第四十四話「五人目の朝と、ベルガンの影」
翌朝。
食堂に下りると、コリンがいた。
またあの席だった。
また小さな本を読んでいた。
「おはようございます」
「おはようございます」
俺も椅子を引いた。
少し間があった。
「昨日は、ありがとうございました」
「はあ」
「パーティに入れてもらって、よかったです」
「昨日から何度もお礼を言っていますよ」
「そうですね」
コリンが少し笑った。
「癖なんです。師匠に、感謝は何度言っても多すぎることはない、と言われたので」
「なるほど」
「はい」
短く、でも迷いなく言った。
マユミが下りてきた。
「コリン、また早いな」
「マユミさんも早いですね」
「あたしはいつもこんなもんだ」
どかっと座った。
リアが下りてきた。
コリンを一瞥した。
「おはようございます、リアさん」
「……おはよう」
少し間があって、言った。
いつもより一拍遅かった。
昨日の師匠の話が、まだどこかにあるのかもしれない。
俺は何も言わなかった。
アーヴィンさんが最後に下りてきた。
コリンを見た。
うなずいた。
それだけだった。
コリンが少し背筋を伸ばした。
マルティナさんが朝食を運んできた。
五人分。
昨日と同じだった。
何も言わなかった。
コリンが少し戸惑った顔をした。
「あの、俺の分まで」
「食え」
「でも、宿は昨日一泊で」
「食え」
マルティナさんがコリンを見た。
「あんたも月極にするかい」
コリンが少し固まった。
「月極、というのは」
「月に銀貨十枚。三食込み。部屋付き」
コリンが俺を見た。
「俺たち全員、同じ条件でお世話になっています」
「……そうですか」
コリンがマルティナさんを見た。
「お願いしてもいいですか」
「わかった」
マルティナさんが厨房に戻った。
それだけだった。
交渉もなかった。
説明もなかった。
マユミが笑った。
「マルティナさん、昨日から決めてたんだろうな」
「そうかもしれません」
コリンがまだ少し呆然としていた。
「あの方は、いつもああなんですか」
「いつもそうです」
「……なるほど」
コリンがスープを一口飲んだ。
「おいしいです」
「そうでしょう」
食事が終わった。
今日の段取りを話した。
「午前中は特に依頼はありません。コリンさんはギルドの登録変更が必要です。パーティ編成の届け出もあります」
「手続きが多いですね」
「一度やれば終わります」
「わかりました」
「それから」
俺は少し間を置いた。
「午後にドガンさんから呼び出しがあるかもしれません。その場合は、俺一人で行きます」
「何かあるのか」
アーヴィンさんが言った。
「昨日、伝言が来ていました。詳しくはまだわかりません」
アーヴィンさんが少し目を細めた。
「ベルガンか」
「かもしれません」
コリンが少し首を傾けた。
「ベルガン、というのは」
「商人ギルドの話です。今は詳しく説明できませんが、追って話します」
「わかりました」
コリンは深く聞かなかった。
信頼してもらっているのか、それとも待てる人間なのか。
どちらにしても、助かった。
午前中、冒険者ギルドへ行った。
五人で並んでカウンターに立った。
「パーティ編成の届け出と、メンバー追加です」
受付が書類を出した。
手続きを進めた。
コリンの登録証を確認した。
東の街で発行されたものだった。
ランクはF。
今年登録、と書いてあった。
「ランクはFからですね」
「はい。仕方ないですね」
「依頼の幅は俺たちのランクに準じます。問題ないですか」
「問題ありません。むしろ、ありがたいです」
手続きが終わった。
受付が五人分の登録証を並べた。
ヒコ、アーヴィン、マユミ、リア、コリン。
五枚、並んだ。
俺は少しそれを見た。
増えた。
人間が増えると、できることが増える。
現場と同じだ。
昼を食べて、少し経ったころ。
ドガンさんから使いが来た。
「来てくれ、と」
「わかりました」
アーヴィンさんが立った。
「一人で行け。俺たちはここにいる」
「はい」
マユミが俺を見た。
「気をつけろよ」
「いつも通りです」
商人ギルドの執務室。
ドアを叩いた。
「来たか。座れ」
ドガンさんがいた。
いつもの席だった。
でも、顔が少し違った。
硬かった。
「単刀直入に言う」
「はい」
「ベルガンが、倉庫の権限移行を正式に申請した」
俺は少し間を置いた。
「いつですか」
「三日前だ。俺が知ったのは昨日」
「動きが早かったですね」
「ああ。こちらの動きを察知したかもしれない」
俺は少し考えた。
「写しのことが漏れましたか」
「わかならい。だが、タイミングが悪すぎる」
ドガンさんが机の上に書類を置いた。
「申請の内容を見た。倉庫三棟の管理を、ベルガン配下の人間に一本化するとある。表向きは効率化だ」
「記録の整合性が取れなくなります」
「そうだ。移行後に書き換えられる」
「でも、写しがある」
「それだけが頼りだ」
ドガンさんが俺を見た。
「申請には承認が要る。俺が止められるのは、あと十日だ。それまでに証拠を固めたい」
「俺にできることはありますか」
「記録を続けろ。それから」
少し間があった。
「セリウスと連携してくれ。あっちのルートで動いてもらった方がいい。商人ギルドの内側だけでは限界がある」
「わかりました」
「お前に頼むのは筋違いかもしれん」
「いいえ」
俺は言った。
「記録をつけたのは俺です。最後まで関わります」
ドガンさんが少し目を細めた。
「腹が据わっているな」
「現場仕込みなので」
「そうか」
ドガンさんが立った。
「十日だ。頼む」
「はい」
執務室を出た。
廊下が静かだった。
十日。
段取りを組み直す必要があった。
まずセリウスさんに連絡する。
次に、記録の継続。
それから、パーティへの説明。
コリンにも、いずれ話す必要がある。
全部は話せない。
でも、動き方だけは共有しておかないと、いざというときに困る。
現場では、情報を持っている人間と持っていない人間が混在すると、判断が遅れる。
どこまで話すか。
それが次の段取りだ。
空が傾いていた。
一歩ずつ、進む。
それだけでいい。
第四十四話「五人目の朝と、ベルガンの影」 了




