第四十七話「承認の日と、動き出す朝」
十日目。
朝から、どこか空気が違った。
自分だけそう感じているのかもしれない。
街はいつも通りだった。
市場の声も、荷車の音も、変わらなかった。
でも、違った。
そういう朝が、現場にもある。
何かが動き出す前の朝だ。
三十年、体が覚えた感覚だった。
コルテさんの依頼で倉庫へ行った。
いつも通りだった。
品目を確認した。
数量を記録した。
棚を整理した。
手を動かしながら、考えていた。
ドガンさんが審査を一日引き延ばした。
今日が、その一日だ。
何が起きるかはわからない。
でも、何かが起きる。
「早いな」
コルテさんが言った。
「慣れました」
「また来週頼む」
「はい」
それだけだった。
外に出ると、四人が待っていた。
マユミが欠伸をした。
「終わったか」
「終わりました」
「次の依頼は」
「午後に一本、採取を入れています」
「わかった」
アーヴィンさんが少し俺を見た。
何も言わなかった。
でも、見ていた。
俺も何も言わなかった。
昼を食べた。
五人のテーブルだった。
マユミがよく喋った。
コリンが相槌を打った。
リアが時々口を挟んだ。
アーヴィンさんが黙っていた。
俺は聞いていた。
いつも通りだった。
昼過ぎ。
使いが来た。
若い男だった。
商人ギルドの見習いだった。
俺を見つけると、小走りで来た。
「ヒコさんですか」
「はい」
「ドガン様から。今すぐ来てくれ、と」
いつもと違う言葉だった。
「今すぐ」
「はい。急いで、と」
俺は四人を見た。
マユミが立った。
「行け。ここにいる」
「採取の依頼が」
「あたしたちで行く。コリン、リア、いいか」
「問題ありません」
「効率は落ちますが」
「うるさい。行くぞ」
アーヴィンさんが俺を見た。
「気をつけろ」
「はい」
走った。
商人ギルドの執務室。
ドアを叩いた。
「入れ」
ドガンさんがいた。
もう一人いた。
見たことのない人間だった。
五十代か。
白髪で、背が高かった。
商人ギルドの上位の紋章を胸につけていた。
ドガンさんが俺を見た。
「来たか。座れ」
椅子に座った。
「紹介する。商人ギルド本部から来たレオナルド審査官だ」
男が俺を見た。
「ヒコさん、ですね」
「はい」
「在庫記録をつけていた方だと聞きました」
「はい。三ヶ月分あります」
レオナルドさんが少し前に出た。
「単刀直入に聞きます。記録に不審な点を見つけたのは、いつですか」
「最初に気がついたのは二ヶ月前です。在庫の数字が合わない棚がありました」
「それをドガンさんに報告したのは」
「一ヶ月ほど前です。それまでは、自分で記録を続けていました」
「なぜすぐに報告しなかった」
俺は少し考えた。
「確信が持てなかったからです。数字の不一致だけでは、記録ミスの可能性もある。複数回確認してから報告した方がいいと判断しました」
レオナルドさんが俺を見た。
「記録帳は今持っていますか」
「写しを持っています。原本は宿にあります」
「写しを見せてもらえますか」
俺は懐から写しを出した。
渡した。
レオナルドさんが受け取った。
めくった。
黙って読んだ。
ドガンさんが俺を見た。
少し目を動かした。
待て、という意味だった。
俺は待った。
レオナルドさんが顔を上げた。
「不一致の箇所に印をつけたのはあなたですか」
「はい」
「夜間搬入の日付と重なっていることも、気がついていましたか」
「はい。ミルヴァという情報屋から夜間の動きを聞いて、照合しました」
「情報屋を使ったのは自分の判断ですか」
「はい」
レオナルドさんが少し間を置いた。
「冒険者が、なぜここまでするんですか」
俺は少し考えた。
「記録をつけるのが仕事だったからです。仕事で見つけたものは、最後まで関わります」
「それだけですか」
「ドガンさんに頼まれました。頼まれた仕事は、やり切ります」
レオナルドさんがドガンさんを見た。
ドガンさんが少し目を細めた。
「そういう人間です」
レオナルドさんが写しを閉じた。
「わかりました。この記録、本部で預かります」
「写しは三部あります。一部はセリウスというギルドマスターが持っています」
「冒険者ギルドのセリウス氏ですね。連絡を取ります」
レオナルドさんが立った。
「ヒコさん」
「はい」
「今日から、この件についての記録の仕事は終わりです。ご苦労様でした」
俺は少し間を置いた。
「承認の審査は」
「止めます。本部の権限で」
ドガンさんが初めて、少し息を吐いた。
「ベルガンは」
「そちらは本部で動きます。あなたが関わる必要はありません」
俺は少し考えた。
「わかりました」
立ち上がった。
「一つだけ確認させてください」
「なんですか」
「ドガンさんは、安全ですか」
レオナルドさんが少し止まった。
俺を見た。
「守ります」
「ありがとうございます」
扉を出た。
廊下が静かだった。
終わった。
三ヶ月分の記録が、仕事を終えた。
現場で積み上げたものが、ちゃんと使われた。
それだけでよかった。
空が傾いていた。
採取の依頼、四人でうまくやっているだろうか。
マユミが引っ張っているはずだ。
リアが文句を言いながら動いているはずだ。
コリンが後衛を守っているはずだ。
アーヴィンさんが黙って前を歩いているはずだ。
想像できた。
それが、パーティだった。
早く戻ろう、と思った。
第四十七話「承認の日と、動き出す朝」 了




