第五十四話「四層と、色の意味」
四日目。
四層に入った。
三層を抜けるのに、もう迷わなかった。
道を覚えていた。
足が慣れていた。
四層への入口に立った。
下から来る空気が、三層とは違った。
重かった。
湿っていた。
それだけじゃなかった。
何かが、押してくる感じがした。
「コリンさん、結界をお願いします」
「入口から張ります」
結界が広がった。
俺のスキルが反応した。
五人の位置が見えた。
そして。
色が見えた。
マユミが、オレンジに近い赤だった。
いつも通りだった。
リアが、澄んだ青だった。
集中している色だと思った。
コリンが、落ち着いた緑だった。
穏やかな色だった。
アーヴィンさんが、青白かった。
戦闘前だというのに。
他の四人とは、違う色だった。
俺はアーヴィンさんの背中を見た。
何かが見え始めていた。
でも、まだわからなかった。
今は、進む。
四層に入った。
霧が濃かった。
三層とは比べ物にならなかった。
視界が二メートルになった。
足元がかろうじて見えた。
それだけだった。
「アーヴィンさん、先頭をお願いします」
「ああ」
「足元を見てください。声を出して位置を確認します」
「わかった」
歩いた。
音が変わった。
三層より静かだった。
霧が音を吸っているようだった。
足音だけが聞こえた。
五人分の足音。
俺は色を見ながら歩いた。
マユミの赤が、少し明るくなった。
緊張しているのか、高ぶっているのか。
リアの青は変わらなかった。
安定していた。
コリンの緑が少し揺れた。
霧の中の結界維持で消耗し始めているかもしれない。
「コリンさん、消耗していますか」
「少し。でも大丈夫です」
「無理をしないでください。結界が切れそうなら早めに言ってください」
「わかりました」
色が使えた。
言葉より先に、状態がわかった。
アーヴィンさんの青白が、変わらなかった。
何なのか、まだわからなかった。
リアが止まった。
「反応があります。正面、三つ」
俺のスキルも反応した。
消耗していない。
でも、色がなかった。
「色がありません」
「どういうことですか」
「人間でも魔物でもないかもしれない」
少し間があった。
「ゴーレムの可能性があります」
リアが言った。
「霧の中に出るゴーレムですか」
「ミストゴーレムです。霧を体に取り込んでいます。魔力が薄い。だから色が見えないのかもしれません」
「対処は」
「核を壊します。胸の中心に魔石があります。そこを打てば止まります」
「見えますか」
「霧の中では難しいです」
アーヴィンさんが前を向いたまま言った。
「形を見ろ。霧より少し濃い部分がある。そこが核だ」
「見えますか」
「慣れれば見える」
俺は少し考えた。
「マユミさん、速度で翻弄してください。アーヴィンさんが核を狙います」
「わかった」
「リアさんは索敵の維持を。霧の中で増えるかもしれません」
「はい」
「コリンさんは後衛を守りながら結界を」
「わかりました」
来た。
霧の中から、形が現れた。
人の形をしていたが、大きかった。
二メートル近くあった。
腕が太かった。
足音がなかった。
「マユミさん」
もう動いていた。
右に走った。
ゴーレムが追った。
遅かった。
マユミが回り込んだ。
背後に回った。
短剣で背中を叩いた。
響いた。
でも、効いていなかった。
「核を」
「わかってる。アーヴィン、今だ」
アーヴィンさんが踏み込んだ。
霧の中で、剣に力を込めた。
胸に向かって、一突きだった。
音がした。
ゴーレムが止まった。
崩れた。
霧に溶けた。
「一体」
リアが言った。
「あと二体。左と右です」
「同じようにやります。マユミさん、左を」
「右は俺か」
アーヴィンさんが右に向いた。
マユミが左に走った。
同時だった。
マユミが左のゴーレムを引きつけた。
アーヴィンさんが右のゴーレムの核を一突きで止めた。
マユミが引きつけたゴーレムが向き直った。
