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 第331話 目覚め、あるいは、見送り

 待つことしか、できない時間にも。


 意味は、ある。


 ――それは。


 何もしていない時間ではなく。


 誰かの、無事を、願い続ける時間だからだ。

 朝。


 テントの中。


 ヒコは、ゼドの寝台の傍に、座っていた。


 もう、何日、こうしているだろうか。


 数えることを、やめてから、久しい。


──────────────────────────────────────


 コリンが、ゼドの脈を確認しに来た。


「変わりは」


「特には」


 コリンは、静かに答えた。


「ですが」


「昨夜から」


「少しだけ」


「呼吸が」


「深くなっている気がします」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、ゼドの顔を見つめた。


 穏やかな寝顔。


 だが、その瞼の奥で、何かが動いているような。


 そんな予感が、あった。


──────────────────────────────────────


 その時だった。


 ゼドの指先が、微かに動いた。


 ヒコは、はっと身を乗り出した。


「ゼドさん」


 声をかける。


 瞼が、僅かに震えた。


 ゆっくりと。


 本当に、ゆっくりと。


 ゼドの目が、開いた。


──────────────────────────────────────


「――ここ、は」


 掠れた声。


 ヒコは、思わず、その手を握った。


「ゼドさん!」


「フォルテス領の野営地です」


「ゼドさんは」


「防衛機構に巻き込まれて」


「ずっと」


「眠っていました」


──────────────────────────────────────


 ゼドは、しばらく天井を見つめていた。


 記憶を辿るように。


「ああ」


「そうか」


「刻印を」


「見ていて」


 ゼドは、ゆっくりと続けた。


「その先が」


「思い出せない」


──────────────────────────────────────


 コリンが、すぐに駆け寄ってきた。


「ゼドさん、無理に思い出そうとしないで」


「体を確認します」


 コリンは、手早くゼドの状態を確かめていく。


「脈も、呼吸も」


「安定しています」


「良かった」


 コリンの声に、深い安堵が滲んでいた。


──────────────────────────────────────


 外にいたタウルスも、報せを聞いて駆けつけてきた。


「ゼド」


「本当に」


「目を覚ましたのか」


 ゼドは、弱々しく笑った。


「心配、かけたな」


「馬鹿野郎」


 タウルスの声が、震えていた。


「どれだけ」


「待ったと思ってる」


──────────────────────────────────────


 その様子を、少し離れた場所から。


 サヤが、見つめていた。


 視界は、まだ完全ではない。


 ぼんやりとした輪郭でしか、捉えられない。


 それでも。


 ゼドが目を覚ましたことは、はっきりと分かった。


──────────────────────────────────────


 サヤは、ゆっくりと近づいた。


「ゼドさん」


「良かった」


 ゼドは、サヤの方へ視線を向けた。


「サヤさん、か」


「まだ」


「よく、見えなくて」


 サヤが、正直に言うと、ゼドは小さく頷いた。


「無理をするな」


「お互い様です」


──────────────────────────────────────


 その夜。


 ゼドの容体が落ち着いたのを見計らって。


 サヤは、一人、ゼドのテントを訪れた。


「少し」


「話しても、いいですか」


「ああ」


 ゼドは、寝台に身を起こしていた。


 まだ、本調子ではない。


 だが、意識ははっきりしている。


──────────────────────────────────────


「刻印を見ていた時のこと」


 サヤが尋ねた。


「何か」


「覚えていますか」


 ゼドは、しばらく考えた。


「はっきりとは」


「言えない」


「だが」


 ゼドは、自分の手のひらを見つめた。


「文字が」


「読めた気がする」


「意味は、分からないのに」


「なぜか」


「理解できた」


──────────────────────────────────────


「そんな感覚が」


「あった」


 ゼドの表情には、恐怖だけではない何かが浮かんでいた。


 困惑にも似ている。


 だが、それだけではなかった。


──────────────────────────────────────


「ゼドさん」


 サヤが、静かに言った。


「怖くは、ないんですか」


「怖い」


 ゼドは、正直に答えた。


「だが」


「同時に」


「何かが」


「自分の中で」


「目を覚ましかけている」


「そんな感覚も」


「ある」


──────────────────────────────────────


「まるで」


 ゼドは、言葉を選びながら続けた。


「ずっと」


「眠っていたのは」


「意識だけじゃないような」


「そんな気がしている」


──────────────────────────────────────


 サヤは、その言葉を静かに受け止めた。


「戻ったら」


「ゼド家の記録を」


「一緒に調べましょう」


「ああ」


 ゼドは、小さく頷いた。


「約束だったな」


──────────────────────────────────────


 だが。


 サヤは、テントを出る直前。


 ふと、足を止めた。


「ゼドさん」


「何だ」


「さっきの話」


「もう一つだけ」


──────────────────────────────────────


「何か」


「聞こえませんでしたか」


 ゼドが、黙った。


 しばらくして。


「……声ではない」


「では」


「言葉でもない」


 ゼドは、自分の胸元に手を置いた。


「ただ」


「呼ばれたような」


「そんな気がした」


──────────────────────────────────────


 サヤは、何も言わなかった。


 ただ。


 それ以上、尋ねることもしなかった。


──────────────────────────────────────


 テントの外。


 夜空に、星が瞬いていた。


 待つことしかできない時間にも、意味はある。


 その時間の先に。


 目覚めが、あった。


 だが。


 それが、本当に「目覚め」だったのか。


 それとも。


 別の何かを、こちら側へ招き入れたのか。


 まだ、誰にも分からなかった。


 第331話 目覚め、あるいは、見送り 了

───────────────────


【次回予告】雷鳴月の収支。

 審議の日は、静かに、近づいている。


──────────────────────────────────────


【領地収支・第331話時点】


・所持金:金貨4300枚(変動なし)


──────────────────────────────────────


【発展進捗・第331話時点】


・防衛:122%(変動なし)

・食料:101%(変動なし)

・水 :100%(変動なし)

・住居:90%(変動なし)

・インフラ:105%(変動なし)

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