第四十五話「セリウスへの報告と、十日の猶予」
翌朝、冒険者ギルドへ向かった。
一人だった。
アーヴィンさんには、少し用があると言った。
マユミは黙ってうなずいた。
リアは何も言わなかった。
コリンはまだ朝食の途中だった。
街は動いていた。
荷車が通った。
市場の声が聞こえた。
いつも通りだった。
それでいい。
普段通りでいることが、今の仕事だ。
セリウスさんの部屋に通してもらった。
いつもの応接室だった。
セリウスさんはすでに座っていた。
「来てくれましたね」
「ドガンさんから聞いていましたか」
「昨日、連絡をもらいました。来てくれると思っていました」
俺は椅子に座った。
「十日です」
「そうですね」
セリウスさんが少し間を置いた。
「ドガンさんから聞いた内容と、昨日あなたが感じたことを、順番に話してもらえますか」
俺は話した。
申請の内容。
タイミングの話。
写しのことが漏れた可能性。
ドガンさんの判断。
セリウスさんは黙って聞いた。
途中で一度だけ確認した。
「写しは今も手元にありますか」
「はい。」
「わかりました」
また黙って聞いた。
俺が話し終えると、少し間があった。
「一つ、お願いがあります」
「なんですか」
「その十日の間、できるだけ普段通りでいてください」
俺は少し考えた。
「動かない方がいいということですか」
「動くな、ではありません。焦るな、ということです」
セリウスさんが俺を見た。
「ベルガンはあなたを見ています。おそらく、あなたがどう動くかを測っている。いつもと違う動きをすれば、それが答えになります」
「記録は続けます」
「はい。それだけでいいです」
「セリウスさんの方では」
「こちらで動きます。あなたが知らなくていいことは、知らせません」
少し間があった。
「それで、いいですか」
「はい」
俺は言った。
「セリウスさんを信頼しています」
セリウスさんが少し目を細めた。
「ありがとうございます」
穏やかな声だった。
「もう一つだけ」
「なんですか」
「パーティに新しい方が加わったと聞きました」
「昨日、届け出を出しました」
「回復職の方だそうですね」
「はい。コリンといいます」
「よかった」
セリウスさんが言った。
「回復職がいると、長い依頼でも無理がきく。あなたたちに無理をしてほしくないので」
俺は少し考えた。
「コリンには、ベルガンの件を話すべきですか」
「それはあなたが決めることです」
「判断の基準を聞かせてもらえますか」
セリウスさんが少し考えた。
「話せる相手かどうか、ではなく、話したときにその人間が安全かどうかだと思います」
「安全、というのは」
「知ることで、動いてしまう人間もいます。危険に向かってしまう人間が。コリンさんがそういう人間かどうか、あなたの方がわかるはずです」
俺は少し間を置いた。
「まだわかりません」
「では、まだ話さなくていいと思います」
「わかりました」
立ち上がった。
「ありがとうございます」
「気をつけてください」
セリウスさんが言った。
「あなたのスキルは、今のあなたにとって一番大事なものです。体を壊さないように」
「はい」
扉を出た。
ギルドの外に出た。
空が青かった。
風が少しあった。
普段通り。
それが今の仕事だ。
現場でも同じことがある。
問題が起きているとき、一番まずいのは周囲に気づかれることだ。
普段通りに動き続ける。
内側で段取りを組みながら、外側は変えない。
難しいことじゃない。
三十年、そうやってきた。
宿に戻ると、四人がいた。
マユミが椅子の背もたれに寄りかかっていた。
リアが薬草の束を整理していた。
アーヴィンさんが窓の外を見ていた。
コリンが本を読んでいた。
俺を見た。
「終わりましたか」
コリンが言った。
「終わりました」
「何かありましたか」
少し間があった。
「少し込み入った話がありました。追って話します」
「わかりました」
コリンは深く聞かなかった。
マユミが俺を見た。
「飯、まだか」
「もうすぐですよ」
「腹減った」
アーヴィンさんが窓から視線を戻した。
「昼の依頼はどうする」
「軽いものを一本入れましょう。採取か、護衛の短距離なら」
「わかった」
リアが薬草の束を置いた。
「昨日の薬草、ギルドに売れますか」
「売れます。帰りに寄りましょう」
「効率的です」
普段通りだった。
それでいい。
十日、この時間を続ける。
段取りは、もう組んである。
昼過ぎ、護衛依頼を一本こなした。
街の東門から、近くの村まで往復。
荷車一台、商人一人。
戦闘はなかった。
五人で動いた。
コリンの動き方を見た。
前に出ない。
でも、遅れない。
常に後衛のリアとの距離を測って動いていた。
意識している、と思った。
帰り道、アーヴィンさんがコリンの隣を歩いた。
少し間があって、アーヴィンさんが言った。
「後ろの確認が早い」
「あ、はい。師匠に言われていたので」
「何と言われた」
「前衛が崩れたとき、後衛を守れるのは自分だけだと思え、と」
アーヴィンさんが少し黙った。
「いい師匠だったな」
短く言った。
コリンが少し目を見開いた。
「……はい」
それだけだった。
俺はその少し後ろを歩きながら、聞いていた。
アーヴィンさんが誰かを「いい師匠だった」と言うのは、珍しかった。
コリンのことを、少し認め始めているのかもしれない。
パーティは、依頼で育つ。
現場と同じだ。
夕方、ギルドに寄った。
リアが薬草を売った。
「銅貨六十枚です」
「ありがとうございます」
五人で分けた。
一人十二枚。
「少ないですね」
コリンが言った。
「採取の副産物なので」
「なるほど」
「慣れると、採取しながら稼ぐ感覚になります」
「効率的ですね」
コリンがリアの方を見て言った。
リアが少し顔を動かした。
「……まあ」
珍しい反応だった。
マユミが俺の耳元で小声で言った。
「リア、コリンのこと少し気に入ってるっぽいな」
「そうかもしれません」
「師匠の繋がりか」
「それもあるかもしれません」
マユミがにやりとした。
「パーティ、いい感じじゃないか」
俺も少し思った。
いい感じだった。
夜。
部屋に戻って、記録帳を開いた。
今日の在庫記録を書いた。
特に不審な点はなかった。
でも、続ける。
十日、続ける。
ペンを置いた。
窓の外が暗かった。
街が静かになっていた。
段取りは組んである。
あとは、普段通りに動くだけだ。
それだけでいい。
第四十五話「セリウスへの報告と、十日の猶予」 了




