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 第3話 暁(アカツキ)

 現場に、立てば。


 肩書きは、意味を、失う。


 名前も。


 地位も。


 そこで、何が、起きているのか。


 それを、自分の目で、見る。


 ――そのために。


 まずは。


 立ってみる。

 翌朝。


 冒険者ギルドの掲示板は、既に賑わっていた。


 依頼書を奪い合うように、冒険者達が群がっている。


 討伐。


 護衛。


 採取。


 その中で。


 一番下の段に、誰にも見向きもされない依頼書が、一枚だけ残っていた。


──────────────────────────────────────


「商業ギルド」


「大型倉庫の」


「整理……」


 ヒコは、依頼書を剥がした。


「これで、いいと思います」


──────────────────────────────────────


「地味だね」


 マユミが、覗き込みながら言った。


「地味な仕事ほど」


 ヒコは、依頼書を眺めながら答える。


「現場が、見えます」


──────────────────────────────────────


 商業ギルドの倉庫は、街の外れにあった。


 大きな木造建築。


 入口には、荷車が何台も並んでいる。


 扉を開けると。


 積み上げられた木箱と麻袋。


 埃と乾いた木の匂い。


 そして。


 整理されていない荷物の山が、目に飛び込んできた。


──────────────────────────────────────


 倉庫の前には、既に数人の若者が集まっていた。


 同じ依頼を受けたのだろう。


 揃いの茜色の外套。


 背には、小さく翼の紋章が刺繍されている。


──────────────────────────────────────


 先頭に立つ青年が、こちらを見た。


 背が高い。


 腰には、二本の剣。


 まっすぐな目をしている。


「お前らも」


「この依頼か?」


「はい」


 ヒコは、頷いた。


──────────────────────────────────────


 青年が、ヒコの装備を見る。


 装飾のない地味な外套。


 そして、首に掛けられたランク章。


 ――F。


──────────────────────────────────────


「……Fランク?」


 青年が、僅かに眉を寄せた。


「駆け出しが」


「こんないつ終わるか分からない依頼に」


「わざわざ?」


「そうみたいですね」


 ヒコは、軽く頷いただけだった。


──────────────────────────────────────


 青年の後ろから。


 大剣を背負った、大柄な男が進み出る。


「トウマ」


「相手にするな」


「新人だろ」


「見れば分かる」


──────────────────────────────────────


「ガレス」


 トウマと呼ばれた青年が、軽くたしなめる。


「まあ、いい」


「一応、名乗っておくか」


──────────────────────────────────────


「俺は、トウマ」


「こっちは」


「ガレス」


「リノ」


「アリア」


「パーティ名は」


アカツキ


──────────────────────────────────────


 弓を背負った、小柄な少女が軽く会釈する。


「リノです」


 その目が、一瞬。


 ヒコの装備を、素早く見た。


 外套。


 靴。


 腰の小剣。


 荷物の持ち方。


 そして。


 立っている位置。


──────────────────────────────────────


 もう一人。


 神官衣の少女が、控えめに頭を下げた。


「アリアです」


 それ以上、言葉はなかった。


──────────────────────────────────────


「ヒコです」


「こちらは、マユミです」


──────────────────────────────────────


 トウマが、軽く頷いた。


「まあ」


「せっかくだ」


「同じ依頼だ」


「一緒にやるか」


「お願いします」


 ヒコは、素直に答えた。


──────────────────────────────────────


 倉庫の中へ入る。


 商業ギルドの職員が、依頼内容を説明した。


「今日は、倉庫内の整理です」


「荷物の種類ごとに分けて」


「指定された場所へ移動してください」


「それだけです」


「分かりました」


──────────────────────────────────────


 職員が去る。


 ガレスが、腕を組んだ。


「じゃあ」


「適当に分担するぞ」


「重いものは俺がやる」


「トウマは奥」


「リノとアリアは細かい荷物」


「新人二人は……」


 ガレスが、ヒコとマユミを見る。


「その辺でいいだろ」


──────────────────────────────────────


「分かりました」


 ヒコは、頷いた。


 倉庫の中を見回す。


 木箱。


 麻袋。


 樽。


 棚。


 通路。


 積み上げられた荷物。


──────────────────────────────────────


 ヒコは、すぐには動かなかった。


 まず。


 全体を見た。


──────────────────────────────────────


 マユミが、小さく尋ねる。


「どうする?」


「まず」


 ヒコは、倉庫の奥を見ながら答えた。


「動線を、確保しましょう」


「動線?」


「はい」


「荷物を動かす前に」


「人が通れる場所を」


「作っておきたいです」


──────────────────────────────────────


 ガレスが、振り返った。


「そんなの」


「後でいいだろ」


「先に荷物を動かした方が」


「早い」


「そうですか」


 ヒコは、それ以上、言わなかった。


──────────────────────────────────────


 自分達の担当場所へ向かう。


 ヒコは、まず。


 通路を塞いでいた小さな木箱を、一つずつ移動させた。


 マユミも、それに続く。


──────────────────────────────────────


 しばらくすると。


 人一人が、通れる程度の道ができた。


──────────────────────────────────────


「……なんで?」


 マユミが、首を傾げる。


「後で荷物を運ぶ時」


「通路があった方が」


「動きやすいからです」


「なるほど」


──────────────────────────────────────


 少し離れた場所では。


 ガレスが、大きな木箱を抱えている。


