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 第330話 痕跡

 消された跡にも。


 消しきれなかったものが、残る。


 ――どれほど巧妙に隠しても。


 完全に、消し去ることはできない。


 それが、痕跡というものだった。

 南方廃址。


 野営地。


 タウルスが、記録用の資料をテーブルに広げていた。


「構造物の起動記録を」


「詳しく調べてみました」


──────────────────────────────────────


 ヒコが、資料に目を通す。


「何か、分かりましたか」


「はい」


 タウルスは、資料の一箇所を指差した。


「起動の直前に」


「僅かな」


「異常な信号が」


「記録されています」


──────────────────────────────────────


「異常な信号」


 ヒコが、繰り返した。


「はい」


 タウルスが、続ける。


「構造物そのものの術式とは」


「明らかに異なる」


「別の術式の痕跡です」


「外部から」


「何かが」


「割り込んだ可能性が」


「あります」


──────────────────────────────────────


 その場に、緊張が走った。


 マユミが、身を乗り出す。


「誰かが」


「わざと」


「動かしたってこと?」


「断定はできません」


 タウルスは、慎重に答えた。


「痕跡は」


「あまりにも僅かで」


「発信元を特定できるほどの情報は」


「残っていません」


──────────────────────────────────────


 コリンが、口を挟んだ。


「でも」


「偶然では」


「ないんですね」


「少なくとも」


 タウルスは、頷いた。


「純粋な経年劣化や」


「自然な誤作動とは」


「考えにくい」


「そういう形跡です」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、しばらく資料を見つめていた。


 自分の中に、いくつかの記憶が蘇る。


 凍氷月。


 ヴァルクの弱まる圧力。


 そして、ドガンの言葉。


 ――効かない手を、続ける理由は二つ。


 他に手がないか。


 本命ではないか。


──────────────────────────────────────


「タウルスさん」


 ヒコが、尋ねた。


「この痕跡は」


「いつ頃のものだと」


「考えられますか」


「正確には、分かりません」


 タウルスが、答える。


「ですが」


「構造物そのものの術式より」


「新しい構成になっています」


「そう、感じます」


──────────────────────────────────────


「新しい」


 ヒコが、呟いた。


「つまり」


「タナール文明の時代のものではない」


「もっと最近の誰かが」


「触れた可能性がある」


 タウルスは、静かに頷いた。


「その可能性は」


「あります」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、しばらく考え込んだ。


 誰が。


 何の目的で。


 この遠く離れた廃址の防衛機構に、干渉したのか。


 考えれば、考えるほど、掴みどころがなかった。


──────────────────────────────────────


「引き続き」


 ヒコは、静かに告げた。


「調査を続けてください」


「無理のない範囲で」


「かしこまりました」


 タウルスが、答えた。


──────────────────────────────────────


 その夜。


 ヒコは、《可視化》で構造物の方角を見つめていた。


 視界は、ほぼ元通りになっている。


 だが、そこに見えるのは、ただの沈黙した機構だけだった。


 術式の流れも。


 内部に残る力も。


 ある程度までは、見える。


 だが。


 そこに込められた意図までは。


 どれだけ目を凝らしても、見えてこない。


──────────────────────────────────────


 マユミが、隣に座った。


「見えないものを」


「見ようとするのは」


「疲れるでしょ」


「はい」


 ヒコは、正直に頷いた。


「でも」


「見ようとしないと」


「見落とすものがあります」


──────────────────────────────────────


 マユミは、少し笑った。


「そういうところ」


「変わらないね」


 ヒコも、小さく笑った。


「そうかもしれません」


──────────────────────────────────────


 しばらく、二人は黙っていた。


 やがて、マユミが空を見上げる。


「でも」


「見えないなら」


「見えないままでも、いいんじゃない?」


「分からないことを」


「無理に、分かろうとしなくても」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、しばらく考えた。


「……そうですね」


「今は」


「分からないことを、分からないままにしておく」


「それも、必要なのかもしれません」


──────────────────────────────────────


 消された跡にも。


 消しきれなかったものが、残る。


 それは、微かな痕跡だった。


 だが、確かに、そこにあった。


 誰かが。


 この静かな廃址に。


 手を伸ばした。


 その可能性だけが。


 ヒコの胸の中に、静かに刻まれた。


 第330話 痕跡 了

【次回予告】目覚め、あるいは、見送り。

 待つことしかできない時間にも、意味はある。


──────────────────────────────────────


【領地収支・第330話時点】


・所持金:金貨4300枚(変動なし)


──────────────────────────────────────


【発展進捗・第330話時点】


・防衛:122%(変動なし)

・食料:101%(変動なし)

・水 :100%(変動なし)

・住居:90%(変動なし)

・インフラ:105%(変動なし)

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