「コリンさん」
「結界、強化します」
コリンが短く唱えた。
光が少し強くなった。
ゴーレムが結界に触れた。
弾かれた。
その隙に、アーヴィンさんが動いた。
核を突いた。
崩れた。
「全部です」
リアが言った。
終わった。
「怪我はありますか」
コリンが全員を見た。
「なし」
「なし」
「問題ない」
「なし」
「俺もないです」
コリンが息を吐いた。
「結界の強化、少し消耗しました」
「回復薬を」
「まだ大丈夫です。少し休めば戻ります」
「わかりました。ここで少し止まります」
岩に背をつけた。
霧の中で立ったまま休んだ。
俺はアーヴィンさんの色を見た。
まだ青白かった。
戦闘中も、変わらなかった。
他の四人は戦闘中に色が変化していた。
マユミは赤が強くなった。
リアの青は少し揺れた。
コリンの緑が薄くなった。
アーヴィンさんだけが、変わらなかった。
落ち着いているのか。
それとも、感情を閉じているのか。
「アーヴィンさん」
「なんだ」
「少し聞いていいですか」
「なんだ」
俺は少し間を置いた。
「戦闘中、怖くないですか」
アーヴィンさんが少し俺を見た。
「怖い」
「でも、色が変わらなかった」
「色が変わらないのと、怖くないのは別だ」
俺は少し考えた。
「どういうことですか」
「怖さに慣れた。慣れると、色に出なくなるのかもしれない」
少し間があった。
「お前のスキルで見えたのか」
「はい。すみません」
「謝るな。便利に使え」
アーヴィンさんが前を向いた。
「その方が、全員が生き残れる」
俺は少し間を置いた。
「ありがとうございます」
「進むぞ」
「はい」
四層の奥へ進んだ。
ミストゴーレムがさらに二度出た。
二度目は声をかけなくても動いた。
アーヴィンさんが核の位置を見極めるのが、どんどん速くなった。
マユミの引きつけ方も、無駄がなくなった。
色を見ながら動いた。
マユミの赤が強くなったら、消耗が近い。
コリンの緑が薄くなったら、結界の限界が近い。
それだけで、声をかけるタイミングがわかった。
「マユミさん、少し引いてください」
「まだ動ける」
「色が変わっています」
マユミが少し止まった。
「……わかった」
引いた。
色が、少し落ち着いた。
「コリンさん、結界を一度緩めてください」
「はい」
緩めた。
休ませた。
また張った。
色が戻った。
言葉じゃなかった。
数字でもなかった。
色で、現場を読んでいた。
現場仕込みの、新しい形だった。
四層の奥に、広い空間があった。
霧が薄かった。
天井が高かった。
古い柱が並んでいた。
床に模様が刻まれていた。
五層への入口が見えた。
下から来る空気は、また違った。
重さが、さらに増していた。
俺のスキルが反応した。
何かがいる。
大きい。
一つだった。
「一つ、大きいものがいます」
「ボスか」
マユミが言った。
「おそらく」
「今日は」
「今日はここまでにします」
誰も反論しなかった。
マユミも黙っていた。
「明日、万全の状態で来ます」
「わかった」
引き返した。
外に出た。
夕暮れだった。
空が赤かった。
五人で少し立った。
マユミが空を見た。
「色って、ずっと見えてるのか」
「はい」
「疲れないか」
「少し疲れます。でも、慣れてきました」
「今、俺は何色だ」
「オレンジの赤です。少し、落ち着いています」
「戦闘が終わったからな」
「そうかもしれません」
マユミが少し笑った。
「面白いな、お前のスキル」
「地味なスキルですよ」
「そうでもない」
リアが少し前を向いたまま言った。
「現場を読む力です。地味ではありません」
俺は少し間を置いた。
「ありがとうございます」
「事実を言っただけです」
アーヴィンさんが歩き始めた。
全員がついた。
街へ向かった。
明日、五層だ。
大きいものが、待っている。
でも、五人いる。
色が見える。
現場は読める。
それだけでいい。
第五十四話「四層と、色の意味」 了




