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 第2話 地面へ、降りる

 高い場所には、見晴らしがある。


 だが。


 見晴らしの良さは、いつも。


 地面の温度を、教えてはくれない。


 ――だから。


 降りる。

 ヴェルグラードは、賑やかな街だった。


 南方大陸への、玄関口。


 日差しに熱せられた石畳。


 市場からは、香辛料の匂い。


 行き交う人々の言葉には、様々な訛りが混ざっていた。


 フォルテス領とは。


 まるで違う街だった。


──────────────────────────────────────


「大きい、街だね」


 マユミが、辺りを見回しながら、言った。


「ええ」


「人も」


「多いですね」


「これなら」


「目立たずに」


「済みそうです」


──────────────────────────────────────


 冒険者ギルドは、街の中央広場に面していた。


 石造りの、大きな建物。


 扉を開けると。


 酒と汗と、革の匂いが、一気に押し寄せてきた。


──────────────────────────────────────


 受付には、若い女性が座っていた。


 名を、フィーナという。


 人当たりの良い笑みを浮かべている。


「いらっしゃいませ」


「登録は、初めてで?」


「はい」


 ヒコは、頷いた。


──────────────────────────────────────


 フィーナが、書類を差し出した。


「では」


「こちらに、お名前と」


「これまでの経歴を、ご記入ください」


 ヒコは、ペンを取った。


 名前の欄に。


 ヒコ。


 姓は、書かなかった。


 経歴の欄は。


 しばらく、見つめてから。


 空白のまま、残した。


──────────────────────────────────────


 書類を受け取ったフィーナが、首を傾げる。


「あの」


「経歴の欄が、空欄ですが」


「これまで、冒険者の経験は?」


「あります」


「では、以前の登録は?」


「返却しました」


「……そうですか」


 フィーナが、もう一度、書類を見る。


「でしたら」


「相応のランクから、始められた方が」


「よろしいかと思いますが」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、静かに答えた。


「今回は」


「新規で、お願いします」


「新規、ですか?」


「はい」


「Fランクで」


──────────────────────────────────────


 その一言に。


 周囲の空気が、僅かに揺れた。


 誰かが、小さく笑う。


「経験あるって、言ってたよな?」


「じゃあ、なんでFなんだよ」


「さあな」


「変な奴」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、その声を気にしなかった。


「それで」


「構いません」


──────────────────────────────────────


 フィーナは、しばらくヒコの顔を見つめていた。


 やがて、小さく息を吐く。


「……分かりました」


「Fランクで、登録いたします」


──────────────────────────────────────


 書類に、印が押される。


 乾いた、小さな音。


 それだけで。


 ヒコの、新しい立場が決まった。


──────────────────────────────────────


 ギルドを出ると。


 背後から、声が聞こえた。


「見たか、今の」


「わざわざ、一番下から始めるんだってよ」


「変わってるな」


 笑い声が、遠ざかっていく。


──────────────────────────────────────


 マユミが、むっとした顔で振り返ろうとする。


 その肩を。


 ヒコが、そっと押さえた。


「いいんです」


「放っておきましょう」


──────────────────────────────────────


「悔しく、ないの?」


 マユミが、小さく尋ねる。


「悔しくありません」


 ヒコは、静かに答えた。


「むしろ」


「その方が」


「楽しみです」


「……何が?」


「何が見えるのか」


「まだ、分かりませんから」


──────────────────────────────────────


 広場のベンチに。


 二人並んで、腰を下ろした。


 石畳を行き交う人々を。


 しばらく、眺める。


──────────────────────────────────────


 高い場所にいると。


 見えるものが減る。


 それは。


 ヒコが、フォルテス領で何度も、思い知ったことだった。


 執務室からは。


 街道の混雑が、見えない。


 報告書からは。


 井戸端の会話が、聞こえない。


 数字と地図だけが。


 世界の全部だと。


 錯覚しそうになることが、何度もあった。


──────────────────────────────────────


 だから。


 一度、地面に降りる。


 肩書きも。


 地位も。


 これまでの、評価も。


 一度、置いていく。


 誰も、自分を知らない場所で。


 もう一度。


 現場を見る。


──────────────────────────────────────


「ここから」


 ヒコは、ぽつりと呟いた。


「始めます」


「うん」


 マユミが、頷く。


「Fランクから?」


「はい」


「一番下から?」


「はい」


「大変そう」


「そうですね」


 ヒコは、少しだけ笑った。


「でも」


「悪くないと思います」


──────────────────────────────────────


 広場の向こう。


 依頼掲示板の方角へ。


 若い冒険者達が、駆けていく。


 誰もが、意気揚々と腕を振っていた。


 その中に。


 ヒコ達の姿は、まだない。


──────────────────────────────────────


「さて」


 ヒコは、立ち上がった。


「宿を探しましょう」


「それから?」


「明日から」


「依頼を受けます」


──────────────────────────────────────


「一番下の?」


 マユミが、確認するように尋ねる。


「一番下の」


 ヒコは、頷いた。


「依頼から、です」


──────────────────────────────────────


 夕暮れのヴェルグラードを。


 二人は、宿を探して歩き出した。


 周りの誰も。


 この、目立たないFランクの新人が。


 何者であるかを。


 まだ、知らない。


 それで、いい。


 それで、良かった。


──────────────────────────────────────


 高い場所から。


 見えなくなっていたものを。


 もう一度。


 この足で。


 この目で。


 確かめる。


 地面は。


 いつだって。


 そこに、あった。



 第2話 地面へ、降りる 了

【次回予告】アカツキ


 若い冒険者達が、ヒコを、値踏みする。


 まだ、誰も、知らない。


──────────────────────────────────────


【路銀・第2話時点】


・所持金:金貨98枚・銀貨8枚(-銀貨2枚:移動費・宿泊費等)


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【装備】


■ ヒコ・フォルティス


・冒険者Fランク・王国勲爵士

・元フォルテス卿

・武器:《魔導銀ミスリルの小剣》

・防具:《測界の外套》

・装備:《現場管理袋》(容量大・即時取り出し最適化)

    《守護の魔石》

・特記事項:《視眼の羅針盤》(現在未使用)


■ マユミ


・冒険者Fランク・王国勲爵士・二刀流剣士

・元近衛隊 隊長

・二つ名:「緋閃」

・武器:《緋閃の双刃》(精霊カグラ・ヒナギが宿る)

・防具:《疾風の軽鎧》

・装備:《守護の魔石》


 ※装備については、初回及び更新時等でのみ記載。

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