第五十一話「二層目と、霧の手前」
翌日。
朝食を食べて、出発した。
昨日より足が慣れていた。
道を覚えていた。
半日の道が、少し短く感じた。
穴の入口に着いた。
一層を抜けた。
昨日確認した道だった。
魔物は出なかった。
二層への入口に立った。
暗かった。
一層より天井が低かった。
足元が湿っていた。
冷たい空気が上がってきた。
リアが目を閉じた。
「前方、五つ。密集しています」
俺のスキルも反応した。
消耗していない。
興奮している。
「群れです。アーヴィンさん、正面を頼みます。マユミさんは右に回り込んでください」
「わかった」
「わかった」
二人が動いた。
来た。
ダークハウンドより一回り大きかった。
灰色の体毛。
目が四つあった。
「グレイウルフです」
リアが言った。
「陣形を組みます。二体が前に出て、残りが側面を狙います。散らさないと厄介です」
「リアさん、先頭の二体を」
「はい」
風の刃が二本、走った。
先頭の二体が崩れた。
残り三体が散った。
左、右、中央。
「マユミさん、左」
返事はなかった。
もう動いていた。
左の一体に飛び込んだ。
体を低くして潜り込んだ。
短剣が脇腹を抜けた。
仕留めた。
アーヴィンさんが中央を抑えた。
剣で軌道を逸らした。
一歩踏み込んで、首を落とした。
右の一体が俺たちの方へ来た。
「コリンさん、下がってください」
「はい」
俺は短剣を抜いた。
正直、戦闘は得意じゃない。
でも、後衛を守るくらいはできる。
踏み込んできた。
横に動いた。
牙が空を切った。
俺の短剣が脇に入った。
浅かった。
怯んだところに、リアの風が来た。
仕留めた。
「ありがとうございます」
「当然の援護です」
終わった。
「怪我はありますか」
コリンが全員を見た。
「なし」
「なし」
「問題ない」
俺が少し右手を見た。
震えていた。
「ヒコさん」
「大丈夫です。慣れていないだけです」
コリンが少し俺を見た。
「手を見せてください」
「怪我はしていません」
「見せてください」
出した。
コリンが手を握った。
短く唱えた。
温かくなった。
「緊張で強張っていました。ほぐれましたか」
「……はい。ありがとうございます」
「戦える、ということは大事です」
コリンが言った。
「後衛を守れる人間がいると、俺が動きやすくなります」
「そうですか」
「はい。助かりました」
マユミが俺を見た。
「お前、ちゃんと動いてたじゃないか」
「浅かったですが」
「当てたんだろ。十分だ」
アーヴィンさんが黙って素材を回収していた。
手際がよかった。
「アーヴィンさん、手伝います」
「いい。慣れている」
素早かった。
体毛、牙、爪。
必要なものだけを、無駄なく取った。
「保管しておきます」
アーヴィンさんが袋に入れた。
「ギルドでまとめて売ります」
「わかった」
二層を進んだ。
グレイウルフがさらに二度出た。
同じように対処した。
二度目は声をかけなくても動いた。
三度目はほぼ無言だった。
慣れていた。
二層の奥に、広い空間があった。
天井が高くなった。
岩が積み重なっていた。
水が湧いていた。
小さな池があった。
「休憩できます」
コリンが言った。
「ここで昼にしましょう」
池の前に座った。
水が澄んでいた。
飲めそうだった。
「飲めますか」
リアが少し屈んで確認した。
「魔素が混じっています。飲まない方がいいです」
「わかりました」
持参した水を飲んだ。
マルティナさんのパンだった。
いつもと同じ味だった。
ダンジョンの中でも、同じ味がした。
不思議だった。
「三層はどこですか」
マユミが言った。
「あの奥に下り口があります」
俺が言った。
岩の向こうに、暗い穴が見えた。
「行くか」
「今日は三層まで確認するだけにします」
「入らないのか」
「入口だけ見ます。霧が出るのは四層以降なので、今日はまだ先です」
「わかった」
食べ終えた。
三層の入口まで歩いた。
立った。
下から空気が来た。
一層、二層とは違う空気だった。
湿っていた。
重かった。
俺のスキルが反応した。
何かがいる。
遠い。
でも、確かにいる。
数が多かった。
リアが目を閉じた。
「……届きません。霧が邪魔をしています」
「三層から霧が出るのかもしれません」
「調査記録と違います」
「ええ。霧の範囲が広がっているかもしれない」
俺は少し考えた。
予定より早い。
「今日はここまでにします」
誰も反論しなかった。
マユミでさえ、黙っていた。
それが、下から来る空気の重さだった。
引き返した。
一層を抜けた。
入口を出た。
外の空気が、軽かった。
夕暮れだった。
五人で少し立った。
誰も何も言わなかった。
しばらくして、マユミが言った。
「三層、重かったな」
「そうですね」
「でも、入口だけだろ。中はもっとか」
「おそらく」
「……準備が要るな」
「はい。霧の中での動き方を、もう一度話し合いましょう」
「賛成です」
コリンが言った。
「霧の中で回復魔法の精度が落ちる可能性があります。確認しておきたいです」
「わかりました。今夜、話しましょう」
アーヴィンさんが空を見た。
「霧の中でも剣は動く」
短く言った。
「頼りにしています」
アーヴィンさんがうなずいた。
それだけだった。
帰り道を歩いた。
森を抜けた。
川を渡った。
街が見えてきた。
リアが少し俺の隣を歩いた。
「索敵が届かなかったのは、初めてです」
「そうですか」
「少し、悔しいです」
珍しい言葉だった。
「リアさんのせいじゃないです。霧が索敵を遮断するなら、それは環境の問題です」
「わかっています。でも」
少し間があった。
「対策を考えます。効率が落ちるのは嫌いです」
「頼りにしています」
リアが少し前を向いた。
「当然です」
でも、少し肩の力が抜けた気がした。
宿に戻った。
マルティナさんが夕食を出してくれた。
「どうだった」
「三層の手前まで行きました」
「無理はしていないか」
「していません」
「そうか。食え」
五人で食べた。
食べながら、三層の話をした。
霧のこと。
索敵が届かなくなること。
空気の重さのこと。
コリンが少し考えた。
「結界を張れます。霧の中でも、パーティの位置を把握できる補助結界です。範囲は狭いですが」
「それは助かります」
「試したことはありませんが、理論上は機能します」
「明日、試してみましょう」
「わかりました」
アーヴィンさんが言った。
「試すなら一層でやれ。三層でぶっつけはまずい」
「そうします」
コリンがうなずいた。
「ありがとうございます」
マユミがパンをちぎりながら言った。
「なあ、三層に何かいると思うか」
俺は少し考えた。
「います。スキルで感じました」
「何が」
「わかりません。でも、多かった」
マユミが少し黙った。
「そうか」
それだけだった。
テーブルが静かになった。
でも、暗くはなかった。
五人が、同じ方向を向いていた。
それだけでよかった。
第五十一話「二層目と、霧の手前」 了