「せーの!」


 ドンッ。


 重い箱が、床に置かれる。


「ほら」


「こうやって、どんどん運べばいいんだよ」


──────────────────────────────────────


 トウマも、黙々と荷物を運んでいる。


 リノは、時折こちらを見る。


 ヒコは。


 特別なことをしているようには見えない。


 ただ。


 荷物を運ぶ前に。


 周囲を確認している。


 足元を見る。


 通路を見る。


 積み方を見る。


 そして。


 次に運ぶ荷物を決める。


──────────────────────────────────────


 リノは、僅かに眉を寄せた。


「……変」


「何が?」


 アリアが尋ねる。


「分からない」


「でも」


 リノは、ヒコを見る。


「あの人」


「動く前に」


「必ず、一度、周りを見る」


──────────────────────────────────────


 アリアは、ヒコを見た。


「慎重なだけじゃない?」


「……そうかも」


 リノは、そう答えた。


 だが。


 視線は、ヒコから離れなかった。


──────────────────────────────────────


 昼前。


 倉庫の中には、少しずつ変化が現れていた。


 まだ整理は終わっていない。


 だが。


 ヒコ達の担当した場所だけ。


 人が歩ける通路が、確保されていた。


 荷物を運ぶ動線も。


 自然と一本に、まとまり始めていた。


──────────────────────────────────────


 ガレスが、それに気づいた。


「……あれ?」


 自分達の場所を見る。


 荷物が積み上がっている。


 だが。


 通路が狭い。


「チッ」


「なんか、やりにくいな」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、何も言わなかった。


 ただ。


 自分の担当場所で。


 黙々と作業を続ける。


──────────────────────────────────────


 リノが、もう一度、ヒコを見る。


 そして。


 小さく呟いた。


「やっぱり……」


「この人」


「ただのFランクじゃない」


──────────────────────────────────────


 だが。


 その理由までは。


 まだ、分からなかった。


──────────────────────────────────────


 夕方。


 倉庫内の整理を終え、依頼を完了する。


 商業ギルドの職員が、最後の確認をしている。


「残りは、こちらで整理しておきます」


「今日は、ありがとうございました」


 職員は、そう言って頭を下げた。


──────────────────────────────────────


 トウマ達は、先に歩き出した。


 ガレスが、振り返る。


「まあ」


「Fランクにしては」


「使えたな」


 それだけ言って、歩いていく。


──────────────────────────────────────


 リノだけが。


 一度、振り返った。


 ヒコと目が合う。


──────────────────────────────────────


 ヒコは、何も言わなかった。


 ただ。


 小さく、会釈した。


 リノも。


 小さく頭を下げた。


──────────────────────────────────────


 夕暮れの道を。


 ヒコとマユミは、宿へ向かって歩いていた。


──────────────────────────────────────


「見下されてたね」


 マユミが、隣で言う。


「ええ」


「悔しくない?」


「悔しさより」


 ヒコは、少しだけ笑った。


「懐かしさが、ありました」


──────────────────────────────────────


「懐かしさ?」


「昔も」


「ああいう顔を」


「よく、されました」


「積み上げる前は」


「いつも、そうでした」


──────────────────────────────────────


 マユミが、少し笑う。


「じゃあ」


「また、積み上げる?」


 ヒコは、首を横に振った。


「いえ」


「今回は」


「積み上げることが目的じゃありません」


「じゃあ、何が目的?」


「見ることです」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、夕暮れの街を眺めた。


「現場が」


「どう動いているのか」


「人が」


「何を見ているのか」


「何を見落としているのか」


「それを」


「もう一度」


「知りたいんです」


──────────────────────────────────────


 その頃。


 少し離れた場所を歩く、暁の四人。


 リノが、振り返った。


「ねえ」


「何だ?」


 トウマが答える。


「あのFランク」


「何か、おかしくない?」


「どこが?」


「……分からない」


 リノは、少し考えた。


「でも」


「初心者には、見えない」


──────────────────────────────────────


 ガレスが笑った。


「考えすぎだろ」


「ただの、慎重な新人だ」


 トウマも、頷く。


「そうだろ」


「Fランクなんだから」


──────────────────────────────────────


 リノは、何も言わなかった。


 ただ。


 もう一度。


 遠ざかっていくヒコの背中を見る。


──────────────────────────────────────


 現場に、立てば。


 肩書きは、意味を、失う。


 必要なのは。


 そこで何が起きているのかを。


 自分の目で、見ること。


 そして。


 見たものから。


 自分で、気づくこと。


──────────────────────────────────────


 リノは、まだ知らない。


 目の前の男が。


 かつて。


 フォルテス領を、守り抜いた男だということを。


──────────────────────────────────────


 そして。


 ヒコもまだ。


 彼女達が、この先。


 自分達の旅に。


 どんな意味を持つことになるのかを。



 第3話 アカツキ 了

【次回予告】教えない、指導。


 なぜ。


 あの人は。


 答えを、教えてくれないのか。


 その問いに。


 ヒコは、答えない。


──────────────────────────────────────


【路銀・第3話時点】


・所持金:金貨98枚・銀貨8枚(変動なし)

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