第五十九話「冒険者一本と、初めての朝」
目が覚めた。
いつもより、遅かった。
窓から光が入っていた。
いつもの光だった。
でも、何かが違った。
少し考えて、わかった。
商人ギルドに行く必要がない。
コルテさんの倉庫もない。
引き継ぎもない。
予定が、ない朝だった。
五十年生きてきて、こういう朝は慣れていないはずだった。
でも、不思議と落ち着いていた。
段取りが変わっただけだ。
現場が変わっただけだ。
起き上がった。
食堂に下りた。
マルティナさんがいた。
厨房の方を向いていた。
俺が入ると、振り返らずに言った。
「遅い」
「今日から冒険者一本です」
少し間があった。
「そうか」
振り返らなかった。
パンと、スープと、塩漬けの肉が出てきた。
「食え」
「ありがとうございます」
座った。
マルティナさんの色は、いつもと変わらなかった。
暖かい、くすんだ橙色。
安定している色だった。
食べ始めた。
しばらくして、マユミが下りてきた。
「あれ、今日遅くないか」
「少し寝坊しました」
「お前が寝坊」
マユミが向かいに座った。
オレンジに近い赤。
今朝は鮮やかだった。
「何か面白いことでもありましたか」
「べつに」
マユミがパンをちぎった。
「今日、依頼どうする」
「まだ決めていません。皆さんが揃ってから話しましょう」
「アーヴィンはもう出てるぞ」
「早いですね」
「毎朝あいつが一番早い。何やってんのかな」
俺は少し考えた。
アーヴィンさんが何をしているかは、聞いたことがなかった。
聞かなくていいことだと思っていた。
「さあ」
「気にならないのか」
「気にはなります。でも聞かないのが礼儀かと」
マユミが少し笑った。
「お前って、変なとこで気を使うよな」
「現場仕込みなので」
「また現場仕込み」
マユミがスープを飲んだ。
俺も飲んだ。
いつもと同じ味だった。
コリンが下りてきた。
「おはようございます。あれ、今日はゆっくりですね」
「寝坊しました」
「珍しい」
「冒険者一本になったので、気が緩んだかもしれません」
コリンが俺の隣に座った。
落ち着いた緑の色だった。
今朝は少し明るい。
「体の具合はどうですか」
「問題ありません」
「ダンジョン明けから少し経ちますが、疲れが遅れて出ることもあります。無理はしないでください」
「わかりました」
コリンは食事中でも確認を怠らない。
回復職の習慣なのかもしれなかった。
リアが下りてきた。
俺とマユミとコリンを見た。
「……揃っているなら、教えて下さい」
「アーヴィンさんがまだです」
「外ですか」
「たぶん」
リアが窓の方を見た。
澄んだ青の色だった。
今朝は少し濃かった。
マルティナさんがリアの分を出した。
「座れ」
「……はい」
リアが座った。
五人のうち四人が揃った。
静かな朝だった。
アーヴィンさんが戻ってきたのは、それから少しあとだった。
扉が開いた。
静かに入ってきた。
「遅かったな」
マユミが言った。
「少し歩いた」
それだけだった。
アーヴィンさんが席に着いた。
俺はアーヴィンさんの色を確認した。
いつもの青白い色だった。
ぼやけていた。
《沈黙の長剣》の影響が続いている。
悪化はしていない。
でも、良くもなっていない。
そのことを、今は言わなかった。
全員が食べ終わった。
「依頼の話をしましょう」
俺が言った。
四人が俺を見た。
「商人ギルドの仕事がなくなりました。固定給はありますが、依頼報酬は別で動かないといけません。今後の方針を決めたいと思います」
「ダンジョンか」
マユミが言った。
「選択肢のひとつです。ただ、《霧裂きの穴》は先日全層制覇しています。また入るかどうかは考える余地があります」
「別のダンジョンもあるのか」
「調べていません。ギルドに確認が必要です」
「護衛でもいい」
コリンが言った。
「五人いれば、かなりの量の積荷を守ることができます。商人の護衛は報酬が安定しています」
「採取は」
リアが言った。
「索敵が活きます。広い範囲を効率よく回れるし」
「確かに」
アーヴィンさんが一言言った。
「ギルドで聞け」
俺は少し笑った。
「そうですね。まずギルドに行きましょう。今日の依頼状況を確認してから決めます」
「段取り八分、か」
マユミが言った。
「情報が先です」
「わかった、行くぞ」
マユミが立った。
五人で食堂を出た。
ギルドは朝から人が多かった。
掲示板の前に冒険者が何人もいた。
俺たちが入ると、何人かが振り返った。
視線があった。
Cランクになってから、こういうことが増えた。
「見られてるな」
マユミが小声で言った。
「気にしないでください」
「気にしてないけど」
マユミは気にしていなさそうだった。
掲示板に近づいた。
依頼票が並んでいた。
採取、護衛、害獣駆除、ダンジョン調査。
俺は一枚一枚、確認した。
リアが横に来た。
「これ」
リアが一枚を指した。
採取依頼だった。
対象:薬草三種。
場所:街の東、半日の森。
報酬:銀貨三枚。
「効率がいい。移動が短く、五人で動けば一時間以内で終わります」
「難易度は」
「Dランク相当。危険は少ないものと」
コリンが覗いた。
「薬草なら採取後の処理も必要です。傷つけると価値が下がります。その点は気をつけた方がいいですね」
「わかります」
リアが答えた。
「採取は問題ありません」
マユミが別の票を見ていた。
「こっちは護衛だ。商隊が明後日出る。三日間。銀貨五枚」
「三日間拘束です」
「悪くない額じゃないか」
「日当に直すと一枚強。採取を複数回こなす方が効率的かもしれません」
「じゃあ採取か」
アーヴィンさんが一言。
「どちらでもいい」
俺は少し考えた。
今日は初日だ。
無理をする必要はない。
足慣らしでいい。
「今日は採取にしましょう。リアさんが言った薬草の依頼を受けます」
全員が頷いた。
受付でセリウスさんの姿が見えた。
俺に気づいて、軽く頷いた。
俺も頷いた。
それだけだった。
スキルのことは、次に変化があれば報告する約束だった。
今はまだ、変化の途中だ。
色が見え始めて、数日が経つ。
解読は進んでいるが、完全ではない。
急がなくていい。
段取りは組んである。
採取の依頼票を受け取った。
五人で、ギルドを出た。
空が青かった。
マユミが隣を歩いていた。
オレンジに近い赤の色が、朝の光の中で明るかった。
「なあ」
「なんですか」
「楽しいか」
俺は少し考えた。
「楽しいです」
「なんで」
「段取りを考えるのが好きなので」
マユミが少し笑った。
「変なやつ」
「よく言われます」
マユミが前を向いた。
「まあ、悪くないな」
「何がですか」
「こういうの、全部」
答えなかった。
俺も、前を向いた。
五人で、歩いた。
新しい現場が始まった。
第五十九話「冒険者一本と、初めての朝」 了




