第四十九話「ダンジョンの話と、下準備」
数日後。
セリウスさんから呼び出しがあった。
一人で来るよう言われた。
応接室に通された。
いつもの椅子に座った。
「来てくれましたね」
「はい」
「ダンジョンの話です」
俺は少し間を置いた。
「この街の近くに、ですか」
「そうです。街の北東、半日ほどのところにあります。《霧裂きの穴》という名前です」
セリウスさんが地図を広げた。
街から伸びる道の先に、印がついていた。
「最近、深層で動きがあります」
「動き、というのは」
「魔物の出現頻度が上がっています。先月、調査に入ったパーティが深層手前で引き返してきました」
「理由は」
「魔物の質が変わっていた、と。数より、強さが上がっている」
俺は少し考えた。
「ベルガンの件と繋がりはありますか」
セリウスさんが少し目を細めた。
「わかりません。ただ、タイミングが重なっています」
「なるほど」
「Cランク以上推奨です」
俺は少し間を置いた。
「今の俺たちはDランクです」
「知っています」
セリウスさんが俺を見た。
「ただ、あなたたちの実力はランクより上だと思っています。それでも、無理には頼みません」
「考える時間をもらえますか」
「もちろんです」
セリウスさんが地図を畳んだ。
「一つだけ付け加えると」
「はい」
「深層に、何かがあるかもしれません。調査したパーティが、変わったものを見た、と言っていました」
「変わったもの、とは」
「古い道具が、いくつか。魔力を帯びていたそうです。ただ、回収できなかった」
俺は少し考えた。
古い道具。
魔力を帯びている。
「わかりました。パーティに話してみます」
「ありがとうございます」
扉を出た。
宿に戻った。
五人が食堂にいた。
「話があります」
椅子を引いた。
五人分の顔が向いた。
ダンジョンの話をした。
場所。
深層の状況。
セリウスさんの依頼であること。
Cランク推奨であること。
話し終えた。
少し間があった。
マユミが口を開いた。
「行くのか」
「みなさんの意見を聞きたいです」
「俺は行く」
即答だった。
リアが腕を組んだ。
「ランクの問題は」
「実力で補えると思っています。ただ、準備は十分にします」
「準備期間は」
「五日あれば」
「……悪くない判断です」
コリンが少し考えていた。
「深層、というのはどのくらいの深さですか」
「詳しくはわかりません。調査したパーティが引き返したところまで、と考えています。無理はしません」
「わかりました。行きます」
アーヴィンさんが窓の外を見ていた。
少し間があった。
「深層に何かある、と言ったな」
「はい。古い道具が、いくつか」
アーヴィンさんが少し目を動かした。
「そうか」
それだけだった。
でも、行く気だった。
五日間、準備をした。
一日目。
装備を確認した。
ヒコ:記録帳、短剣(護身用)、回復薬三本
マユミ:短剣二本、投擲用小刀五本、回復薬二本
アーヴィン:長剣、予備の革鎧
リア:魔法触媒二本、索敵用の魔石
コリン:回復薬の材料一式、結界石二個
足りないものを洗い出した。
「回復薬があと五本必要です」
コリンが言った。
「材料から作れますか」
「三日あれば」
「お願いします」
「わかりました」
リアが魔石を確認した。
「索敵の魔石、一個消耗しています。替えが必要です」
「市場で買えますか」
「明日確認します」
「お願いします」
二日目。
市場に行った。
リアが魔石を探した。
俺はダンジョンの情報を集めた。
冒険者ギルドの掲示板に、過去の調査記録が貼ってあった。
読んだ。
《霧裂きの穴》。
深さは五層。
一層から三層は通常の魔物。
四層以降は霧が出る。
視界が落ちる。
俺のスキルが、霧の中でどこまで機能するかはわからない。
課題だった。
リアが戻ってきた。
「魔石、ありました。少し高かったですが」
「いくらですか」
「銀貨一枚」
「わかりました」
俺が出した。
「経費です」
「……ありがとうございます」
リアが少し間を置いた。
「効率的な判断です」
褒めていた。
三日目。
コリンが回復薬を作っていた。
食堂の隅で、材料を丁寧に並べていた。
手順を確認しながら、一本ずつ仕上げた。
マユミが横で見ていた。
「器用だな」
「師匠に叩き込まれました」
「いくつから作り始めたんだ」
「十五のときです」
「早いな」
「師匠が早くから教えてくれたので」
コリンが瓶に液体を注いだ。
「マユミさんは、短剣はいつから」
「十二のときだ。親父に教えてもらった」
「お父さんが剣士だったんですか」
「まあな」
マユミが少し目を逸らした。
「今は会ってないけど」
コリンが少し間を置いた。
「そうですか」
深く聞かなかった。
それだけでよかった。
俺は離れたところで記録帳を書きながら、聞いていた。
コリンは、人との距離の取り方を知っている。
いい人間だ。
四日目。
アーヴィンさんと二人で話した。
食事の後、食堂に残った。
「ダンジョンのことで、一つ聞いていいですか」
「なんだ」
「霧の中での戦闘経験はありますか」
アーヴィンさんが少し考えた。
「ある。視界より耳と足元を使う」
「具体的には」
「霧の中では遠くを見るな。半歩先を見ろ。音が方向を教える」
「なるほど」
「マユミは問題ない。速度があれば霧は関係ない」
「リアさんの索敵は」
「魔法なら霧でも通る。ただ、消耗が早くなる」
「コリンさんは」
「後ろに置け。前に出さなければいい」
アーヴィンさんが俺を見た。
「お前は」
「俺のスキルが霧の中でどこまで機能するかわかりません」
「使えなくなった場合は」
「アーヴィンさんの言う通り、耳と足元で動きます」
「わかった」
少し間があった。
「怖いか」
短く言った。
「少しあります」
「正直だな」
「でも、行きます」
「そうか」
アーヴィンさんが立った。
「怖いのは正しい。怖くない人間は、無茶をする」
それだけ言って、部屋に戻った。
俺は少しその言葉を考えた。
三十年の現場で、怖くないと言う人間に何度か会った。
たいてい、そういう人間が大きな事故を起こした。
怖さを知っている人間の方が、長く現場に残る。
アーヴィンさんは、わかっている人間だ。
五日目。
最終確認をした。
装備、食料、回復薬、魔石。
全部揃った。
コリンが回復薬を五本、小さな袋に入れた。
「一本ずつ、各自で持ってください。まとめて持つより、分散した方が安全です」
「段取りがいいですね」
「師匠に言われていました。回復薬は最後の手段じゃない、最初の準備だ、と」
「いい言葉です」
一本ずつ、配った。
マユミが受け取った。
「コリン、信用してるぞ」
「ありがとうございます」
「怪我したら頼む」
「させません」
マユミが少し目を見開いた。
「させない、って言い方するんだな」
「怪我をしてから治すより、怪我をさせない方が効率的です」
リアが少し顔を動かした。
「……同意します」
珍しい一言だった。
翌朝、出発する。
夜、ベッドに横になった。
天井を見た。
五日間、準備した。
できることはやった。
段取り八分。
残り二分は、現場で決まる。
目を閉じた。
ダンジョンの霧の中で、何が見えるか。
何が見えなくなるか。
それは、行ってみないとわからない。
でも、五人いる。
それだけで十分だ。
第四十九話「ダンジョンの話と、下準備」 了




