第五十二話「結界の試験と、三層へ」
三日目。
一層でコリンの補助結界を試すことにした。
入口を抜けて、広い場所に出た。
昨日より慣れた足取りだった。
「ここでいいですか」
コリンが言った。
「はい。やってみてください」
「張ります」
コリンが両手を広げた。
短く唱えた。
淡い光が広がった。
五人を包んだ。
俺のスキルが、反応した。
いつもと違った。
何かが、重なった。
コリンの結界の輪郭が、うっすら見えた。
五人分の位置が、ぼんやりと浮かんだ。
「……」
「ヒコさん、何か見えましたか」
コリンが俺を見た。
「見えました。五人の位置が、ぼんやりと」
「なるほど」
コリンが少し考えた。
「結界が人の気配を集めて、スキルに流し込んだのかもしれません」
「そういうことがあるんですか」
「師匠が言っていました。スキルと魔法は、相性がいいと干渉し合う、と」
俺は少し間を置いた。
「霧の中でも、これが機能すれば」
「位置を把握できます。完全ではないですが」
「十分です」
リアが腕を組んだ。
「索敵の補完になります」
「そうですね」
「……悪くない組み合わせです」
マユミが俺を見た。
「お前のスキル、また便利になってないか」
「コリンさんのおかげです」
「そうだな」
マユミがコリンを見た。
「ありがとな」
「いえ。ヒコさんのスキルが応えてくれただけです」
アーヴィンさんが壁に背をつけて立っていた。
「もう一度やれ」
「はい」
コリンが結界を張った。
今度は少し長く保った。
俺は目を閉じた。
五人の位置が見えた。
アーヴィンさんが壁側。
マユミが少し前。
リアが中央。
コリンが後方。
俺が中央右。
開いた。
「見えました。全員の位置が」
「距離は」
「おそらく五メートル以内なら」
「霧の中の視界と同じくらいですね」
コリンが言った。
「はい。霧の中でも、この範囲なら把握できます」
アーヴィンさんが少し目を細めた。
「使える」
それだけだった。
でも、それで十分だった。
昼前に三層へ向かった。
二層を抜けた。
昨日より速かった。
三層の入口に立った。
昨日と同じ空気が来た。
湿っていた。
重かった。
「行きましょう」
入った。
霧が出た。
すぐだった。
入口から十歩も進まないうちに、白い霧が足元から広がった。
視界が落ちた。
五メートル先が、ぼんやりした。
十メートル先は見えなかった。
「コリンさん」
「張ります」
結界が広がった。
俺のスキルが反応した。
五人の位置が見えた。
霧の中でも、変わらなかった。
「機能しています」
「よかった」
アーヴィンさんが先頭を歩いた。
声を落とした。
「足元を見ろ。半歩先だ」
全員がうなずいた。
歩いた。
静かだった。
霧の中は音が変わった。
遠くの音が消えた。
近くの音が大きくなった。
足音が、よく聞こえた。
水の滴る音がした。
どこかで何かが動く気配がした。
俺のスキルが反応した。
「右前方、二つ。止まっています」
「待っているのか」
「わかりません。でも、こちらに向いています」
アーヴィンさんが剣に手をかけた。
少し間があった。
来た。
霧の中から、形が現れた。
人の形をしていた。
でも、違った。
体が薄かった。
足がなかった。
目が光っていた。
「ミストシェイドです」
リアが言った。
「霧に溶けて移動します。物理攻撃が通りにくい」
「魔法は」
「火が有効です」
「お願いします」
「はい」
リアが手を上げた。
でも、霧の中だった。
大きな火は使えなかった。
「範囲が取れません。精度を上げます」
細い火の筋が走った。
一体に当たった。
形が歪んだ。
消えた。
もう一体が回り込もうとした。
「左です」
俺が言った。
マユミが振り返った。
短剣を構えた。
「物理が通りにくいんだろ」
「はい」
「どうする」
「アーヴィンさん」
アーヴィンさんがすでに動いていた。
剣に力を込めた。
霧の中で、剣が少し光った。
踏み込んだ。
形を両断した。
消えた。
「魔力を乗せれば通る」
アーヴィンさんが言った。
「できるんですか」
「少しなら」
俺は少し考えた。
アーヴィンさんの実力は、やはり高い。
「次から、そうしてください」
「わかった」
三層を進んだ。
ミストシェイドがさらに三度出た。
二度目からは対処が速くなった。
リアの火とアーヴィンさんの魔力剣。
二段構えが機能した。
霧の中で、コリンの結界が途切れそうになった。
「消耗しています。少し止まってください」
「わかりました。全員止まります」
岩に背をつけた。
コリンが息を整えた。
「結界の維持、思ったより消耗します」
「無理しないでください」
「大丈夫です。ただ、長時間は難しい」
「交互に使えますか。張って、緩めて」
「試してみます」
少し経って、コリンが結界を張り直した。
「これなら持ちます」
「わかりました。そうしましょう」
また歩いた。
三層の奥へ進んだ。
広い空間に出た。
霧が薄かった。
天井が高くなった。
壁に古い模様が刻まれていた。
床が石畳だった。
俺は少し周りを見た。
古い場所だった。
誰かが、昔、ここを使っていた。
「何かあります」
リアが言った。
壁の端に、何かがあった。
近づいた。
棚だった。
石でできた棚だった。
古かった。
上に、いくつか物が置いてあった。
錆びた剣。
割れた瓶。
布の切れ端。
そして。
小さなものが一つ。
コンパスのような形をしていた。
古びていた。
金属でできていた。
針が、ゆっくり動いていた。
俺は手を伸ばした。
触れた瞬間、スキルが強く反応した。
「……」
「どうしましたか」
コリンが俺を見た。
「何かが、見えた気がします」
「何が」
「わかりません。一瞬だけ」
俺はそれを手に持った。
針が、俺の方を向いた。
アーヴィンさんが近づいた。
俺の手の中を見た。
少し間があった。
「それ、俺には反応しなかった」
「どういうことですか」
「さっき、触ろうとしたら動かなかった」
俺は少しそれを見た。
古びたコンパス。
針が、俺だけに向いている。
「持って帰りましょう」
「それが《視眼の羅針盤》かもしれません」
コリンが言った。
「知っていますか」
「師匠の本に書いてありました。持ち主のスキルと連動する古い魔法道具だ、と」
俺は少し間を置いた。
セリウスさんが言っていた。
古い道具が、いくつか。
これだったか。
「他にもあります」
リアが棚の奥を見た。
青白い小石が三つ、並んでいた。
「《守護の魔石》です」
リアが言った。
「一度だけ、ダメージを無効にします。充填すれば再使用できます」
「三つです」
「はい」
俺がコンパスを持った。
前衛のマユミ、アーヴィンさんに魔石を一つずつ。
「五つ欲しかったですね」
コリンが言った。
「私とリアさんは魔力である程度はダメージを防げるので、ヒコさんが持っていて下さい」
「わかりました」
引き返した。
三層を抜けた。
二層を抜けた。
一層を抜けた。
外に出た。
夕暮れだった。
俺は手の中のコンパスを見た。
針が、まだ俺の方を向いていた。
不思議なものだ、と思った。
でも、悪い感じがしなかった。
むしろ、何かが繋がった気がした。
まだ何が変わったかはわからない。
でも、何かが変わり始めている。
そういう感覚だった。
「帰りましょう」
五人で、道を歩いた。
第五十二話「結界の試験と、三層へ」 了




