第五十話「霧裂きの穴と、一層目」
翌朝、出発した。
夜明けと同時に宿を出た。
街はまだ静かだった。
荷を背負った。
五人で歩いた。
マルティナさんが見送りに出た。
何も言わなかった。
俺を見た。
「気をつけろ」
「はい」
「飯を食いに帰ってこい」
「はい」
それだけだった。
街の北東へ向かった。
半日の道だった。
森を抜けた。
川を渡った。
岩場が増えた。
昼前に着いた。
穴があった。
大きくはなかった。
人が二人並んで入れる程度の入口だった。
でも、奥が暗かった。
深かった。
入口に立ったとき、俺のスキルが反応した。
何かがいる。
深いところに。
数はわからなかった。
でも、いた。
「リアさん、索敵をお願いします」
「はい」
リアが目を閉じた。
「入口から三十メートル、反応なし。その先は壁があって届きません」
「わかりました」
五人で、穴に入った。
一層目は、思ったより広かった。
天井が高かった。
岩の壁が続いた。
足元は土だった。
灯りを出した。
コリンが小さな魔石を持った。
淡い光が広がった。
「これで十分ですか」
「はい。十分です」
歩いた。
アーヴィンさんが先頭だった。
マユミが右側を歩いた。
俺とリアが中央後方。
コリンが後衛だった。
フォーメーションは、事前に決めてあった。
静かだった。
水の音がした。
どこかから滴る音だった。
俺のスキルが反応した。
「左、二つ」
言い終わる前に、アーヴィンさんが剣を抜いた。
岩の陰から出てきた。
犬ほどの大きさの魔物だった。
黒い体毛。
赤い目。
牙が長かった。
「ダークハウンドです」
リアが言った。
「危険度は」
「単体なら低い。群れると厄介です」
「今は二体」
「はい」
アーヴィンさんが一体に向かった。
マユミが反対側に回り込んだ。
一息だった。
アーヴィンさんが剣で押さえた。
マユミが懐に入って、短剣で仕留めた。
もう一体が逃げようとした。
「リアさん」
「はい」
風の刃が走った。
仕留めた。
終わった。
全部で、十秒もなかった。
「怪我はありますか」
コリンが聞いた。
「なし」
「なし」
「問題ない」
「なし」
「俺もないです」
コリンがうなずいた。
「進みましょう」
一層目を進んだ。
ダークハウンドが三度出た。
全部、同じように片付けた。
アーヴィンさんとマユミの連携が、さらに噛み合っていた。
声をかけなくても動いた。
互いの動きを見ていた。
リアの索敵が先行した。
俺のスキルが補完した。
二段構えが機能していた。
コリンは後衛を守りながら、消耗を確認し続けた。
「マユミさん、右足に少し負担がかかっています」
「そうか」
「意識してください。庇うと左に偏ります」
「わかった」
細かかった。
でも、正確だった。
コリンが戦闘中に体の状態を見ている。
俺のスキルとは違う角度だった。
いい組み合わせだ、と思った。
一層の奥に、下へ続く穴があった。
二層への入口だった。
「今日はここまでにしましょう」
俺は言った。
「まだ動けます」
マユミが言った。
「わかっています。でも、初日は一層の確認だけで十分です」
「段取りか」
「そうです。無理をする理由がない」
マユミが少し溜息をついた。
「まあ、そうだな」
アーヴィンさんが二層への入口を見た。
少し間があった。
「下は霧が出るか」
「四層以降と聞きました。まだ先です」
「そうか」
アーヴィンさんが入口から離れた。
引き返した。
入口近くに戻った。
休憩を取った。
コリンが全員の状態を確認した。
「マユミさん、右足を見せてください」
「平気だ」
「見せてください」
マユミが観念して足を出した。
コリンが手を当てた。
短く唱えた。
「少し炎症があります。今夜、湿布を当てておいてください」
「わかった」
「今日は無理に動かさない方がいいです」
「戦闘で動いたぞ」
「それは仕方ない。でも、それ以外は」
マユミが少し口をへの字にした。
「お前、口うるさいな」
「師匠に言われていました。回復職は口うるさいくらいがちょうどいい、と」
「……まあ、ありがとうな」
小声だった。
コリンが少し笑った。
昼飯を食べた。
岩壁に背をつけて、五人で並んだ。
マルティナさんが持たせてくれたパンと干し肉だった。
「うまいな」
マユミが言った。
「いつもそうです」
「外やダンジョンの中で食べると、なんかよりうまい気がする」
「気のせいです」
リアが言った。
「そうか?」
「空腹と緊張が風味を変えているだけです」
「理屈っぽいな」
「事実です」
コリンが少し笑っていた。
アーヴィンさんが黙って食べていた。
俺も食べながら、一層の構造を頭の中で整理した。
入口から奥まで、およそ二百メートルか。
分岐は三箇所。
全部確認した。
魔物の密度は低い。
明日、二層に入れる。
段取りは組めた。
帰り道、森を抜けた。
夕暮れだった。
街が見えてきた。
マユミが俺の隣を歩いた。
「なあ」
「なんですか」
「一層、思ったより怖くなかった」
「そうですか」
「でも、二層は違う気がした。入口に立ったとき」
「俺もそう思いました」
マユミが少し前を向いた。
「でも、行くぞ」
「行きます」
マユミが少し笑った。
「いい返事だ」
アーヴィンさんが少し前を歩いていた。
リアがその隣を歩いていた。
コリンが後ろを歩いていた。
五人分の足音が、夕暮れの道を鳴らした。
街が近づいた。
一層、終わった。
次は二層だ。
一歩ずつ、深く入っていく。
それだけでいい。
第五十話「霧裂きの穴と、一層目」 了




