第六十話「薬草と、気づいていること」
街の東、半日の森。
実際には一時間もかからなかった。
五人で歩けば道中は短い。
マユミが先頭で、アーヴィンさんが最後尾。
自然とそういう並びになった。
誰も決めていない。
でも、毎回同じになる。
現場というのは、そういうものだ。
森に入った。
リアが先に索敵を走らせた。
「……反応、三つ。南東に小型の魔物。近づいてこない」
「わかりました。採取を始めましょう」
コリンが俺の横に来た。
「薬草の特徴は把握しています。茎の根元から、折らずに抜く。葉を傷つけない」
「頼みます」
コリンが頷いて、歩き始めた。
リアが後に続いた。
「索敵しながら採取します。効率的に」
「お願いします」
マユミが辺りを見回した。
「俺は警戒でいいか」
「はい。アーヴィンさんと一緒に外周を見ていてください」
「わかった」
アーヴィンさんは何も言わなかった。
ただ、マユミさんと並んで外周の方へ歩いた。
それで十分だった。
採取は、順調だった。
コリンの手際がよかった。
一株目、二株目、三株目。
丁寧に、でも速く。
傷ひとつなかった。
「早いですね」
「師匠に教えてもらいました。回復職は薬草の扱いが基本だと」
「シグレさんですか」
「はい」
コリンが四株目に手を伸ばした。
「師匠は、採取から調合まで全部自分でやっていました。市販の薬は信用するな、と」
「厳しい人だったんですか」
「口うるさかったです」
コリンが少し笑った。
「でも、全部正しかった。今になってわかります」
俺は黙って聞いていた。
師匠の話をするとき、コリンの色は少し変わる。
落ち着いた緑が、少しだけ深くなる。
悲しみではない。
懐かしさと、誇りが混ざった色だった。
リアが戻ってきた。
「目標数、達成です」
「全部で」
「依頼分の三倍。余剰は売れます」
「よくわかりましたね」
「索敵を広域にかけました。薬草の密度が高い場所があったので効率的かと」
コリンがリアを見た。
「さすがです」
「……当然のことをしたまでです」
リアが少し顔を逸らした。
俺はその色を確認した。
澄んだ青が、少し揺れていた。
照れている、と思った。
言葉には出さなかった。
マユミとアーヴィンさんが戻ってきた。
「問題なかった。さっきの三体、遠ざかっていった」
「ありがとうございます」
俺はアーヴィンさんを見た。
青白い色だった。
ぼやけていた。
いつもより、少し濃かった。
剣に手が触れているわけでもない。
疲れているようにも見えない。
でも、色が重かった。
何かを考えている色だった。
帰り道。
五人で並んで歩いた。
マユミとコリンが話していた。
リアは少し後ろで、独りで歩いていた。
俺はアーヴィンさんの横に並んだ。
しばらく、何も言わなかった。
アーヴィンさんも何も言わなかった。
木の間から光が差していた。
風があった。
「アーヴィンさん」
「何だ」
「最近、よく眠れていますか」
少し間があった。
「眠れている」
「そうですか」
また間があった。
「なぜ聞く」
「顔色が、少し」
「問題ない」
アーヴィンさんが前を向いたまま言った。
俺も前を向いた。
押さない。
聞かない。
それが今の正解だと思った。
でも、確認はした。
アーヴィンさんはわかっているはずだ。
俺が気づいていることを。
それで十分だ。
街に戻った。
ギルドに依頼品を納品した。
受付の人間が薬草を確認した。
「状態がいいですね。全品、満額で買い取ります」
「ありがとうございます」
「余剰分は別途、素材買い取り窓口へどうぞ」
コリンとリアが余剰分を持って移動した。
依頼報酬:銀貨三枚。
素材買い取り:後ほど確認。
マユミが俺の横に来た。
「思ったより早く終わったな」
「リアさんのおかげです」
「索敵があると全然違うな。前はもっとかかってた」
「五人になったことの意味が、少しずつわかってきます」
マユミが頷いた。
「次も採取か」
「明日の状況次第ですね。護衛の依頼も確認してみます」
「まあ、急がなくていいか」
「急ぎません」
マユミが少し笑った。
「お前の口癖になってるぞ」
「現場仕込みなので」
「それも口癖だ」
俺も笑った。
コリンとリアが戻ってきた。
「素材買い取り、銀貨二枚でした」
「合計五枚になりましたね」
「五人で割ると一枚ずつ」
「今日のところはそれで」
全員に一枚ずつ渡した。
アーヴィンさんが受け取った。
何も言わなかった。
俺はアーヴィンさんの色をもう一度確認した。
変わっていなかった。
青白く、重く、ぼやけていた。
剣の影響だけではない。
そう確信した。
でも、今日は言わない。
時期がある。
段取りがある。
やることはやった。
横を歩いた。
それだけだ。
宿に戻った。
夕食まで少し時間があった。
俺は部屋で羅針盤を取り出した。
手のひらに乗せた。
針がゆっくりと動いた。
今日の採取中、針は安定していた。
危険がないとわかっていたように、静かだった。
帰り道、アーヴィンさんの横を歩いたとき。
針が少し、揺れた。
敵ではない。
でも、何かに反応していた。
アーヴィンさんの内側の何かに。
俺はしばらく、針を見ていた。
段階が上がっている。
少しずつだが、確実に。
セリウスさんに報告する必要があるかもしれない。
もう少し様子を見る。
羅針盤を仕舞った。
窓の外を見た。
夕方の空が橙色だった。
明日も、依頼がある。
段取りを組む。
それだけでいい。
第六十話「薬草と、気づいていること」 了




