後でミスになります。早めに潰しておく方が楽です」
「なるほど」
「コリンさんも同じことをやっています」
「俺ですか」
「怪我の確認を依頼前にする。不安を先に取り除いている」
コリンが少し笑った。
「師匠に言われていました。痛みより不安の方が人を弱らせる、と」
「いい師匠ですね」
「そう思います」
コリンの色が少し深くなった。
落ち着いた緑の中に、温かみが混ざった。
懐かしんでいる色だった。
一時間ほどで村に着いた。
東の村は、南の村より少し大きかった。
家が二十軒ほど。
広場に市が立っていた。
「活気がありますね」
「定期市の日らしいです」
タムが教えてくれた。
「ゴルフさんはこの日に合わせて来るんですか」
「はい。定期市に合わせると売れ行きがいいので」
「段取りができている商人ですね」
「ゴルフさんはそういう方です」
荷下ろしが始まった。
リアが村の外周を確認しに動いた。
コリンが村人の様子を見ていた。
俺はタムの荷下ろしを手伝った。
「いいんですか」
「護衛の仕事の範囲内です」
「でも、荷下ろしは」
「手が空いています。困っている人間がいれば動きます。それだけです」
タムが少し驚いた顔をした。
一緒に荷を運んだ。
重かった。
陶器が多かった。
慎重に運んだ。
荷下ろしが終わった。
リアが戻ってきた。
「外周、確認しました。異常はありません。問題はありません」
「ありがとうございます」
「それと」
リアが少し間を置いた。
「村の東側に薬草の群生があります。採取可能な量です」
「依頼の範囲外ですが」
「帰り道に寄れます。時間的に合理的です」
俺は少し考えた。
「タムさんに確認します」
タムに声をかけた。
「帰りに少し寄り道をしてもいいですか。採取できる薬草があるそうです。三十分ほどで済みます」
「問題ありません。俺も手伝えますか」
「助かります」
タムが少し嬉しそうな顔をした。
色が明るくなった。
薬草の群生は、村の東側の林の入り口にあった。
リアが効率よく場所を指示した。
「ここと、あそこと、あの辺り。優先順位はこの順番です」
「わかりました」
コリンが採取を始めた。
丁寧に、速く。
タムも一緒に動いた。
不慣れだったが、コリンの動きを見ながら真似ていた。
「根元から、折らずに」
「こうですか」
「もう少し角度を変えると抜きやすいです」
「なるほど」
コリンが教えながら採取していた。
俺は周囲を確認しながら、手が空いたときに参加した。
三十分ほどで終わった。
「思ったより多く採れました」
「群生の密度が高かったです。合理的な寄り道でした」
リアが言った。
コリンが笑った。
「リアさんの索敵があると、こういうときも強いですね」
「……当然のことをしただけです」
リアが少し顔を逸らした。
青の色が、わずかに揺れた。
帰り道。
タムが御者台から俺を呼んだ。
「あの、ヒコさん」
「なんですか」
「今日、いろいろ教えてもらいました」
「俺は何もしていません」
「でも、最初に声をかけてくれたので、落ち着けました」
俺は少し考えた。
「仕事がしやすい環境を作るのも護衛の仕事です」
「そういうものですか」
「そういうものです」
タムが少し頷いた。
「ゴルフさんに、またお願いしたいと伝えます」
「ありがとうございます」
タムが前を向いた。
俺も前を向いた。
空が夕方の色になり始めていた。
街に戻った。
南組がギルドの前で待っていた。
マユミが俺を見た。
「遅かったな」
「少し寄り道をしました」
「採取か」
「リアさんが見つけました」
マユミがリアを見た。
「やるな」
「合理的な判断をしただけです」
アーヴィンさんが俺を見た。
「問題なかったか」
「問題ありませんでした。そちらは」
「問題なかった」
それだけだった。
アーヴィンさんの色を確認した。
青白い。
ぼやけていた。
でも、今日は少し安定していた。
マユミと動いたからかもしれない。
二人の時間が、何かを整えることがある。
聞かなかった。
確認だけした。
ギルドで報酬を受け取った。
護衛報酬:銀貨七枚。
薬草売却:銀貨二枚。
合計:銀貨九枚。
一人あたり銀貨一枚と銅貨八十枚。
「端数が出ました」
「どうする」
「次の依頼で調整します。今日はひとまず均等に」
「わかった」
全員に渡した。
マユミが銅貨を手のひらで転がした。
「銅貨かあ」
「端数はどうしても出ます」
「わかってる。文句じゃない」
「そうですか」
「なんか、実感があっていいな」
マユミが銅貨を仕舞った。
俺も仕舞った。
今日も、終わった。
二手に分かれた初めての日だった。
問題なかった。
段取りは、合っていた。
第六十二話「指名と、次の段取り」 了




