第五十七話「Cランクの申請と、ドガンへの別れ」
数日後。
朝食を終えて、三人で冒険者ギルドへ向かった。
ヒコ、アーヴィン、マユミ。
マユミが少し背筋を伸ばして歩いていた。
アーヴィンさんはいつも通りだった。
「緊張しているんですか」
マユミを見た。
「してない」
「そうですか」
「してない」
アーヴィンさんが少し前を歩いていた。
口元が動いた気がした。
セリウスさんの部屋に通してもらった。
「来てくれましたね」
「Cランクの申請をします」
セリウスさんが少し目を細めた。
「決めましたか」
「はい。三人で」
書類を出してもらった。
名前を書いた。
登録番号を書いた。
実績を書いた。
三枚、並べた。
セリウスさんが確認した。
「問題ありません」
サインをした。
「おめでとうございます。三人とも、Cランクです」
マユミが少し息を吐いた。
「なったな」
「なりましたね」
アーヴィンさんが新しい登録証を見た。
何も言わなかった。
でも、少し、手に力が入った気がした。
「一つ、説明があります」
セリウスさんが言った。
「Cランク以上には、固定給が支給されます」
「はい」
「月に銀貨十五枚です。依頼報酬とは別に支給されます」
マユミが少し目を丸くした。
「毎月、必ず」
「はい。ただし、条件があります」
「なんですか」
「ギルドからの緊急依頼には、強制参加の義務が生じます。断ることはできません」
少し間があった。
「緊急依頼というのは」
「街の危機に関わる依頼です。魔物の大量発生、あるいは」
セリウスさんが少し間を置いた。
「魔族の関与が疑われる案件」
俺は少し考えた。
「ベルガンの件のような」
「そうなる可能性があります」
アーヴィンさんが俺を見た。
「構わない」
短く言った。
「俺も構いません」
「あたしも」
マユミが言った。
「わかりました」
セリウスさんがうなずいた。
「心強いです」
少し間があった。
「それと、固定給が入ることで、今の兼業について整理が必要になりますが」
さすがだった。
こちらが言う前に、見えていた。
「分かりました。商人ギルドの仕事を、今日中に整理するつもりです」
「そうですか」
セリウスさんが静かに言った。
「ドガンさんには、よくしてもらいましたね」
「はい。世話になりました」
「丁寧に話してください」
「わかっています」
ギルドを出た。
三人で並んで歩いた。
「Cランクか」
マユミが言った。
「そうですね」
「なんか、あっけないな」
「書類を書いただけですよ」
「でも、なったんだろ」
「なりました」
マユミが空を見た。
「Cランクアップって、もっとすごいことかと思ってた」
「どんなことを想像していましたか」
「なんか、光るとか」
俺は少し笑った。
「光りませんよ」
「わかってる」
アーヴィンさんが少し前を歩いていた。
登録証を、懐にしまった。
それだけだった。
でも、確かにしまった。
商人ギルドへ向かった。
アーヴィンさんとマユミは外で待つと言った。
「一人で行きます」
「わかった」
「時間がかかるかもしれません」
「待つ」
マユミが壁に背をつけた。
俺は中に入った。
ドガンさんの執務室。
ドアを叩いた。
「来たか。座れ」
いつも通りだった。
座った。
「話があります」
俺が先に言った。
ドガンさんが少し目を動かした。
「言え」
「今日、Cランクに昇格しました」
「そうか」
「固定給が出ます。月に銀貨十五枚」
「ああ」
ドガンさんが俺を見た。
「だから、辞めるか」
「はい。商人ギルドの仕事を、整理したいと思っています」
少し間があった。
「コルテの分も、か」
「はい」
ドガンさんが机に肘をついた。
「お前がいなくなると、記録が滞る」
俺は少し間を置いた。
「後任を育てます。引き継ぎの期間をもらえますか」
「どのくらい必要だ」
「二週間あれば、基本は教えられます」
「二週間か」
ドガンさんが少し考えた。
「短いな」
「丁寧にやります」
「お前が丁寧にやっても、お前じゃなくなる」
俺は何も言わなかった。
ドガンさんが窓の外を見た。
「記録の見方、数字の読み方、不審な動きの気づき方」
「全部、書き残します」
「書いても、わかる人間がいなければ意味がない」
「人間を選ぶところから手伝います」
ドガンさんがまた俺を見た。
「段取りか」
「現場仕込みなので」
少し間があった。
ドガンさんが息を吐いた。
「……わかった」
短く言った。
「二週間、頼む。その後は好きにしろ」
「ありがとうございます」
「礼はいい」
ドガンさんが立った。
窓の外を見た。
「お前が来てから、記録の精度が上がった。不審な動きに気づけた。ベルガンの件も、お前の記録がなければ証拠にならなかった」
「ドガンさんが動いてくれたからです」
「どちらもだ」
少し間があった。
「冒険者一本でやっていけるか」
「やっていきます」
「そうか」
ドガンさんが振り向いた。
「世話になった」
短く言った。
俺は少し間を置いた。
「こちらこそ、お世話になりました」
「行け」
「はい」
立ち上がった。
扉の前で、一度だけ振り返った。
ドガンさんが机に戻っていた。
いつも通りだった。
それでよかった。
廊下を歩いた。
コルテさんの事務所に寄った。
ノックした。
「早いな。今日は依頼の日じゃないだろ」
「話があります」
コルテさんが俺を見た。
少し間があった。
「Cランクになったか」
「はい。今日、申請しました」
「そうか」
コルテさんが腕を組んだ。
「辞めるのか」
「はい。二週間、後任の引き継ぎをさせてください」
「わかった」
コルテさんが少し考えた。
「お前、仕事の進め方を知ってる冒険者だった」
「ありがとうございます」
「珍しかった。また来ることはあるか」
「わかりません。でも、この街にいます」
「そうか」
コルテさんが立った。
「引き継ぎ、丁寧に頼む」
「はい」
「また頼む、とは言えなくなるが」
「縁があれば」
コルテさんが少し笑った。
「そうだな」
事務所を出た。
外に出た。
アーヴィンさんとマユミが待っていた。
「終わったか」
「終わりました。二週間、引き継ぎをします」
「そうか」
マユミが俺を見た。
「顔色は」
「普通です」
「そうか」
三人で歩いた。
街の音がした。
荷車が通った。
市場の声が聞こえた。
いつも通りだった。
でも、少し変わった日だった。
Cランクになった。
固定給が入る。
商人ギルドの仕事が終わる。
一つの現場が、終わった。
次の現場が、始まる。
現場は続く。
止まらない。
それでいい。
宿に戻ると、リアとコリンがいた。
「どうでしたか」
コリンが聞いた。
「Cランクになりました。商人ギルドの仕事は二週間で引き継ぎます」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます」
リアが腕を組んだ。
「固定給が入ります。収支が変わりますね」
「そうです」
「月銀貨十五枚、三人分で四十五枚」
「そうなります」
「緊急依頼の強制参加は」
「あります」
「……効率が悪い条件ですね」
「仕方ないです」
「まあ、仕方ない」
珍しい言い方だった。
コリンが少し笑っていた。
マルティナさんが厨房から顔を出した。
「Cランクになったか」
「はい。なぜわかりましたか」
「顔でわかる」
マルティナさんが厨房に戻った。
「飯にする」
それだけだった。
でも、今夜もいつもより品数が多かった。
第五十七話「Cランクの申請と、ドガンへの別れ」 了




