第四十六話「九日目と、ミルヴァの情報」
九日が、過ぎた。
普段通りに過ごした。
依頼をこなした。
記録をつけた。
飯を食った。
眠った。
それだけを繰り返した。
不審な動きはなかった。
ベルガンとも顔を合わせなかった。
記録に変化もなかった。
それでいい。
普段通りが、今の仕事だ。
九日目の夕方。
依頼の帰り道だった。
五人で街の中を歩いていた。
路地の角を曲がったとき、声がかかった。
「おかえり。今日は南側に行ったのか」
ミルヴァさんだった。
路地の端に立っていた。
いつもの場所だった。
いつもの顔だった。
「少し、いいか」
俺は振り返った。
「アーヴィンさん、先に戻っていてください」
「わかった」
アーヴィンさんが四人を連れて歩いた。
コリンが少し振り返った。
俺は目で、大丈夫だと伝えた。
コリンがうなずいた。
ミルヴァさんが少し声を落とした。
「情報料は取る」
「わかっています」
「ベルガンの倉庫、昨夜また動いた」
俺は少し息を吸った。
「詳しく聞かせてもらえますか」
「夜中の二刻ごろだ。馬車が一台、裏口から入った。出てきたのは一刻後」
「荷物の量は」
「入るときより、出るときの方が少なかった」
俺は少し考えた。
「置いていった、ということですか」
「そう見えた」
「三棟のうち、どの棟ですか」
「いつもと違う棟だ。四棟目」
俺は止まった。
「四棟目」
「ああ。これまで動いていなかった棟だ」
記録帳を頭の中で広げた。
四棟目。
記録に動きはなかった。
少なくとも、俺が記録していた分には。
「いつから動いていましたか」
「確認できたのは昨夜だけだ。それより前は追っていない」
「わかりました」
ミルヴァさんが俺を見た。
「明日が期限だろ」
「はい」
「タイミングを狙っている」
「そう思います」
ミルヴァさんが少し間を置いた。
「情報料、今日は銅貨五十枚でいい」
「いつもより安いですね」
「あんたが損する話じゃないといいと思ってる。それだけだ」
俺は銅貨を数えて渡した。
「ありがとうございます」
「礼はいい。気をつけろ」
ミルヴァさんが路地の奥に消えた。
宿に戻った。
四人が食堂にいた。
マルティナさんが夕食の準備をしていた。
俺を見た。
何も言わなかった。
席に着いた。
マユミが俺を見た。
「ミルヴァさんか」
「はい」
「何かあったか」
「少し」
マユミが続きを待った。
俺は少し考えた。
コリンがいた。
話すかどうか、一瞬迷った。
でも、明日が期限だ。
動き方を共有しておかないと、いざというときに困る。
「全員に話します」
俺は言った。
四人分の顔が向いた。
「明日、ベルガンの倉庫権限移行の承認期限です。昨夜、これまで動いていなかった棟に荷物が入りました。タイミングを狙っている可能性があります」
コリンが少し眉を寄せた。
「ベルガン、というのは」
「商人ギルドの副長です。不正の疑いがあります。俺が三ヶ月分の在庫記録を持っています。それが証拠になっています」
「……そういうことでしたか」
「遅くなりました。話すタイミングを測っていました」
「いえ」
コリンが少し間を置いた。
「俺に何かできることはありますか」
俺は少し考えた。
「今夜は普段通りにいてください。明日、何かあれば動いてもらうかもしれません」
「わかりました」
アーヴィンさんが俺を見た。
「セリウスには」
「食事が終わったら行きます」
「一人でか」
「はい」
「俺も行く」
俺は少し間を置いた。
「ありがとうございます」
夕食を食べた。
マルティナさんがいつも通り出してくれた。
いつも通りの味だった。
食べながら、コリンが少し言った。
「三ヶ月、記録をつけていたんですか」
「はい」
「一人で」
「最初は一人でした。写しはアーヴィンさんに手伝ってもらいました」
コリンがアーヴィンさんを見た。
アーヴィンさんは何も言わなかった。
コリンが前を向いた。
「……すごいですね」
「段取りなので」
「段取り」
「準備が八割です。記録は準備です」
コリンが少し考えた。
「師匠も同じことを言っていました。治療は戦闘前から始まっている、と」
「気が合うかもしれません」
コリンが少し笑った。
食事が終わった。
アーヴィンさんと二人で冒険者ギルドへ向かった。
夜の街だった。
灯りが少なかった。
人通りも少なかった。
アーヴィンさんが隣を歩いた。
少し間があって、言った。
「コリンに話してよかったか」
「はい。明日動くなら、知っておいてもらう必要がありました」
「そうか」
また少し間があった。
「セリウスに、何を伝える」
「四棟目が動いたこと。タイミングが期限前であること。それだけです」
「あとはセリウスに任せる」
「はい。俺にできることは、記録を持っていることだけです」
アーヴィンさんが少し前を向いた。
「お前がいると、段取りが見える」
短く言った。
俺は少し驚いた。
「そうですか」
「ああ。助かっている」
それだけだった。
でも、重さがあった。
冒険者ギルドに着いた。
夜間でも、セリウスさんはいた。
「来てくれましたね。アーヴィンも」
セリウスさんが少し目を細めた。
「ミルヴァさんから情報が入りました」
俺は話した。
四棟目が動いたこと。
荷物が置かれた可能性があること。
明日が期限であること。
セリウスさんは黙って聞いた。
話し終えると、少し間があった。
「わかりました」
「こちらで動きますか」
「はい。今夜中に手を打ちます」
「俺たちは」
「明日、普段通りでいてください」
また、同じ言葉だった。
でも今回は、少し違う意味があった。
普段通りでいることが、セリウスさんが動くための時間を作る。
「わかりました」
「ヒコさん」
セリウスさんが俺を見た。
「記録を持っていてください。明日、必要になるかもしれません」
「はい。手元にあります」
「よかった」
セリウスさんが立った。
「気をつけて帰ってください」
帰り道。
アーヴィンさんと並んで歩いた。
街が静かだった。
「明日だな」
アーヴィンさんが言った。
「そうです」
「緊張しているか」
俺は少し考えた。
「しています。でも、やることはやりました」
「そうだな」
アーヴィンさんが少し前を向いた。
「現場と同じか」
「そうです。段取りが終わったら、あとは動くだけです」
アーヴィンさんが少し口元を動かした。
笑ったのかもしれない。
暗くてよくわからなかった。
でも、悪くない気がした。
宿が見えてきた。
灯りがついていた。
マルティナさんがまだ起きているのかもしれない。
明日だ。
一歩ずつ、進む。
それだけでいい。
第四十六話「九日目と、ミルヴァの情報」 了




