第四十八話「戻り道と、緋閃の噂」
四人が戻ってきたのは、夕方だった。
宿の前で待っていた。
マユミが俺を見た。
「終わったか」
「終わりました」
「そっか」
それだけだった。
でも、マユミの顔が少し緩んだ。
アーヴィンさんが俺の隣に来た。
「問題なかったか」
「はい。うまくいきました」
アーヴィンさんがうなずいた。
それだけだった。
夕食のテーブルで、少し話した。
全部は話さなかった。
でも、一段落したこと。
記録の仕事が終わったこと。
コリンが静かに聞いていた。
「ずっと、そういうことがあったんですね」
「はい」
「言えなくて、すみませんでした」
「いえ」
コリンが少し首を振った。
「言えないことがある、というのはわかります。師匠もそういう人でしたから」
少し間があった。
「でも、終わってよかったです」
静かな声だった。
リアが汁物を一口飲んだ。
「終わったなら、次の依頼に集中できます」
「そうですね」
「効率的です」
マユミが笑った。
アーヴィンさんが黙って食べていた。
いつものテーブルだった。
それでよかった。
翌日。
護衛依頼を受けた。
商人が二人。
街の南、半日ほどの街道沿いの村まで。
荷車一台。
難しくはない依頼だった。
でも、受けた理由がある。
同じ依頼を受けたパーティが、もう一組いた。
四人組だった。
Cランク相当の、経験のあるパーティだ。
合同で動くことになった。
「よろしく」
向こうのリーダーが言った。
三十代の男だった。
剣を腰に提げていた。
名前はガルドといった。
「こちらこそ」
俺が答えた。
「五人か。多いな」
「最近、一人増えました」
ガルドさんが五人を見た。
「バランスはいいな。回復職がいるのか」
「はい」
「うちにはいない。助かる」
出発した。
街道は静かだった。
二組、九人で歩いた。
半刻ほど進んだところだった。
リアが足を止めた。
「反応があります」
「どこですか」
「右の林。三つ。動いています」
俺のスキルも反応した。
消耗していない。
緊張している。
獣ではなかった。
「人間です」
俺が言った。
ガルドさんが少し目を動かした。
「盗賊か」
「おそらく」
「数は」
「リアさんの索敵で三つ。ただ、後ろにもいるかもしれません」
リアが少し目を閉じた。
「後方、二つ。合わせて五です」
「五対九か」
ガルドさんが剣に手をかけた。
「うちが前を抑える。そちらは商人を守れるか」
「はい。アーヴィンさん、左。マユミさん、右。コリンさんは商人の後ろ」
「わかった」
「わかりました」
「はい」
三人が動いた。
俺はリアと商人の間に立った。
林から出てきた。
三人。
短剣を持っていた。
目が据わっていた。
ガルドさんたちが前に出た。
後ろから二人。
回り込もうとした。
「マユミさん」
言い終わる前に、動いていた。
速かった。
右から来た一人の短剣を、体をひねってかわした。
そのまま懐に入った。
柄で顎を打った。
崩れたところに、もう一人を肘で押さえた。
二人、同時に沈んだ。
全部で、一息もなかった。
林の中にいた残り一人が、逃げた。
リアが手を上げた。
「追いますか」
「いいえ。商人を優先します」
「わかりました」
前では、ガルドさんたちが三人を抑えていた。
コリンが商人の盾になって立っていた。
怪我人はいなかった。
終わった。
ガルドさんが俺のところに来た。
「速いな、あの子」
「そうですね」
「名前は」
「マユミといいます」
ガルドさんが少し考えた。
「あの動き……見たことがある気がする」
「そうですか」
「いや、見たことがあるんじゃなくて」
ガルドさんが少し首を傾けた。
「噂で聞いたことがある。南の街の方で、緋閃みたいな動きをする短剣使いがいるって」
俺は少し間を置いた。
「緋閃、ですか」
「ああ。一瞬で二人仕留めて、赤い残像が見えたって話だ。まあ、噂だけどな」
ガルドさんが笑った。
「でも、今のを見たら信じる気になった」
俺はマユミの方を見た。
マユミは短剣を鞘に戻していた。
こちらを見た。
「何か言ったか」
「いえ」
「顔がにやけてるぞ」
「そうですか」
マユミが少し首を傾けた。
何も言わなかった。
でも、悪くない話だった。
村に着いた。
商人が荷を下ろした。
「助かった。ありがとう」
「お役に立てました」
ガルドさんが俺の隣に来た。
「帰り道、また一緒でいいか」
「もちろんです」
帰り道も、静かだった。
盗賊は出なかった。
ガルドさんが歩きながら言った。
「いいパーティだな」
「ありがとうございます」
「バランスがいい。それぞれが役割を知っている」
「現場仕込みなので」
ガルドさんが少し笑った。
「現場、ね。どこの現場だ」
「少し変わった現場です」
「そうか」
それだけだった。
街に戻った。
ギルドに報酬を受け取りに行った。
受付で手続きをしていると、隣のカウンターで話し声が聞こえた。
「今日、緋閃みたいな動きをする奴を見たって話、聞いたか」
「また噂か」
「今度は目撃者がいるらしいぞ。南の街道で」
俺は受付の方を向いたまま、少し耳を傾けた。
マユミが俺の隣に来た。
「報酬、いくらだ」
「銀貨二枚です」
「五人割か」
「そうです」
マユミが少し溜息をついた。
「少ないな」
「護衛はそんなものですよ」
「そうか」
マユミが受付を見た。
まだ噂の声が続いていた。
「……なんか、俺の話してないか」
「さあ」
「してるだろ、絶対」
俺は少し笑った。
「心当たりがありますか」
「うるさい」
マユミが少し耳を赤くした。
それだけだった。
宿に戻った。
夕食のテーブルで、ガルドさんから聞いた話をした。
「緋閃、って呼ばれてるかもしれません」
マユミが少し固まった。
「は」
「噂ですけど」
「……なんで俺が緋閃なんだ」
「動きが速いからじゃないですか」
「緋閃って、赤い閃光って意味だろ」
「そうですね」
マユミが少し間を置いた。
「悪くはないな」
小声で言った。
リアが少し目を動かした。
「二つ名は実力の証明です。悪くない」
「お前に言われたくないけど、まあ」
アーヴィンさんが黙って食べていた。
でも、口元が少し動いた気がした。
コリンが少し笑っていた。
いいテーブルだった。
一歩ずつ、積み上がっている。
現場と同じだ。
第四十八話「戻り道と、緋閃の噂」 了




