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第五十五話「五層と、沈黙の剣」

 五日目。


 朝から、静かだった。


 食堂に下りると、五人全員がすでにいた。

 誰も話していなかった。

 飯を食っていた。

 それだけだった。


 マルティナさんが俺を見た。


「今日か」


「はい」


「食え」


 座った。


 食べた。


 それだけでよかった。



 五層に入った。


 四層を抜けた。

 慣れた道だった。


 五層への入口に立った。


 下から来る空気が、また違った。


 重くはなかった。


 冷たかった。


 静かだった。


 霧がなかった。


「霧がありません」


 リアが言った。


「索敵は」


「張ります」


 目を閉じた。


「……反応が一つ。中央。大きいです」


 俺のスキルも反応した。


 大きかった。

 色がなかった。

 感情がなかった。


「行きましょう」


 入った。



 五層は、広かった。


 天井が高かった。

 柱が並んでいた。

 床に古い模様が刻まれていた。


 コリンの魔石が、いつもより強く光らせた。

 それでも、十メートル先が限界だった。


 暗かった。


 中央に、それがいた。


 大きかった。


 三メートルはあった。

 石でできていた。

 でも、石じゃなかった。

 動いていた。

 ゆっくりと、こちらを向いた。


「ストーンコロッサスです」


 リアが言った。


「核は」


「胸の中心。ゴーレムより大きいです。硬い」


「アーヴィンさん」


「わかってる」


 アーヴィンさんが剣を抜いた。


 コロッサスが動いた。


 遅かった。

 でも、重かった。


 腕を振った。


 風圧が来た。


 アーヴィンさんが横に飛んだ。

 マユミが後ろに下がった。


「でかい」


 マユミが言った。


「引きつけてください。核を狙います」


「わかった」


 マユミが左に走った。


 コロッサスが追った。


 遅い。

 でも、腕のリーチが長かった。


「気をつけてください。腕の範囲が広い」


「見えてる」


 マユミが回り込んだ。

 背後に回ろうとした。


 コロッサスが振り向いた。

 速かった。

 上半身だけが回った。


「上半身が独立して動きます」


 リアが言った。


「背後は取れません」


「わかりました。正面から」


 アーヴィンさんが踏み込んだ。


 剣に力を込めた。


 核を狙った。


 弾かれた。


「硬い」


 アーヴィンさんが言った。


「魔力だけでは足りないか」


「もっと集中させる」


 リアが手を上げた。


「援護します。風で圧をかけます」


「頼む」


 風が走った。


 コロッサスの胸に当たった。


 少し、ひびが入った。


「今です」


 アーヴィンさんが踏み込んだ。


 全力だった。


 剣が核に届いた。


 音がした。


 大きな音だった。


 コロッサスが止まった。


 崩れた。


 石が床に落ちた。


 終わった。



 静かになった。


 全員が息を整えた。


「怪我はありますか」


 コリンが言った。


「なし」


「なし」


「問題ない」


「なし」


「俺もないです」


 コリンが息を吐いた。


「コリンさん、消耗は」


「少し。でも大丈夫です」


 アーヴィンさんが剣を鞘に戻した。


 少し息をついた。


 それだけだった。



 広間を見渡した。


 柱の間に、奥があった。


 壁に何かがあった。


「あそこです」


 リアが言った。


 近づいた。


 壁に、剣が立てかけてあった。


 古かった。

 でも、錆びていなかった。

 刃が、暗い中でも光を持っていた。


 柄に、古代文字が刻まれていた。


 読めなかった。

 でも、何かを感じた。


 アーヴィンさんが少し足を止めた。


 俺はアーヴィンさんを見た。


 色が変わった。


 青白かった色が、少し揺れた。


 何かが、流れ込んでいるようだった。


 アーヴィンさんが剣に近づいた。


 手を伸ばした。


 触れた瞬間。


 音が消えた。


 全部の音が。


 足音も。

 息遣いも。

 風の音も。


 一瞬だった。


 すぐに戻った。


 でも、確かに消えた。


 マユミが少し固まった。


「今、何かあったか」


「はい」


「音が消えた」


「そうです」


 アーヴィンさんが剣を手に持った。


 俺のスキルが反応した。


 アーヴィンさんの色が、ぼやけた。


 いつもの青白ではなかった。

 輪郭が、滲んでいた。


 情報が、薄くなっていた。


「アーヴィンさん」


 俺は言った。


「何かわかりましたか」


 アーヴィンさんが少し間を置いた。


「覚えがある」


「この剣に、ですか」


「この感覚に」


 短く言った。


 それだけだった。

 でも、重さがあった。


 俺は何も聞かなかった。


 マユミも聞かなかった。


 リアも黙っていた。


 コリンが少し前に出た。


「持っていきますか」


 アーヴィンさんが剣を見た。


 少し間があった。


「持っていく」


「わかりました」



 引き返した。


 五層を抜けた。

 四層を抜けた。

 三層を抜けた。

 二層を抜けた。

 一層を抜けた。


 外に出た。


 夕暮れだった。


 空が赤かった。


 五人で少し立った。


 アーヴィンさんが剣を持っていた。


 鞘がなかった。

 布で包んでいた。


 俺はアーヴィンさんの色を見た。


 ぼやけていた。


 いつもより、薄かった。


 でも、消えてはいなかった。


 マユミがアーヴィンさんの隣に来た。


「その剣、お前に合ってる気がする」


 アーヴィンさんが少し目を動かした。


「そうか」


「なんか、静かな剣だ」


「そうだな」


 それだけだった。


 でも、アーヴィンさんの色が少し、落ち着いた。


 青白が、少し深くなった。


 悪い変化じゃなかった。


 俺はそれを見ていた。


 この剣が、アーヴィンさんにとって何なのか。


 まだわからない。


 でも、繋がりがある。


 五年前と、何かが繋がっている。


 今は、それだけでいい。



 帰り道、リアが俺の隣を歩いた。


「ダンジョン、終わりましたね」


「そうですね」


「五層まで制覇しました」


「みなさんのおかげです」


「当然の結果です」


 リアが少し前を向いた。


「ヒコさん」


「はい」


「色の解読、進んでいますか」


「少しずつ」


「急いでください」


「なぜですか」


「私の色が何色か、気になっています」


 俺は少し笑った。


「今は、澄んだ青です」


「それは何の意味ですか」


「集中していて、落ち着いている色だと思います」


 リアが少し間を置いた。


「……悪くないですね」


 それだけだった。


 でも、少し、口元が動いた気がした。



 街が見えてきた。


 マルティナさんが飯を待っている。


 素材を売りに行かないといけない。


 セリウスさんに報告もある。


 やることが、また増えた。


 でも、悪くなかった。


 現場が終わると、次の段取りが始まる。


 それが仕事だ。


 一歩ずつ、進む。


 それだけでいい。



第五十五話「五層と、沈黙の剣」 了

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